第4話 湯気とクリームソーダ
日曜日、午後二時。駅前の喫茶店「白樺」は、学生や家族連れで賑わっていた。コーヒーの香ばしい匂いと、トーストの焼ける甘い匂いが混じり合う。
亮介は、先に着いて窓際の席で待っていた。制服ではない、チェックのシャツを着た彼は、少し大人びて見えた。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
亮介の笑顔が、和子の緊張を少しだけ解きほぐした。
「何にする?俺はもう決めてるんだ。チョコレートパフェ」
「私は……クリームソーダを」
運ばれてきたクリームソーダの緑色は、鮮やかで、非現実的なほど美しかった。氷と炭酸の泡が、きらきらと光を反射している。その上に乗った真っ赤なサクランボが、まるで宝石のようだった。
「綺麗……」
「和子って、そういうの好きなんだな」
亮介が、チョコレートパフェの山を崩しながら言った。
「そういうの、とは?」
「いや、なんていうか……静かで、綺麗なもの。書道もそうだし」
「……そう、かもしれません」
ぎこちない会話が続く。野球部の練習のこと、クラスの噂話、好きな音楽のこと。亮介が熱心に語るフォークソングの話は、和子にはよく分からなかった。それでも、彼の話を聞いているのは楽しかった。彼の世界が、少しだけ自分の世界に流れ込んでくるような感覚。
「和子の家って、すごいよな。町で一番大きい屋敷だろ?」
その言葉に、和子の心臓が冷たくなる。
「……古いだけです」
「一度見てみたいな。迷子になりそうだけど」
亮介の無邪気な言葉が、和子の胸に突き刺さる。来てはいけない。この人だけは、あの家に、あの水の気配に、触れさせてはいけない。
「大したこと、ありませんから」
和子は、ストローでグラスの中の氷をかき混ぜた。カラン、と寂しい音がした。
でも、和子の心の片隅には、常に恐怖があった。六月二十日。自分の十八歳の誕生日。あと五ヶ月しかない。その日が近づくにつれ、体の奥で水が揺れる感覚が強くなっていく。古い、よどんだ水が。
祖母の部屋から、時折聞こえる水音。ぽたん、ぽたん、と規則正しく。まるで水時計のように。そして、深夜に廊下を歩く足音。それは祖母のものではない。もっと重く、水を含んだような、ずるずると引きずるような音。