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「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん
『黒猫の魔導王と、未熟な彼女たちの宣戦布告 〜王立アカデミー・立志編〜』

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第1話:ガラクタの山と、偉そうな毛玉

「……ふぅ。これで、最後」

アルマは額の汗を拭い、目の前に積まれた巨大な本の山を見上げた。

ここは、王都の隅にある『賢者の塔』の地下書庫。

魔法使い見習いである彼女に与えられた今日の仕事は、百年以上放置されていた魔導書の整理だ。

窓のない地下室には、埃の匂いと古い紙の湿った香りが充満している。

アルマが手にしたのは、表紙の革がボロボロに剥がれた一冊の古い本だった。

「これ、タイトルも読めない。……捨てちゃダメだよね、一応」

その時、本の間から一枚の黒い毛がハラリと落ちた。

鳥の羽にしては柔らかく、獣の毛にしては艶やかすぎる。

不思議に思って本を開こうとした瞬間、書庫の空気が震えた。

ドクン、と心臓が跳ねる。

「……え?」

本が内側から膨らみ、ページの間から眩いばかりの紫色の光が溢れ出した。

慌てて本を床に落とすと、光は渦を巻き、影を形成していく。

それは小さな、四足歩行の動物の形をしていた。

光が収まった後にそこにいたのは、一匹の黒猫だった。

金色の瞳に、額には白い三日月のような紋章がある。

「……猫?」

アルマが呆然と呟くと、その黒猫は優雅に前脚を舐め、それから面倒そうに彼女を睨み上げた。

「……お前か。この偉大なる我を、あんな湿気た紙束の中から引っ張り出した無礼者は」

猫が、喋った。

しかも、驚くほど低くて渋い、自信に満ち溢れた声で。

アルマは手に持っていたハたきを床に落とした。

「しゃ、喋った……! 猫が、人間の言葉を!」

「猫だと? お前、目だけでなく脳まで霞んでいるのか。我は偉大なる魔導の王、黒天の守護者……」

「わああ、すごい! 喋る猫なんて初めて見たわ! 伝説の魔獣なの? それとも魔法の使い魔?」

アルマは目を輝かせて猫に詰め寄った。

猫は一瞬、気圧されたように後退りしたが、すぐにフンと鼻を鳴らして胸を張った。

「……ふん。まあ、今の姿はこれだが、本質は貴様のような小娘が直視できるものではない。跪け、そして最高のミルクを用意しろ。それが我を解放した特権だ」

「……ミルク? でもここ、地下書庫だから水しかないよ」

「は? 水だと? 貴様、この我を誰だと思っている。この喉の渇きは、王家の牧場で採れた初絞りの……」

グゥ、と。

猫の腹から、非常に情けない音が鳴り響いた。

静寂が地下室を包む。

猫は凍りついたように固まり、アルマは思わず口元を押さえた。

「……今、鳴ったよね?」

「……気のせいだ。これは……そう、魔力の共鳴音だ」

「お腹、空いてるんだね」

「違うと言っているだろう! 貴様、見習いの分際で我を侮辱する気か!」

猫は毛を逆立てて威嚇したが、その姿はどこからどう見ても、ただの空腹な黒猫にしか見えなかった。

アルマは苦笑しながら、カバンの中から昼食の残りのパンを少しちぎって差し出した。

「これ、チーズが入ってるんだけど、食べる?」

猫はプライドを保とうとするかのように、数秒間そのパンを睨みつけていた。

しかし、チーズの香りに抗えなかったのか、素早い動きでパンをひったくると、背を向けてムシャムシャと食べ始めた。

「……ふん。毒味をしてやっただけだ。感謝しろ、小娘」

「ふふ、私はアルマ。あなたは?」

「名前など、貴様のような未熟者が呼んでいいものではない。……だが、便宜上『ノア』とでも呼ぶがいい。かつて、そう呼ばれていた記憶がある」

「ノア、ね。よろしく、ノア」

アルマが手を伸ばして頭を撫でようとすると、ノアは器用に身をかわした。

「馴れ馴れしく触るな。我と貴様は契約したわけではない。我は自由の身だ。……ところで、アルマと言ったか」

ノアは食べ終えた口元を丁寧に拭うと、アルマの腰に提げられた杖を見た。

石も付いていない、木を削っただけの粗末な見習い用の杖だ。

「貴様……魔力がほとんど枯渇しているな。その杖もゴミ同然だ。よくそんな状態で魔法使いを名乗れるものだ」

「うっ……それは、分かってるよ。私、才能がないって先生にも言われてるし。でも、魔法が好きだから……」

「好き、だと? 滑稽な。魔法とは力だ。意志だ。そして……」

ノアは書庫の暗がりに向かって、スッと前脚を向けた。

その瞬間、ノアの周囲の空気が重く沈み込み、金色の瞳が怪しく光る。

「……こういうものだ」

パチン、と指を鳴らすような音が響いた。

次の瞬間、地下書庫に溜まっていた分厚い埃が、まるで意思を持ったかのように一箇所に集まり、小さな竜巻となった。

竜巻は窓のない地下室を駆け抜け、換気口から外へと消えていく。

一瞬にして、地下書庫は掃除したてのように清潔な空間へと変わっていた。

「……すご……」

「今の我には、これっぽっちの魔力しか残っていない。だが、真理を知っていればこの程度は造作もないことだ」

ノアは再び優雅に座り直し、尾をパタパタと振った。

「アルマ。貴様、我の失われた魔力を取り戻す手伝いをしろ。そうすれば、貴様のその救いようのない無能っぷりを、少しはマシにしてやらんこともない」

「えっ、ノアが魔法を教えてくれるの?」

「教えるのではない。我に従うことを許すと言っているのだ。勘違いするな」

どこまでも生意気な物言い。

けれど、アルマには分かった。

この猫――ノアは、きっと自分と同じように、どこか「欠けて」しまった存在なのだと。

「わかった。これからよろしくね、ノア先生」

「先生と呼ぶな! 師匠……いや、主神ロードと呼べ!」

「はいはい、ノア。お腹空いたでしょ? 寮に戻ったら、こっそり美味しいものあげるね」

「……話を聞け! あと、魚だ。煮たやつがいい」

こうして、魔法の才能ゼロの見習い少女と、記憶と魔力を失った(自称)魔導の王の、奇妙な共同生活が始まった。

アルマの魔法使いとしての道は、この生意気な毛玉によって、予想もつかない方向へと動き出すことになる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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