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水に取られた ―零れる刻限―  作者: 大西さん
第一章:昭和四十七年、水無月 - 最後の水音
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第4話 湯気とクリームソーダ

日曜日、午後二時。駅前の喫茶店「白樺」は、学生や家族連れで賑わっていた。コーヒーの香ばしい匂いと、トーストの焼ける甘い匂いが混じり合う。


亮介は、先に着いて窓際の席で待っていた。制服ではない、チェックのシャツを着た彼は、少し大人びて見えた。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来たとこ」


亮介の笑顔が、和子の緊張を少しだけ解きほぐした。


「何にする?俺はもう決めてるんだ。チョコレートパフェ」


「私は……クリームソーダを」


運ばれてきたクリームソーダの緑色は、鮮やかで、非現実的なほど美しかった。氷と炭酸の泡が、きらきらと光を反射している。その上に乗った真っ赤なサクランボが、まるで宝石のようだった。


「綺麗……」


「和子って、そういうの好きなんだな」


亮介が、チョコレートパフェの山を崩しながら言った。


「そういうの、とは?」


「いや、なんていうか……静かで、綺麗なもの。書道もそうだし」


「……そう、かもしれません」


ぎこちない会話が続く。野球部の練習のこと、クラスの噂話、好きな音楽のこと。亮介が熱心に語るフォークソングの話は、和子にはよく分からなかった。それでも、彼の話を聞いているのは楽しかった。彼の世界が、少しだけ自分の世界に流れ込んでくるような感覚。


「和子の家って、すごいよな。町で一番大きい屋敷だろ?」


その言葉に、和子の心臓が冷たくなる。


「……古いだけです」


「一度見てみたいな。迷子になりそうだけど」


亮介の無邪気な言葉が、和子の胸に突き刺さる。来てはいけない。この人だけは、あの家に、あの水の気配に、触れさせてはいけない。


「大したこと、ありませんから」


和子は、ストローでグラスの中の氷をかき混ぜた。カラン、と寂しい音がした。


でも、和子の心の片隅には、常に恐怖があった。六月二十日。自分の十八歳の誕生日。あと五ヶ月しかない。その日が近づくにつれ、体の奥で水が揺れる感覚が強くなっていく。古い、よどんだ水が。


祖母の部屋から、時折聞こえる水音。ぽたん、ぽたん、と規則正しく。まるで水時計のように。そして、深夜に廊下を歩く足音。それは祖母のものではない。もっと重く、水を含んだような、ずるずると引きずるような音。

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