専属侍女
子爵邸へ着いて早々にフライングタックルかまされたり、圧迫面接めいた対面をしたり、挙句に着せ替え人形にされたり気疲れの連続だったが、最初のつかみは悪くなかったと思う。
少なくとも最初っから失望されたりとかそういうネガティブな印象はなかったはずだ。
なのに、この扱いはなんだ。
「それじゃ、朝御飯も済んだことだし、ここらでライン専属の侍女の紹介でもしようか。はい、挨拶してね」
「……子爵家侍女の、メディアと申します。よろしくお願いいたします、ライン様」
「えぇ……?」
義母上ことユーリタニア子爵がパンパンと手を叩くと、背後の扉からおかっぱ頭の黒髪メイドが入室し、俺に深々と頭を下げながら挨拶してきた。
元ラインハルト専属侍女の、メディアだ。
俺がへし折った足も子爵が奪った腕も元通りになってるし、わざわざ治療したのか?
まさか俺の侍女ってこのクソメイドのことなの? 正気か?
「大丈夫。どんなことをしてもメディアは絶対に抵抗しないし自分から君に危害を加えることもない、というかできないから安心していいよ」
微塵も安心できねぇ!
ラインハルトがこいつからどれだけ酷い扱いを受けてきたか、知らねぇわけじゃねぇだろ!?
どういうつもりだ、義母上サマよぉ。
「あ、今『趣味が悪いなぁ』とか思った? うんうん、嫌だよねごめんねー」
「確認ですが、人手不足で致し方なく、というわけではありませんよね?」
「もちろん。いくらでも人手はいるのにわざわざメディアを選んだのは、ただ単純に今の君にとって使い勝手がいいと思ったからさ」
「使い勝手、ですか?」
「うん」
机の上で手を組み、ニッコリと笑ったまま言葉を続ける子爵の姿に既視感を覚えた。
……あー、この表情、見覚えあるわ。前世の部長が部下に意地悪する時の顔にそっくりだ。
「君はメディアに何をしてもいい。何をさせてもいい。仮にメディアの命を奪うことになったとしても、こちらで面倒事は処理するから遠慮はいらないし、それを理由に君の評価を落とすこともしないと約束するよ」
「……!」
子爵が『命を奪う』と口にした時、メディアが顔をわずかに顰めたのを見逃さなかった。
言われたことに不満を持っているというよりも、怯えているように見える。
俺のメディアに対する印象だと『はぁ!? なんで私がそんなことされなきゃならないのよ!? 頭おかしいんじゃないの!?』とか内心毒づいてそうなもんだが、この顔は違う。
そんな幼稚な癇癪とは違う、恐怖からくる怯え方。
……公爵家に居たころの、ラインハルトのように。
「要はサンドバッグ代わりに傍に置くつもりだと?」
「それは君次第。上手く飼い慣らして重用してもいいし、使い潰してもいい。ただメディア壊れたら、次の侍女にはちゃんと接してあげてね?」
「仮にメディアを専属に置くことを拒否した場合は?」
「代わりの侍女を立てるまでさ。メディアについてはそれでおしまいだよ」
おしまい、とはこの話がおしまいという意味だけじゃないんだろうな。
ここで俺がメディアを拒絶すれば、今度こそ子爵家によって処分されるだろう。
いわば、これはメディアにとってのラストチャンス。
……どうする?
どうする、ラインハルト。
今、お前を虐げ続けてきた女の生殺与奪を握っているぞ。
殺すか? それとも狗のように飼い慣らしてやるか?
どうする、メディア。
ここで俺に見捨てられれば詰むぞ。我が身可愛さに命乞いでもするか?
それとも、俺を殺そうとしてきた時のように……ラインハルトを口汚く罵って暴れ回るか?
