第33話 警察の介入
その日の夜、ファミレスからの通報を受け、二人の警察官が田辺家を訪れた。
年配の地元出身の巡査部長と、赴任したての若い巡査。若い巡査はマニュアル通りに香織から事情を聞こうとする。
「本日、ファミレスでの騒動について、いくつかお話を伺いたいのですが」
しかし、玄関先で応対に出た祖母・和子の言葉に、彼の常識は崩壊した。
「ああ、水が少し、はしゃいだだけのこと。若い子は、時々こうして余計な力を持て余すものですから」
和子の声は静かだが、人間離れした静謐な威圧感に、若い巡査は気圧される。
年配の巡査部長は、田辺家にまつわる古い噂を知っており、「関わるな」という町の暗黙のルールを肌で感じていた。彼は若い巡査を制し、「ご迷惑をおかけしました」と早々に引き上げようとする。
帰り道、若い巡査が不安そうに問いかける。
「あれは、一体…?」
巡査部長は、田辺家の屋根を覆う重たい雲を見上げながら、意味深に呟いた。
「あの家は、この町の理屈が通じる場所じゃない。嵐が過ぎるのを待つしかないんだ」
この呪いという超常的な事象に対し、現代社会の秩序(警察)がいかに無力であるかを具体的に示す。また、外部の人間を冷静にあしらう田辺家の女たちの異様さと、町に根付くタブーの根深さを強調する。
■二人だけの世界
ファミレスを飛び出し、当てもなく歩いていると、後ろから声をかけられた。
「香織ちゃん」
振り返ると、翔太が立っていた。 彼の姿も、どこか歪んで見える。輪郭が滲み、時折二重に見える。
「翔太君...」 「大丈夫?……大丈夫なわけ、ないよな」 翔太は、香織の濡れた制服と、絶望に満ちた表情を見て、すべてを察していた。
「僕も、変わり始めてる」 翔太が自分の手を見せる。指の間に、薄い水かきのような膜が形成され始めていた。
「君に触れるたびに、僕の中に水が流れ込んでくる。でも、不思議と怖くないんだ」
翔太は香織の手を取った。 二人の手が触れ合うと、青い光が一瞬、脈打つように光る。
「一緒に行こう」 「どこへ?」 「運命の先へ」
翔太だけが、自分と同じ世界にいる。彼だけが、自分を化け物として見ない。その事実だけが、香織を繋ぎとめる唯一の錨だった。




