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水に取られた ―零れる刻限―  作者: 大西さん
第十三章:背負う者
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第41話 古文書の託宣

藤田先生が差し出したのは、黄ばんだ和紙に墨で書かれた、古びた巻物だった。


「これは、祖父が最後に発見した、この町の最も古い記録です。代々、司書が密かに守り続けてきた」


巻物を広げると、そこには驚くべき内容が記されていた。


『水と音の争い』。それは、町の起源にまで遡る、壮大な物語だった。


「この町は、元々、水神の怒りによって常に水害に苦しめられていた。それを鎮めるために、音無神社の巫女が、笛の音で水神の悲しみを癒そうとした。しかし、水神の渇きは深く、ついに巫女の命を奪ってしまった」


藤田先生は、静かに語り続けた。


「水の呪いを完全に打ち破るには、水神の魂の渇きを、愛の力で癒すしかない。しかし、その方法は、どの記録にも記されていない。誰も、そこまでたどり着く前に、水に取られてしまったからだ」


「先生…どうして、今まで黙っていたんですか?」


香織の声が震えた。


「私も、かつては真実を求めていました。しかし、祖父の死を目の当たりにして、恐怖に負けてしまった。町の平穏を守るために、真実を隠蔽する共犯者になってしまったのです」


藤田先生の目から、再び水が流れた。


「しかし、君たちを見て、私は最後の希望を託そうと思った。君たちなら、この呪いを終わらせることができるかもしれない。亮介君と和子さんのように、愛を犠牲にするのではなく、愛の力で呪いを打ち破る、第三の道を」


翔太は、古文書を抱きしめた。それは、源三郎の執念と、藤田先生の絶望と、そして亮介たちの悲劇が詰まった、重い巻物だった。


「僕たちは、必ず帰ってきます。先生」


翔太は、力強く言った。その瞳は、もう迷いを捨て、強い光を宿していた。


「…行ってらっしゃい」


藤田先生は、静かに微笑んだ。その顔には、長年の重荷から解放されたような、安堵の表情が浮かんでいた。


■最後の日常と調査者の覚悟


学校への道のりは、いつもより長く感じられた。 霧は相変わらず濃く、三メートル先も見えない。足音だけが、湿った空気の中で異様に響く。時折、霧の中から聞こえる声。


「また雨か」 「この町は呪われてる」 「十八歳の娘は気をつけろ」


断片的な言葉が、霧と共に流れていく。


教室に着くと、クラスメートたちの視線が痛かった。


「田辺さん、顔色悪いよ」


「なんか、透けて見える」


「触ったら、冷たそう」


香織の席の周りだけ、空気が違っていた。まるで、薄い水の膜で隔てられているような。


昼休み、屋上で翔太が言った。


「今日、行こう」


「廃寺に?」


「うん。もう時間がない」


翔太の手を見ると、青い筋がさらに濃くなっていた。脈打つように、水が流れているのが見える。


「僕の中で、大叔父さんの記憶が強くなってる。彼の最後の日の記憶が」


翔太は、藤田先生から託された古文書を開いた。新しいページが追加されていた。いや、元からあったのに、今まで見えなかったページが現れたのだ。


『水時計への道』


地図が描かれていた。廃寺への道順と、地下への入り方。そして、警告。


『一度降りたら、人間のままでは戻れない。だが、それでも行くなら、満月の夜を避けよ。水の力が最も強まる』


「今夜は満月じゃない」


香織が言った。


「だから、今日しかない」

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