そう問うように、責めるように、睨むようにメディアの瞳を真っ直ぐ見据えた。
ここでの反応を見て、メディアをどうするかを決めてもいいだろう。
「っ……」
「……」
しばし、無言。
互いに見つめ合うだけの時間が過ぎていく。
メディアは、目を逸らさなかった。
睨んだりも怯える素振りもせず、ましてや媚びたり命乞いをすることもなく、ただ表情を崩さないように見つめ返している。
それら全てが無駄だと理解しているからだろう。
正解だ。
今更お前からの謝罪なんか聞きたくないし、おべっかなんざ想像しただけで反吐が出る。
そしてこの場でまた喧嘩売ってこようもんなら、今度は仕込み分銅を10倍加速でブチ当てて殺す。
……。
「はぁ~……」
先に沈黙を破ったのは、俺。
溜息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、語り掛けた。
「メディア」
「はい」
「仕返しが終わったからといって、お前を許したわけじゃない。今でも腸が煮えるほどに、お前が憎い」
「……はい」
「けれど、いつまでもそのことを引き摺ってお前に当たるのも時間の無駄だ。だから、一旦それとは別に話を進めよう」
これは俺の独断で決めたことじゃない。
ラインハルトの心情を感じ取ったうえでの判断だ。
「基本的には俺に従え。ただ、イエスマンになれとは言わん。俺が間違っていると思ったのなら意見しろ。それは不敬には当たらない」
「……!」
「お前を専属侍女として認める。だが裏切るな。次に俺を裏切った時点で、手心なくお前を殺す。いいな?」
「……はいっ……!!」
俺の言葉に、唇を噛み締め頭を下げて返事をした。
辛うじて首の皮一枚繋がったと内心安堵し、歓喜していることだろう。
別に許したわけじゃないし、憎しみが薄れたわけでもない。
ただ、子爵が言うように、今のメディアは『色々と便利そう』だから傍に置こうと考えただけだ。
ラインハルトが強く拒絶するようなら、それでも見捨てるつもりだったがね。
どうやら報復を終えたためか、以前ほどメディアに恐怖を抱くこともなくなったようだ。
「んーふふー、優しいねぇラインは。まるで天使のようだわぁ」
「いえいえー、女神の如き義母上の懐の深さに比べたらまったくの狭量ですよぉハハハ」
「んふふふふ」
「あはははは」
互いに傀儡めいた笑いを漏らす義理親子。
気のせいか、部屋の温度がちょっと下がったように感じる。
あ、義母上の隣のメイドさんめっちゃ寒そうに震えてるわ。これ比喩じゃなくて物理的にも下がってるな。
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メディアの紹介を済ませた後、屋敷の中を案内するように執事に指示を出して、ルキナとメディアだけを残した。
「いやぁよかったねぇ、メディア? ラインに感謝しなよー? もしも見捨てられてたらどうなってたか……分かるよね?」
「は、はい……」
「これからは心を入れ替えて、誠心誠意お仕えするのですよ」
「はいっ」
ルキナからの忠告に、目を見開いて腹から声を出し返事をするメディア。
もしもこれが演技なら大したもんだ。こんな立場じゃなけりゃ、女優としてもやっていけるかもね。
今のメディアはラインに危害を加えられない。
わざとラインに不利益になるような行動をとろうとすれば、全身に激痛が走って身動き一つとれなくなるし、無理に抵抗すればそのまま死ぬ。
そういう契約魔法をかけてあるから、万が一ラインを裏切ったとしてもその場で破滅する。
だから迂闊な行動はしないとは思うけれど、念には念を入れて釘を刺しておこうか。
「そうそう、もしも契約魔法が上手くはたらかなかったら……またラインは手を汚すことになるからね」
「ま、『また』とは……?」
「ラインが手にかける二人目の人間にならないことを祈っているよ、メディア」
「ひっ……!! は、はい!」
脅すようにそう言うと顔を青くし、震えながら頷いた。
……ホントに頼むよ? 君が生きようが死のうがどうでもいいけど、あの子に余計な傷を増やしたくないんだよこっちは。
さて、これからメディアをどう使うのか見ものだね、ライン。
ゼリアから『魔法の実験台がほしい』と聞いていたから彼女を用意したんだけど、どうするんだろうねぇ?
お読みいただきありがとうございます。




