第48話 最深部への階段:第三の道の予感
百段の石段を降りていく。一段ごとに、運命を告げる文字が刻まれている。
『1段目 まだ戻れる』
『25段目 儀式への道』
『50段目 これが運命』
『75段目 引き返せ』
『99段目 ようこそ』
階段の降り口には、二人の足跡が水で濡れたまま残っていた。その足跡は、迷うことなく前へ進んでいる。
過去の和子や真紀は、この階段をどのような想いで降りていったのだろうか。和子は亮介の遺書に書かれた「愛のために死を選ぶ」という言葉を信じながら、それでも悲しみに耐えかねて。真紀は「聡の死を無駄にしない」という狂気に突き動かされながら。
しかし、香織と翔太は違った。
「翔太君……私、怖くない」
香織が、翔太を見上げる。
「私も、変わってしまった。もう、人間には戻れないかもしれない。でも……」
翔太は、彼女の言葉を待たずに言った。
「僕もだ。君の中に流れている水が、僕の中にも流れている。亮介大叔父さんの魂が、僕を呼んでる」
香織と翔太は、もはや巫女と犠牲者ではない。彼らの中には、互いの記憶と、互いの血が、そして水が混じり合って流れていた。
最後の段には、文字はなかった。代わりに、深い溝が彫られている。それは、これから刻まれる文字のための、空白のスペースだった。
階段を降りきると、巨大な扉があった。黒い石でできた、重厚な扉。表面には、水時計の精密な図面が彫り込まれている。扉に手を触れた瞬間、それが開いた。
音もなく、抵抗もなく。まるで、ずっと二人を待っていたかのように。
これが、過去の巫女たちが通った道。
そして、彼らが辿り着いた場所。
香織と翔太は、互いの手を強く握りしめた。その手には、温もりと冷たさが混じり合っていた。
この先で、彼らの運命は決まる。
過去と同じ悲劇を繰り返すか、それとも、新しい物語を始めるか。
地下への降下が始まった。深く、深く、水の記憶の底へ向かって。




