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水に取られた ―零れる刻限―  作者: 大西さん
第十五章:水時計の部屋 - 最後の六十分
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第50話 【残り50分】水位:腰

透明な水の中から、人影が浮かび上がってきた。水で形作られた、半透明の姿。 亮介。聡。健一。佐助。そして、名前も知らない無数の男たち。


彼らは翔太を取り囲み、水の中へ引き込もうとする。 透明な手が、翔太の腕を、足を、体を掴む。氷のように冷たい手が、翔太の体温を奪っていく。


「やめて!」 香織が叫ぶと、彼女の体から青い光が放たれた。亡霊たちが一瞬怯む。


その時、水時計から声が響いた。


『抗うな、娘よ』


松姫の声。機械的で、感情のない声。


『彼らもまた、我らの一部。仲間を求めているのだ』


「あなたは誰なの?」


『我は松姫。最初の巫女にして、この水時計の核』


水時計の表面が波打ち、松姫の顔が浮かび上がった。美しく、そして恐ろしいほどに無表情な顔。


『百五十年前、父に裏切られ、佐助と共に水に沈められた。しかし、死ななかった。水と一体化し、この水時計の一部となった』


「なぜこんなことを続けるの?」


香織の問いに、水時計の脈動が一瞬乱れた。松姫の声に、初めて感情らしきものが混じる。


『……寂しいからだ』


その声は、百五十年の孤独を滲ませていた。


『愛する人を失い、我はずっと独り。だから、仲間が欲しかった。我と同じ、愛に殉じる者たちが』


「私たちを、あなたと同じにしないで!」


香織の強い意志が、水時計にぶつかる。彼女の中の人間性が、最後の抵抗を試みていた。


【残り30分】水位:首


水時計が激しく脈動し始めた。 どくん、どくん、どくんどくんどくん……。 規則正しかったリズムが乱れ、まるで心臓発作を起こしているかのよう。


水が逆巻き、無数の渦を作り出す。その中心で、香織と翔太の体が引き寄せられていく。


「もう、だめかもしれない……」


香織の意識が遠のきかける。人間の部分が、巫女の奔流に飲み込まれそうになる。


その時、翔太が最後の力を振り絞って香織を抱きしめた。


「香織ちゃん、僕を見て」


翔太の目は、まだ人間の輝きを保っていた。茶色い、優しい瞳。そこには恐怖もあったが、それ以上に強い決意があった。


「僕たちは、新しい道を作る。犠牲者でも、支配者でもない。水と人の境界に生きる、新しい存在になるんだ」


翔太の手が青く光る。それは彼の中に流れ込んだ水の力。しかし、完全に水に支配されたわけではない。人間としての意志で、その力を制御している。 香織の目に、光が戻った。


「翔太君……」


二人の体が、光に包まれる。 青い光と、温かいオレンジの光が混じり合い、新しい色を作り出す。それは朝焼けの空のような、希望に満ちた色だった。


『何が起きている……』


松姫の声に、パニックが混じる。


『これは……予定にない……制御できない……』


水時計の表面に亀裂が走った。

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