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分水嶺


「本音を聞こうか。君はレオポルド公爵家の親兄弟たちをどう思っているのかな?」


「それは……」


「はぐらかしたり誤魔化したりはしないでね。もしも少しでも気持ちを偽っていると感じたら、この話はなかったことにさせてもらうよ」



 ……どうやら冗談半分の話じゃないようだ。

 優し気な雰囲気が一変し、笑顔のままなのにどこか威圧感すら感じさせる声色で俺に問いかけてくる。



「それで、どうなのかな?」


「ふむ……」



 正直に言うと、俺自身はレオポルドの連中に対して恨みがあるわけじゃない。

 腹立だしくはあるが、別に虐げられた当事者でもないし。

 ぶっちゃけ俺に体を貸してくれたガキを虐げていたことがムカつくからってことくらいしか理由がない。


 だがラインハルトは違う。

 今、子爵から『親兄弟たちをどう思っている』と問われた際に、心身を焼き焦がすような感情が腹の底から湧き上がってきたのを感じ取れた。

 俺がクソハゲ上司のことを思い出した時と同じような、憤りに満ちた仄暗い衝動。

 具体的に何かを言っているわけじゃないが、ラインハルトは……。




「クソですね。別に死んでほしいわけではありませんが、殺してやりたいくらい憎いです」


「わーお」




 多分、こう思っていることだろう。

 その返答を聞いてわずかに目を見開いたが、子爵は満足そうに口角を上げていた。



「歯に衣着せぬ物言いだねぇ、でも嫌いじゃないよ。ふふ、やっと本音を言ってくれたようだね」


「すみません、つい乱暴な言い方をしてしまいました」


「いいよ。むしろ取り繕わないで話してくれたほうが私は嬉しいなぁ」


「……死んでほしくはないのに殺してやりたいってトコにツッコんだら負けか?」



 横で店長がなんか言ってるけど、それくらい憎いんだよ。

 こういうのは理屈じゃなくて、感情をそのまんま表現したらこうなりますよってことであって深く考えたらダメだぞ。



「それほどまでに憎いのに、今のままじゃまず公爵家には太刀打ちできない。公爵家から追い出されて平民になった君は権力も財力も腕力も魔力も足りない。何もかもレオポルド家に対抗できやしないで困っている。そうだね?」


「はい。我ながら不甲斐ない限りですが」



 こうして言葉にされると忸怩たる思いはあるが、全て事実だ。

 公爵家と今の俺じゃ土俵が違い過ぎる。

 公爵家との接点を作るにはどうしても大きな力や実績が必要になってくるが……。



「そこでぇ、私が君を義理の息子として迎え入れれば、君は『子爵家の跡取り』という権力を手にすることができるってわけ」


「権力と家柄の両方を手にすれば身元の保証がされるようになる。そうすれば貴族として魔法学園へ入学し、姉と接触する機会を作ることもできるかもしれない、ということですか」


「そういうこと。そこから先は君自身がどうするかを考えなきゃいけないけれど、そのステージに立つ大きな助けになることはできる」


「……なぜ、そのような提案を? わざわざ平民を跡取りにするなど、こちらに利はあれど子爵様にはなんの益もないどころか……今後、実子が生誕された際の邪魔になるのでは?」


「大丈夫だよ。私、子供産めないから」


「……えっ?」



 子爵が言うには、生まれてこれまで一度も月経がきたことがないらしい。

 なんでも、自身の魔力が身体に何らかの悪影響を及ぼしているからだとかなんとか。


 子爵の魔法回路には欠陥があるらしく、感情が昂ると本人の意思とは関係なく勝手に魔法が暴走して冷気を発し、周りのものを凍結させてしまう。

 基本的に冷気そのものはさほど自身の体に影響はないらしいが、暴走する際に魔力が体内で悪さをするせいで正しく生殖機能がはたらかなくなっているらしい。

 月経のサイクルそのものがないので、古くなった胎盤が滞留したりしないのは不幸中の幸いと言えるだろうか。



「ホーント、この体質を何度呪ったか。私って子供と戯れている時が一番幸せでさぁ、もしも自分の子供が産まれたらどれほどの幸福だっただろうかって、今でも毎日思っているよ。コレが原因で私もお父様に……おっと話が逸れたね」


「はぁ……」


「そういうわけで、実子が産めない以上はマオルヴォル家を存続させるために、義理の子供を跡継ぎに立てる必要がある。それもなるべく優秀な子をね。そこで君だ」


「……ありがたい話ではありますが、なぜ私に白羽の矢を?」


「君がとてもかわいい オホンッ ……君の憎しみからくる復讐への執念と、それを可能にする知性に子爵領の主としての適性を見たからだよ。まだ魔法鑑定を終えたばかりの子供のものとは思えないほどの頭脳と気概。欲しがらないヤツなんかバカさアハハ」



