第24話 駆け落ちの計画
五月になると、美代子と健一は毎日のように会うようになった。 学校が終わると、健一がバイクで迎えに来る。二人はよく海辺を走った。潮風を浴びながら、どこまでも続く海岸線を。
海辺で見る健一は、いつも生き生きとしていた。波打ち際を裸足で歩きながら、将来の夢を語った。
「俺、東京でゲーム作りたいんだ。自分が設計した世界で、みんなが遊べるような」 彼の目が輝く。それは創造への情熱だった。
「すごいね」 「美代子も一緒に来いよ。東京で暮らそう」 ある日、砂浜に座りながら健一が言った。夕陽が二人を赤く染める。海面に反射する光が、まるで燃える水のように見えた。
「東京?」「来年、就職が決まってるんだ。渋谷のゲーム会社。プログラマーとして」
健一は、不良っぽい外見とは裏腹に、コンピューターの天才だった。大学では首席の成績を収めていた。
「プログラミングってさ、水みたいなんだ。データの流れを設計して、制御して、新しい世界を作る。でも、俺が作る水は、冷たくない。温かくて、生きてる水なんだ」
その言葉に、美代子の心が震えた。水。この家を支配する冷たい水とは違う、温かい水があるのだと、健一は教えてくれた。
「うん、行く」 「本当か!」 「健一と一緒なら、どこでも」
二人は、砂浜でキスをした。夕陽が、二人を赤く染める。唇が触れ合う瞬間、美代子は感じた。これが生きているということなのだと。冷たい水の底ではなく、温かい光の中で呼吸することなのだと。
「でも、母が...祖母が...」「大丈夫。俺が守る」
健一の腕が、美代子を包み込む。その腕は強く、温かかった。
この瞬間が、永遠に続けばいいと思った。
■呪いの物理的介入
七月に入って、美代子は決意を固めた。 逃げる。健一と一緒に、この町を出る。十八歳の誕生日の前に。
しかし、その頃から奇妙な現象が起き始めた。
美代子が外出しようとすると、必ず雨が降り始める。それも、彼女の周囲だけに集中的に。まるで、見えない檻に閉じ込められているかのように。
健一とのデート中、レストランのグラスの水が突然溢れ出す。噴水の水が、美代子だけに向かって吹きかかる。プールサイドを歩けば、足元から水が湧き出る。
「なんか、最近変だな」
健一も異変に気づき始めていた。
「水が...俺たちを見張ってるみたいだ」
美代子は恐怖を感じていた。これは偶然ではない。何かが、いや、誰かが介入している。
ある夜、美代子は奇妙な夢を見た。 深い水の底に沈んでいく夢。そこには、無数の男たちの顔が浮かんでいた。皆、若く、美しく、そして悲しそうだった。その中に、健一の顔を見つけて、美代子は悲鳴を上げて目覚めた。
枕元に、和子が立っていた。 月光に照らされた母の顔は、能面のように無表情だった。
「七月二十日ね」 和子が言った。 「何が?」 「あなたの誕生日」 「知ってるわよ」 「その日に、すべてが決まる」 和子の影が、月光で壁に大きく投影される。それは巨大な水の化身のようにも見えた。
「健一と一緒に、東京へ行く」
美代子は宣言した。 和子の表情が、初めて変わった。悲しみとも、諦めともつかない、複雑な表情。
「行けると思う?」
その言葉と共に、部屋の中の湿度が急激に上がった。壁に水滴が浮かび、天井から水が滴り始める。
「これが、田辺家の女の運命よ」




