放水
「魔術師としての訓練って、具体的にはどうするんだ? そもそも魔法使いとは何が違うんだよ?」
「自身の魔力を魔法としてしか出力できないのが魔法使いで、魔術師は自身の魔力そのものを操り、他人の回路に通すことができるんだ」
「……イマイチピンとこねぇが、それで何ができるんだ?」
「それをこれから教えるんだよ。どんなことができるのかは、まあ最終的にはアンタ次第さね。ほれ、まずは手を出しな」
「へいへい」
そう言いながら俺の手を握り、いつものように蘊蓄垂れながらの授業が開始。
……いや、手を握る意味は?
「ライン、アンタの魔法回路を開いた時のことを覚えてるかい?」
「え? ああ、めっちゃくすぐったかったし急所小突かれて超痛かったアレな」
「まだ根に持ってんのかよ」
そりゃ根に持つわ。
いきなり不意打ちで金的蹴られたようなもんだぞアレは。
「魔術師を名乗るための条件は『他者の魔法回路を解放し、新たな魔法使いを生み出せる』魔法使いであることだ」
「新たな魔法使いを生み出せることって……それだけ?」
「ああ、それだけさ。それだけのことが、魔法使いと魔術師の違いってわけだ」
なんか、思ってたよりもショボい違いだな。
てっきり街一つ滅ぼせるくらい強い~とか一定以上の強さを持った魔法使いに与えられる、称号みたいなもんかと思ったのに。
いや、ラインハルトの魔法鑑定をした魔術師はそこまで強そうじゃなかったが。
「ゴミみてぇに弱かろうと、魔法使いを新たに産み出せりゃ一端の魔術師として重用されるし、どんだけ優れた魔法が使えようと魔術師の適性が無けりゃ魔法使いのまんま。それ以外にゃまぁ大した違いはねぇがな」
「わざわざ区別する理由は?」
「簡単さ。魔法協会の連中がそれを利権に稼いでやがるからだよ」
店長が言うには、魔法使いを新たに産みだす技術は協会運営の根幹に関わるものらしい。
貴族や王国お抱えの軍人ばかりが魔法を使えるのも、魔法使い一人を生み出すのに法外な値段を吹っかけているからなんだとか。
しかも報酬の値によって、魔法回路をどれだけ開放するかを決めるというセコさ。
高い報酬を払えば一流の魔術師によって魔法回路の大部分を解放してもらえるし、安けりゃラインハルトみたいに下っ端の手で最低限の回路しか解放してもらえない。
さらにその後の魔法の訓練も、独学で進めるよりも魔術師の指導を受けたほうがはるかに伸びがいい。もちろんこれも有料。
……うーん。聞けば聞くほどセコい。
「……協会を抜けた魔術師がこっそり小遣い稼ぎに教えたり、魔法使いの軍隊組織を作ったりとかそういった危険はねぇのか?」
「多少はあるだろうが、いずれも協会ほど大規模なことはできねぇよ。……話が脱線したが、これからそこの侍女の魔法回路をアンタの魔力で開いてもらう」
「え、メディアの?」
「私の、魔法回路を……?」
「メディアにも魔法回路があるのか?」
「あるさ。どれほどのもんかは開花しなきゃ分からねぇが、魔法の素質ってのは誰にでもあるもんだからな」
言っちまえば、この世界の人間全員が魔法使いになれる可能性があるってことか。
実際にその才能を開花させてもらえるのは魔術師に大金が払える、貴族など一握りの人間だけのようだが。
「……もしかして、店長がコレ教えるのも結構危ないことだったりする?」
「一人や二人程度なら協会も目ぇ付けるほど暇じゃねぇさ。そんじゃ、始めるぞ。つってもこないだのおさらいみたいなもんだがな」
そう言いながら、握る手を通して俺の魔法回路に魔力を流し込み始めた。
あばばばば! この体の内側がくすぐったい感覚、いまだに慣れねぇ! 超キモい!
「さて、魔法じゃなくて魔力そのものを操る訓練だが、ぶっちゃけアンタにゃほとんど必要ねぇ。多分、すぐにできるようになると思う」
「へ? なんで?」
「ぶっちゃけ、属性化した魔力を余計な制御回路に通さず、そのまま他人の回路に流していくだけだからな。自分自身の回路に魔力を流すイメージができてりゃ楽勝だろうさ」
「えぇ……そんだけで魔術師認定されるのかよ」
「問題はアンタの属性が、他人の魔法回路を開かせるのに適したものかってところだがな」
「属性が?」
「他人の魔法回路に魔力を流すだけなら訓練すりゃ誰でもできるようになる。問題は、その流しこんだ魔力をどう使って回路を開いていくかってことだ。要するにだな―――」
あ、これ話が長くなるヤツだな。
……要点だけ頭の中でまとめよう。
予想通りそこからしばらく長い蘊蓄話が始まったが、どうにか重要な部分だけ理解して頭の中に叩き込んだ。
魔法回路を開くには、回路内にある魔力をせき止める『栓』……店長は『魔蓋』と呼んでいたが、その魔蓋をこじ開ける作業が必要になってくるらしい。
魔蓋の開き方には開くほう・開かれるほうそれぞれに個人差がある。
店長の場合は魔蓋周りの回路を火属性の魔力で加熱して緩めてから魔蓋を引き抜いたり、あるいは雷の魔力で刺激して破壊したり、といった具合に色んな属性を駆使して開いていくらしい。
どーりで変に熱くなったりなんかビリビリしてると思った。
「さて、こっからが本番だ。まずアタシがこの侍女の回路の基礎部分だけ少し開いておく。アンタはそこから基礎部分を拡張しつつ、枝分かれする回路を少しずつ開いていきな」
「あ、それでいいの? 最初っから最後まで俺にやらせるかと思った」
「さすがにそりゃ難しい……ってか危険だよ。魔蓋が閉じ切ってる回路に勢いよく魔力を流すと、最悪の場合回路が破裂して死んじまう」
「!?」
メディアが『え、マジすか!?』と言いたげに店長を見つつ、顔を青くしている。
……もしかしなくても、魔法回路を開くことって割と命がけじゃな?
