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水に取られた ―零れる刻限―  作者: 大西さん
第十五章:水時計の部屋 - 最後の六十分
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第52話 【残り0分】新生

轟音と共に、水時計が崩壊する。 しかし、それは破壊ではなく、解放だった。 水時計の破片から、無数の光が立ち上る。それは、百五十年囚われていた魂たち。


亮介の魂が、光となって上昇する。


『和子に伝えてくれ……もう苦しくないと……』 聡の魂。


『真紀……強く生きろ……』 健一の魂。


『美代子……ありがとう……愛してた……』


佐助と松姫の魂は、一つに溶け合い、光の柱となって天へと昇っていく。


水が引いていく。 香織と翔太は、水時計があった場所に立っていた。 一見、元の姿に戻ったように見える。しかし、二人の瞳の奥に水面のような揺らぎがあり、肌は月光を受けて微かに青く光っている。


「終わった……のかな」


「いや、始まったんだ」 翔太が答える。


「新しい物語が」


二人の手が、自然に重なる。温かい手と、冷たい手。しかし、その温度差は、もはや違和感ではなく、調和だった。


床に、小さな水たまりが残っている。その水面に、二人の姿が映る。人間の姿と、水の精霊の姿が、重なり合って見える。


地下空間が、静かに震動し始めた。 最後の水滴が、天井から落ちた。 ぽたん。 それは、新しい時を刻む、最初の音だった。


階段を上る。百段の石段を、今度は上へ向かって。 最後の一段を上り、扉を開けると、朝日が差し込んできた。雨上がりの朝。空気中の水滴が、プリズムのように光を乱反射させている。


廃寺の境内には、家族が待っていた。 和子、真紀、美代子。そして、源三郎。


「香織……?」


和子が、恐る恐る声をかける。


「ただいま、お祖母様」


香織の声は、確かに孫のものだった。しかし、その瞳の奥には、百五十年の水の記憶が宿っている。


「亮介さんから、伝言があります」


和子の体が震えた。


「『もう、苦しくない』と。『ずっと、愛していた』と」


和子の目から、五十年ぶりに涙が流れた。 それは、水のように透明で、朝日を受けてきらきらと輝いていた。


長い長い呪いが、やっと終わった。 いや、新しい形で続いていく。


香織と翔太は、手を繋いだまま、ゆっくりと山を下り始めた。 二人の足跡から、小さな花が咲く。水と生命の、新しい循環の証。


遠くで、鳥が鳴いた。 風が吹いた。 そして、微かに聞こえる水音。


ぽたん……ぽたん……ぽたん……。 それは、新しい時を刻む音だった。

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