第29話 翔太の遺志と新たな覚悟へ
資料の最後に、一枚の便箋が挟まっていた。翔太の字だった。日付は、今日の朝。
お祖父さんへ
この手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世にいないのかもしれません。ごめんなさい。 お祖父さんの記録を読みました。亮介大叔父さんの覚悟を知りました。そして、僕は自分のやるべきことを悟りました。 僕は、香織さんを愛しています。 彼女もまた、この呪いの被害者です。彼女を一人にはできません。 亮介大叔父さんは、愛のために死を選びました。 でも、僕は違う道を探したい。 愛のために、二人で生きる道を。 それがどんなに困難な道でも、たとえ僕たちが人間でなくなるとしても、僕は香織さんと一緒にいたい。 お祖父さん、僕は亮介大叔父さんの生まれ変わりなんかじゃない。 僕は、田中翔太です。 自分の意志で、自分の愛のために、この運命に立ち向かいます。 五十年間、本当に、お疲れ様でした。 翔太
香織は、手紙を握りしめて泣いた。涙が、便箋を濡らし、インクを滲ませていく。 翔太は、もう覚悟を決めている。 自分も、覚悟を決めなければならない。 二人で、この螺旋の運命に立ち向かう覚悟を。
窓の外で、雨が降り始めた。 ぽたん…ぽたん…ぽたん。 その音は、まるで巨大な水時計が時を刻む音のようだった。
深夜、和子の部屋にて
香織が眠りについた頃、和子は仏壇の前に座っていた。 線香の煙が、ゆらゆらと立ち昇る。その煙の中に、亮介の姿が浮かんでは消える。
「亮介さん……」
和子が、五十年ぶりに恋人の名を呼んだ。
仏壇の奥から、古い手紙を取り出す。亮介が最後に残した、和子宛ての手紙。封は開けられていない。五十年間、開ける勇気がなかった。
震える手で、封を切る。 中には、たった一行だけ書かれていた。
『君のことを、永遠に愛している』
和子の目から、再び水が流れた。今度は、温かい水だった。それは、五十年間凍りついていた心が、ようやく溶け始めた証だった。
「香織……」
和子は、孫娘の部屋の方を見た。
「あの子は、私とは違う道を見つけるかもしれない」
その声には、微かな希望が込められていた。呪いに囚われた者が、最後に見る一筋の光のような、儚い希望が。




