第7話 恋文と近づく家の秘密
新学期が始まった。亮介は宣言通り、野球漬けの日々を送り始めた。朝練、放課後練習、自主練習。和子と会う時間も減った。書道室での逢瀬は、週に一度から二週に一度になった。
その代わり、二人は手紙を交換するようになった。亮介のロッカーに、和子の下駄箱に、そっと置かれる折り畳まれたノートの切れ端。
亮介の最初の手紙は、練習の合間に書いたであろう、汗で少し滲んだ文字だった。
『和子へ。最近会えなくて寂しい。練習はきついが、和子の顔を思い浮かべて頑張ってる。夏の大会、絶対に見に来てくれよ。 亮介』
和子は、その素直な言葉に胸が熱くなるのを感じながら、返事を書いた。
『亮介君へ。お疲れ様です。私も、亮介君が頑張っていると思うと、勉強に身が入ります。大会、必ず応援に行きます。 和子』
手紙は次第に長くなり、内容も深くなっていった。亮介は野球のこと、将来の夢、家族のことを書いた。和子は学校のこと、読んだ本のこと、見た夢のことを書いた。ただし、家のことは決して書かなかった。あのよどんだ水の気配がする家のことは。書けば、彼をこの呪いに引きずり込んでしまう気がしたから。
ある夜、和子は祖母の部屋の前を通りかかった。襖の隙間から、青白い光が漏れている。そして、聞こえてきた声。
「もうすぐだ……もうすぐ、新しい巫女が生まれる……」
それは祖母の声ではなかった。もっと若い、でも古い、幾重にも重なった女たちの声。和子は恐怖に震えながら、自室に逃げ込んだ。
枕元の鈴が、ちりんと鳴った。亮介のお守り。それだけが、正気を保つ頼りだった。
疑念と守りたいという誓い
五月に入ると、亮介の態度が少し変わった。和子を見つめる目に、心配の色が混じるようになった。
「和子、最近顔色が悪いよ」
昼休み、久しぶりに二人で屋上に上がった時、亮介が言った。
「大丈夫です」
「本当に?何か悩みがあるなら、相談してくれよ。俺たち、付き合ってるんだろ?」
亮介の真っ直ぐな言葉が、かえって辛い。真実を話せない自分が、嘘つきに思える。
「亮介君」
「うん?」
「もし、私が普通の女の子じゃなかったら、どうする?」
「普通じゃないって?」
「例えば……呪われた家系だったり」
和子は、冗談めかして言った。でも、亮介は真剣な顔で考え込んだ。
「それでも、和子は和子だよ」
「普通じゃないって?」
「和子の家がどんなでも、和子自身は関係ない。俺が好きなのは、田辺家の娘じゃなくて、田辺和子だから」
亮介の言葉に、和子の目に涙が滲んだ。
「泣くなよ」
亮介が慌てて和子の頭を撫でる。大きな手。温かい手。
「ごめん、変なこと言って」
「和子」
亮介が、和子の顔を両手で包んだ。
「俺、実は知ってる」
「え?」
「和子の家のこと。町の人から聞いたんだ。最初はただの噂だと思ってた。でも、違うんだろ?」
和子の体が凍りついた。
「十八歳の女の子に、何か良くないことが起きるって」
「それで、なんで……私と」
「だから、守りたいんだ」
亮介の目が、真っ直ぐ和子を見つめている。
「何が起きるか分からないけど、俺が和子を守る。どんな呪いだろうと、俺が打ち破ってやる」
「無理よ…そんなこと…」
「無理じゃない」
「亮介君には関係ないことよ!」
「関係ある!」
亮介が、和子を強く抱きしめた。土と汗の匂い。野球のグローブの革の匂い。そして、太陽の匂い。
「愛してるからだ。愛してる女を守るのは、男として当たり前だろ」
その言葉を聞いた瞬間、和子の中で何かが壊れた。涙が、止まらなくなった。嬉しいのか、悲しいのか、分からない。ただ、涙が溢れ続けた。この温かい腕の中にいると、どんな呪いも消え去ってしまうような気がした。でも、同時に、この腕が自分を破滅へと導いていることも分かっていた。