「少しでも開いてりゃ過剰に魔力を流しても死にはしねぇさ。まあ、勢いを誤れば滅茶苦茶痛いだろうがね」
「ひぃ……!」
「ビビッてないで観念しな。大丈夫、アタシはそんなヘマしねぇよ」
「は? くっそ痛かったが?」
「……アンタのアレは凡ミスだっての。いいから手ぇ出しな」
「うぅ……」
観念したように、店長に手を差し出すメディア。
そんな死刑執行されそうになってる囚人みたいな顔せんでも。
「ふーん、シンプルだけど思ったより整ってる回路だね、指導用のサンプルとしちゃ悪くねぇ。属性は……『水』か。喜べ、仮に暴走してもとりあえず命に別状はなさそうだ」
「よ、よかった……」
「ここをこうして……よーし、開通完了。基礎部分と簡単な調節回路だけ開いたよ。試しに『指先から水を出す魔法』を使ってみな」
「え、ええと……」
「まずここから魔力を出して、この器官に通して魔力を水属性に変える。その後はここの回路が水量で、勢いはこの回路。それで発動弁がここで……」
「ひっ、く、くすぐったい……!」
俺に教えた時のように魔法の使い方を伝授しているが、はたから見てるとえらくあっさり使えるようになるんだなぁとか思ってしまう。
店長の腕が良くて教え方が上手いからだろうが……今更だけど、この人いったいどんな経歴の人物なんだろうか。元、魔法学園の先生とかかな?
「よし、それで発動してみな」
「は、はい! ……うわ、ホントに水が……!」
メディアの立てた人差し指の先から徐々に水がポタポタと垂れていき、一分ほど経ったころには水道の蛇口の如く流れ出るようになった。便利そうだな。
「これでアンタも晴れて魔法使いの仲間入りだよ、おめでとさん」
「あ、ありがとう、ございます」
「はい、それじゃあ次はラインの番だよ。属性化した魔力をコイツの回路に流し込んで、回路の魔蓋を開いていきな」
「せんせー、開けっつってもどう開きゃいいんですかー」
「分からん」
「え?」
「ぶっちゃけ、アンタの属性が他人の回路の中でどんな挙動をするのかまったく予想できん。うまく魔蓋を開けられるのかもしれないし、一切干渉できないかもしれない。そもそも『高速化』の魔法使いは自分以外に魔力を流すことなんかできないはずなんだが、アンタは特別なんだよ」
「……手探りで開けと?」
「それができりゃ、アンタは魔術師に認定。できなけりゃ魔法使いのまんま。それだけのことさね」
「つまり教え方が分かんねぇから自分で考えろってことやないですか……」
……まあ、こればっかりはしゃーないか。
なるようになれだ。上手くいかなくても魔術師にはなれないってだけで、別にデメリットはないし。
「メディア、手を」
「……はい」
「あー……念のため先に言っとくか」
「? なにか?」
「失敗して爆発したらごめんね?」
「勘弁してください!!」
半泣きで叫ぶメディアを見て、ちょっと緊張がほぐれた。
……我ながら性格悪いなー。
さてと、まずは『高速化』属性から試してみますかね。
高速化属性に変えた魔力を、そのままメディアの手を通して魔法回路に流しこむ、と。
……うん、ビックリするくらい簡単に流し込めるな。拍子抜けだ。
ここまでは順調だが、この高速化属性の魔力をどうしろというのか。
試しに魔蓋と思しき栓に干渉しようと触ってみたが、魔力を押しても引いてもまるで手応えがない。
暖簾に腕押しっつーか、合わない錠前に鍵を挿し込もうとしているような感覚というか……アプローチの仕方が間違ってるのか?
