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息の詰まる新生活



 子爵家へ入籍したことで、様々な変化があった。

 まず、名前。


 新たな名前は『ライン・マオルヴォル』

 略称をそのままマオルヴォルにくっつけただけだが、前と全く同じ名前じゃないだけでも大きな意味を持つ。

 仮にラインハルトのままだったら、誰がどう考えても元レオポルド家の子だと考えちまうからな。


 ちなみにレオポルド家からは『ラインハルト・レオポルドは病死した』と発表されており、いつかの新聞の忌引き欄に小さく掲載されていた。

 あんな虐待やいじめを受けていたらそれが原因で死んだと噂されそうなもんだが、そういった声はどこからも聞こえない。

 まあ剣術道場に通ってたやつらもほぼ全員がいじめに加担していたし、口裏を合わせたり賄賂を握らせたりしてクソ親父と兄貴が揉み消したんだろう。ゴミどもが。シネ。


 そんなわけでラインハルト・レオポルド公爵令息は病に倒れ、それと同時期にたまたま似た名前の子供をマオルヴォル子爵が養子として迎え入れました、という捏造された事実だけがある状況だ。

 自ら病死と発表した以上、もうラインを自分たちの子供だと主張することはできない。

 『実は生きてるけど死んだと嘘を吐きました』なんて言えば、ラインハルトへの虐待やら情報の捏造やらの罪でどんな裁きが下されるか分からんからな。



 ひとまずはこれで大丈夫。

 しばらく貴族たちの関心を引くような行動は控えておけば、レオポルド関係の連中からうざったいちょっかいをかけられることもないだろう。


 今、俺がするべきことは、戦いの土俵に立つための準備だ。

 つまり、貴族としてのステージに立つための土台作りだな。



 そのために一日のスケジュール内容が大幅に変わった。

 レオポルド領にいたころは店の管理と魔法の実験・練習、あとは体力作りくらいしかしていなかったが、子爵家での生活は日常習慣の一つ一つに意味を見出す必要がある。

 日々の食事すらその例外じゃない。貴族に相応しい立ち居振る舞いを習得しなければ学園生活なんざ夢のまた夢だ。




「食事の際にカトラリーは外側から順番に使うようにね、持ち方にも気を付けて。カチャカチャと音を鳴らすのはダメ。手が滑って床に落としたりしたら、自分で拾わず侍女やウエイターへ新しいのを頼むんだよ」


「はい。丁寧なご指導、感謝いたします」


「うんうん、焦らないでいいからゆっくり食べながら覚えていこうね。テーブルマナーの講習は公爵家じゃ受けてなかったのかい?」


「5歳までは簡単な食器を扱っていたのですが、ある時期から自室でパンとスープのみ摂取していましたので。皿とスプーン以外の食器を扱う機会がなく、このような粗末な所作を晒すことを恥じる所存です」


「かたいかたい、言い方も態度もかたいよー。そんなに緊張しなくても大丈夫だってば。息が詰まっちゃうでしょ?」



 俺の態度を見て、苦笑いする子爵に少し申し訳ない気持ちが湧いてこないこともないが、隙を見せるにはまだ早い。

 つーか、テーブルマナーだけでも普通に覚えることが多くて素で余裕がないんやが。


 ただの食事だってのに、カトラリーの種類が軽く20種類くらいあることに戦慄すら覚えるわ。

 なんやねんフィッシュスプーンて! スプーンは1本あればええやろ! スプーンだけで軽く4~5種類もあるとか正気か!?



 ただ食事をするだけでもこの有様。

 だが必要なことだ。外でテーブルマナーも知らない野蛮人などと噂されればそれだけで大きく不利になる。

 ぐぬぬ、まずはスプーンの種類だけでも覚えていかなければ……スープスプーンとブイヨンスプーンって分ける意味あるか……?





