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水に取られた ―零れる刻限―  作者: 大西さん
第九章:水時計の起源
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第28話 源三郎の執念と亮介の覚悟

その夜、香織は自室で封筒を開いた。 中には、源三郎が五十年かけて集めた膨大な資料が入っていた。几帳面な字で書かれた調査ノート、新聞の切り抜き、写真、地図、証言記録。それは、一人の男の人生そのものだった。


最初のページには、こう書かれていた。 『昭和四十七年六月二十一日。弟・亮介が行方不明になった翌日から、私は記録を始めた。いつか必ず、真実を明らかにするために』


香織は、ページをめくった。そこには、亮介の人となりが細かく記されていた。 『亮介は、太陽のような男だった。野球が上手くて、誰にでも優しくて、そして、たった一人の女を命がけで愛した』


次のページには、亮介が書いた手紙のコピーがあった。源三郎宛ての、最後の手紙。


源ちゃんへ


もし俺に何かあったら、これを読んでくれ。最近、和子の様子がおかしい。いや、和子だけじゃない。和子の家族全体が、何かに怯えているように見える。特に、和子の祖母の目が怖い。俺を見る目が、まるで死人を見るような目だ。和子は、十八歳の誕生日を異常に恐れている。理由を聞いても、教えてくれない。ただ、「私と一緒にいると、不幸になる」と繰り返す。でも、俺は和子を愛している。何があっても、守りたい。この町には、古い言い伝えがある。十八歳の娘が、愛する者を水に捧げるという。馬鹿げた話だと思うだろう?俺もそう思ってた。でも、和子の家系は本気でそれを信じている。もし俺が消えたら、きっとそれが原因だ。 でも、源ちゃん、覚えておいてくれ。和子を責めないでくれ。彼女も被害者なんだ。むしろ、助けてやってくれ。俺は、自分の意志で和子と一緒に行く。たとえ、それが死を意味するとしても。愛する人のためなら、命なんて惜しくない。 亮介


香織の目に、涙が滲んだ。亮介は、知っていたのだ。自分の運命を。それでも、和子を選んだ。愛を選んだ。


■古文書の解読と松姫の悲劇


資料をさらに読み進めると、源三郎の執念深い調査の跡が見えてきた。新聞記事の切り抜き、証言記録、そして古文書の解読メモ。


『水神祭祀記録』より(源三郎による現代語訳)


天保十三年 壬寅の年 夏


藩主・松平忠愛公、愛娘お松姫の奇病により、東林山慈恩寺の地下に巨大なる水時計を作らせる。姫は十八の齢にて、水を異常に恐れる病に罹る。風呂に入れず、雨に打たれれば発狂し、水を見るだけで震え上がる。しかし同時に、水を求める。渇いて、渇いて、狂おしいほどに水を求める。この矛盾に、姫は苦しんでいた。 姫には、佐助という恋人がいた。身分違いの農民だったが、二人は深く愛し合っていた。密かに逢瀬を重ね、将来を誓い合っていた。 ある日、姫は佐助と共に寺に向かった。「水と一つになりたい」と言い残して。二人は、地下に降りて、二度と戻らなかった。 藩主は、これを姫の呪いと恐れ、毎年十八歳になる娘を持つ家に、寺への参拝を命じた。参拝した娘は、必ず美しくなって帰ってくる。しかし、同行した男は行方不明になる。これが、百五十年続いている。


さらに古い記述もあった。


『東国奇譚集』より(源三郎による要約)


この地には、古来より水神への生贄の風習あり。豊作を願い、美しき巫女が愛する男を水に捧ける。巫女は水神の花嫁となり、永遠の美を得る。男は水神の僕となり、永遠に水底に留まる。この儀式、縄文の時代より連綿と続く。


水神は、孤独な神である。ゆえに、愛し合う者たちを求める。その愛が深ければ深いほど、水神は喜ぶ。しかし、それは同時に、最も残酷な別離でもある。


つまり、この呪いは江戸時代どころか、もっと古くから存在していたのだ。源三郎は、廃寺の地下構造の推測図まで描いていた。それは、地獄への設計図のように見えた。

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