とりあえず開通した部分全体に高速化魔法を発動。2倍速。
高速化の魔力をそのまま使おうにも無意味だというのなら、メディアの魔力を高速化してみるか。
「メディア、今お前の魔法回路を俺の魔法で高速化している。この状態のまま魔法を使ってみてくれ」
「え? あ、はい……うわっ!」
最初に発動した時は、まともに水が出るようになるまで一分ほど時間がかかっていたが、高速化魔法の影響か30秒もしないうちに全開にまで出力が上がった。
……魔法発動のプロセスが2倍速になっただけだなこりゃ。
「ダメだな。高速化魔法じゃ魔蓋を開けそうにねぇや」
「だろうな。高速化はそういうの向いてねぇ気がしてたんだよなぁ。まあ想定内だ」
「じゃあ魔術師になるのは無理ってことっすね。おつかれー」
「待ちな。まだ『加速』のほうを試してねぇだろうが」
……えー。アレ試さなきゃダメ?
できれば二度とヒトに加速魔法は使いたくないんすけど。
山賊のボスの最期見てたでしょ? 人間の死に方してなかっただろ。
「大丈夫なのか……? こないだみたいに加速魔法で全身ブシャーってなったりしたらヤバいだろ」
「ぶ、ブシャーって、え……!? いったい何があったんですか!?」
「人体そのものじゃなくて魔法回路に使うなら大丈夫だろ。もう回路の大筋は開けてあるんだから、勢いよく出した魔力が詰まって破裂したりとかはしねぇよ。多分」
「たぶん!?」
「……まあ、仮にしくじっても2倍速に抑えとけば大丈夫か。メディア、今度は加速属性を試すから準備しろ」
「大丈夫なんですか!? 本当に大丈夫なんですか!? なんだかすごく不穏な単語や擬音が聞こえた気がするんですけど!」
「へーきへーき。それじゃあいくぞー」
甲高い声で喚くメディアを適当にあしらいつつ、加速属性の魔力を回路に流して再トライ。
高速化の魔力同様、魔蓋に直接干渉しようにも無理っぽいが、想定内。
さて、ここからが本番だ。
俺の魔力で外側から魔蓋を開こうとしても上手くいかないなら、内側からメディアの魔力で開けさせるイメージをする。
メディアの魔法回路全体を加速魔法で2倍速に『加速』する。
すると、どうなる?
「メディア、魔法を発動しろ」
「は、はい。……っっ!!?」
俺が加速した状態で、メディアが回路に魔力を流し、魔法を発動した。
その瞬間。
「ひぎゃぁぁぁぁああああっっ?!!!」
気が触れたかのように、メディアが目と口をかっ開きながら絶叫を上げた。
「おぶっっふぉ?!!」
「ぬわぁぁあ!!?」
同時に、メディアの指先からとんでもない水量の大波が放出され、俺と店長に直撃。
いだだだだだ!! ブチ当てられてる水の勢いが強すぎて痛い! マジで痛い! まるで消防車の放水だ!
「ライン!! 加速魔法を解除しな!!」
「もう止めてるっての!! メディア、魔法を止めろ! 早く!!」
「うあああああああ゛!!!」
「あ、ダメだわ。聞こえてねー」
いくら止めるように言っても、手から放水し続けたまま叫びっぱなしだ。
……もしかしなくても、コレ暴走してない?
「ぺっぺっ……ったく、すげぇ勢いだな。ありゃ魔力が尽きるまで放っておくしかなさそうだ」
「大丈夫なのか? あのまま干からびたりしねぇか?」
「その前にバテてぶっ倒れるだろうさ。にしてもあの水量……魔蓋を開いただけじゃあんなことにゃならねぇはずだが、どうなってんだ……?」
店長、こんな状況でも冷静に分析できるのは尊敬するが、モルモットを見るような目で観察するのはやめてやれ。
止めようにもすっかり暴走しっぱなしで近付くこともままならないので、しばらく放置。
一分ほど経ったところで暴走は治まり、自分で作った水たまりに体を預け気絶してしまった。
大丈夫か? 生きてる? あ、脈も呼吸もあるわ。セーフ。
……本日の魔法講習は一旦お開きになった。
俺も店長もメディアも訓練場もずぶ濡れだし、早く湯浴みでもしないと風邪ひきそう。ぶぇっくしょい。
訓練場の惨状を見た侍女長さんと義母上に軽く叱られたりもしたが、大きなマイナス評価にはなってない様子だった……というか『私も混ぜてほしかった』とかどこかズレた叱り方をしていた。
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メディアとかいう侍女を介抱する際、ついでに魔法回路の状態を確認してみたが……予想を超える成果だった。
ラインに魔術師としての素質があれば、魔法学園で親しくなった相手の魔法回路を解放して、有利な状況にもってきてやれるかもしれないと思っていたが……こりゃそんなレベルじゃない。
使い方によっちゃ子爵家の、そしてラインの立場そのものが大きく変わるほどの結果だぞこりゃ。
……だが、まだこれを公にするには早すぎる。
それに、試したのはまだメディア一人だけだ。
何度か実験を繰り返して、再現性の確認もしていかねぇとな。
実用化しても問題ないと確信できれば、あるいはユーリも……。
お読みいただきありがとうございます。
アルマ「こわいわー魔法を暴走させて出しっぱなしにするとかこわいわー」