 豪華な食事もまったく味が分からんほど悪戦苦闘しているが、こんなのはまだ序の口。

 マナーレッスンは歩き方、座り方、礼の仕方などなど、所作の一挙手一投足までみっちり仕込まれる。



「ライン様、右足が外に開いてしまっています。もっとまっすぐになるよう意識を」


「はい」


「歩き方はもっと小幅で小股に。背筋を伸ばして、顎は引いてください」


「はい」


「荷物を持つ場合は左手で、右手は衣装に添えて乱れを防ぐように」


「ハイ」



 ……公共の場での歩き方さえままならない。

 ふふふ……まともに二足歩行すらできねぇ今の俺はクソザコどころか赤ちゃんってとこか。ばぶばぶ。





「まずは入門から覚えていきましょうねー。はい、ここでステップ、回って、ここでパートナーの手を引いて……」


「Oh……」



 ダンスレッスンはさらなる地獄。

 今はまだ公の場に出るようなことはないが、社交ダンスは貴族間のコミュニケーションでは不可欠の技能らしい。


 ダンスの講師と手を組んでリードしてもらっているが、相手に合わせて踊るのがこんなに難しいとは。

 すぐに足が引っかかるし、一曲だけでも何度バランスを崩してコケたかも分からねぇ。

 前世でも誰かと踊るどころかソロで踊ったこともねぇんだぞ。超難しい。


 てか足首が、主に右の足首が痛ぇんだが。

 変に重心を意識しなきゃならんせいで、前世で20年ぶりにスケートやった時くらい痛い。タスケテ。






「……ほほう。ほぼ満点ですか、素晴らしい」


「どーも」



 マナー関係はボロボロだったが、座学面は悪くない感じだ。

 ラインハルト君は読み書きに関してはいじめレベルで先取りして叩き込まれてたから、6歳児用の問題なんざ朝飯前よ。

 今だけは感謝してやらんでもないぞメディア。ムカつくが。



「ではより高学年の問題から始めていくとしましょう」


「アッハイ」



 ……さすがにラインハルト君が勉強していなかった範囲はダメダメだがな。

 ただ、計算問題に関しては前世の知識が活かせているようで、数学関係だけは学年が上がろうが満点だった。ふはは。

 苦手な部分はこれからじっくり学習していけばいいから無問題。ダンスやマナー講習に比べりゃ気が楽だ。





 上記の講習に加え、さらには護身術の稽古までする必要がある。

 剣術のように武器を扱うものではなく、空手や柔道に近い異世界格闘技的なもののようだ。



「ここで、袖と肘の少し上を掴みながら体を引き寄せて、こう!」


「ごぼはっ!?」


「失礼。痛いかもしれませんが、万一に備えて護身術は徹底的に叩き込むように仰せつかっておりますゆえ、少々手荒になりますがどうかご容赦を」


「あ、あがが……!」



 護身術の師範からマンツーマンで指導を受けることになったが、柔道の体落としに酷似した投げ技で叩きつけられ悶絶。

 クッションマットの上でもこの衝撃かよ。超痛い。

 なんだか痛い反面、学生時代の柔道を思い出してちょっと懐かしい気分。



「では、今のを実践してみてください。重心を崩すために、相手を掴む手と足がどのように作用するかを意識しながら投げるのです」


「よぉし! ふんっ! ふんぬぅっ! ぬがぁぁあっ!!」



 ……今度はこっちから投げ返してやろうと試みたがビクともしねぇ!



「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……!! む、無理っす……」


「……重心以前に力が弱すぎて投げられないみたいですね。体作りのために、まずは基礎から鍛え直しましょう」



 言われた通りに投げようとしても、このほっそい手足じゃ無理がある。

 てか、そもそも大人相手に同じことができる子供がどれだけいるんだって話なんですがそれは。


 つーわけで、護身術の前に筋トレや走り込みがスケジュールに加わることに。

 基礎トレは元々やっていたが、体力回復薬や筋繊維の再生を促すポーションなんかを使ったりして、より早く効果的に鍛えることができるらしい。

 じゃあもう芋虫食べなくてもいいんですか! やったー! 

 え、プロテワームもアレはアレで必要だから食えって? やだー。






 ……新たに追加された習慣はまだまだあるが、大まかなところはこんな感じ。

 これらを魔法学園に通うまでの3年間続けて、地盤を固めなければならない。


 どれも気力と体力をごっそり持っていかれるが、弱音は吐いてられん。

 クソザコ平民から貴族令息へとランクアップするにはこれくらいの修練でも積まなきゃ無理ってこった。頑張ろう。





「つかれた」


「お疲れさん。ちょっと休んだら、そっちの侍女を連れて訓練場へ来な。魔法の訓練をするよ」


「うぃ」


「はい」

 


 ゆっくり味わう余裕もない夕食を済ませ、ようやくフリータイムに入ったところで店長から魔法訓練のお誘い。

 もはや唯一の癒しの時間と言っても過言じゃない。今やメシすら落ち着いて食えねぇからな。




 子爵家衛兵用の訓練場にて、戦闘魔法用のスペースを借りて魔法の練習。

 膂力が貧弱な俺にとって、実戦運用可能なレベルにまで魔法を鍛えることは急務だ。気合い入れていこう。




「さて、今後の訓練についてだが、上級コースに加えて魔術師としての訓練も並行して行っていくからそのつもりでな」


「そっすか。ところで、メディアまで連れてきた意味は?」


「魔術師の訓練に必要だからさ。実験台としてな」


「じっ……?!」



 店長の言葉を聞いて悲鳴に似た声を漏らしてるが、多分死んだりはしないと思うから大丈夫だぞメディア。多分な。

 少なくとも俺にまた手を汚させるようなことはないはずだ。



「場合によっちゃかなり痛いが、まあ死にゃあしねぇから我慢しな。頑張れよ」


「……お、お手柔らかに……」



 ……うわぁ、なんていい笑顔だ。

 この後、絶対痛い思いをするであろうメディアを菩薩のような笑みで励ます店長は、今までで一番凶悪そうに見えた。

 初めてメディアに同情を覚えそうになった。生きろ。プークスクス。




 お読みいただきありがとうございます。

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