第39話 廃寺の罠 - 慈悲なき水
彼は、その日、雨の降りしきる中、一人で東林山へと向かった。 廃寺の本堂に辿り着いた佐倉は、本堂の床下にある地下水路への入り口を発見した。 彼は、持参した道具で鍵穴をこじ開けようとした。しかし、鍵穴はびくともしない。 「くそ…!」 彼はイライラしながら周囲を探し回った。 その時、足元に小さな水たまりができていることに気づいた。 それは、ただの水たまりではなかった。水面が、ゆっくりと佐倉の顔を映し出している。 水面に映る自分の顔が、一瞬、別の男の顔に見えた。
無数の男の顔が、水面に浮かび上がっては消えていく。 「な…なんだ…?」 彼は、恐怖に震えながら、後ずさりした。 しかし、彼の耳に、甘い声が聞こえてきた。
『おいで…あなたも…』
それは、古く、しかし若々しい、松姫の声だった。
『あなたは、真実を求めている。私たちも、仲間が欲しいの』
その声に、佐倉の好奇心と、知的な興奮が蘇る。
「そうか…!君たちは、私を求めているのか…!」
彼は、その声に導かれるように、地下水路への扉に手をかけた。 すると、扉は、音もなく、ひとりでに開いた。 彼の心は、高揚していた。この先には、世紀の大発見が待っている。 彼は、持参したカメラと懐中電灯を手に、一人で地下へと降りていった。
■水の記憶
地下水路は、想像以上に深く、暗かった。 彼は、懐中電灯の光を頼りに、慎重に進んでいった。 足元はぬかるんだ土。壁からは、水が滲み出している。 しばらく進むと、彼は古い石造りの階段に出た。
「これだ…!ここが、水時計へ続く道…!」
彼は、喜びと興奮に震えながら、階段を降り始めた。 しかし、階段の途中、彼が踏み出した石が、ぐらりと揺れた。 「うわっ!」 彼は、体勢を崩し、階段から転げ落ちた。彼の体は、水路へと投げ出された。
水路は、地下水脈から溢れ出した水で満たされており、彼の体を、まるで意志を持ったかのように奥へと引きずり込んでいく。彼は必死に藻掻いた。しかし、水の力は強かった。 水路は、彼を水の底へと導き、彼の意識は次第に薄れていった。
「助けて…」
彼は、水の中で叫んだ。 すると、水の中から、無数の男たちの顔が浮かび上がってきた。
『ようこそ…仲間へ…』
それは、亮介でも、聡でも、健一でもない、無数の男たちの声だった。 彼は、水の中で、自分の体が水と一体化していくのを感じた。 皮膚が溶け、肉が流れ、骨が水草のように揺れる。 彼の意識は、水の記憶と混じり合っていく。 百五十年の悲劇、巫女たちの苦しみ、そして愛する者を失った男たちの絶望。 彼は、すべての真実を知った。しかし、それを誰かに伝えることはできない。 彼の最後の言葉は、誰にも届くことなく、水の底へと消えていった。
「真実は…水の如し…」
そして、彼のリュックとカメラは、水路の入り口に、まるで誰かが置いたかのように残されていた。 彼の失踪は、後日、地元警察によって「不審者による失踪」として処理された。しかし、地元の人々は知っていた。
「また、水に取られたんだ」と。