 嘘だ。絶対見た目で選んだだろこの女。

 仮に知性うんぬんが本心だったとしても、子供の中にオッサンの頭脳が入ってりゃ頭良さそうに見えるのは当たり前だ。

 


「たまたま早熟なだけで、将来傑物になるとは限りませんよ?」


「なるさ。なってもらわなくちゃ、私も君も困る。どうする? 決して楽な道じゃないし、学ぶことや覚えることは嫌になるほど多い。ゼリアの下で平民として勉強を続けて魔法学園に入学することも不可能じゃないだろうけど、平民の立場で姉に報復をするのは難しいだろうね」



 それはそう。

 件の魔法学園で重視されるのは『魔法の実力』と『家柄の権力』だからな。


 表向きは『魔法さえ優秀なら平民であろうと公平に実力を評価する』と謳ってはいるが、貴賎の差なんてそうそう超えられるもんじゃない。

 両方を兼ね備えている姉に対抗するには最低でも貴族のステージに立たなきゃ勝負にならん。


 子爵の助けが無けりゃ最悪それでもいいんだが。別に姉を優先して報復する必要はないし。

 子爵は『学園で姉に接触(復讐)できる機会』について語っていたが、そりゃあくまでできればの話。

 学園内で報復できなくとも、いずれ準部が整ってからでもいい。


 だが報復する機会は早いのに越したことはない。鉄は熱いうちに打てとも言うし。

 なんだかんだで子爵の養子になるメリットはデカい。

 ……将来のため、お貴族様に相応しい英才教育云々を受けにゃならんのは面倒だが。




 さて、ラインハルト。ここがお前の人生における分水嶺となる。

 今ならまだ断ることができるが、どうする?




 平民として店長の下で復讐の機会を気長に、下手したら一生かかるほどのスパンで練り続けるか。 


 それとも子爵の案を採用して養子となり、早急に復讐を果たしてからマオルヴォル子爵の義理息子として生きていくのか。



 お前が決める気がねぇならオレが勝手に決めちまうぞ、さあどうする―――





 ……っ……!


 そうか。



 ……分かった。





「まあ、急にこんな話を持ってこられても困るのは分かるよ。あまり長くは待てないけれど、今すぐに決めろとは言わないさ。1か月ほど時間をあげるから、その間によく考えて―――」


「養子のお話、承らせていただきたく存じます」


「……へ?」



 話の締めに入ろうとしたところで、了承の返事を返した

 子爵とその隣の侍女も、傍にいる店長すら目を点にして面食らっている。



「ほ、ホントに……!? 本当にウチの子になってくれるの!?」


「っ……ライン、慌てる必要はねぇぞ。仮にコイツの養子になって復讐を果たせたとしよう。だがその後、お前は一生コイツの子として生きていくことになる。それを分かったうえで言ってんのか?」


「分かってるさ。もちろん復讐が済んだらトンズラこいてサヨウナラ、なんて不義理な真似はしねぇよ。ちゃんと約束は守るし子爵家の跡取りとして恥ずかしくないように努めると誓う」




 ……ラインハルトは、決して表に出てくる決意をしたわけじゃない。

 俺に向けて明確な言葉を紡いだわけでもない。


 だが俺の問いかけに対して、確かにラインの感情を、意思を感じとることができた。





『こんなドス黒い感情を抱えたまま、一生を過ごしたくなんかない』


『もう嫌だ』


『苦しいのは嫌だひもじいのは嫌だ寒いのは嫌だ寂しいのは嫌だ怖いのは嫌だ怯えるのは嫌だ痛いのは嫌だ誰も信じられないのは嫌だ』





『誰か』


 





『助けて』






 ……あえて言葉にするのなら、こんな感じかな。

 そりゃそうだ。あんなトラウマもんの日々を腹に抱えたまま生きていくなんかたまったもんじゃねぇ。


 早く解放されたいよな。

 堂々と胸張って前を向いて生きていきたいよな。




 なら迷うことはねぇ。

 一日でも早く奴らをぶちのめすために、最良の選択をするまでだ。






「ユーリタニア・マオルヴォル子爵様」




 子爵の前に跪き、芝居がかっているようにも見えるほど仰々しく声を張り、宣言した。




「公爵家()次男・ラインハルト・レオポルドは、この身を子爵家へ捧げることをここに誓います」


「ライン……」



 店長が『お前、マジか』と言いたげに俺を呼ぶが、一瞥もせずにただ床へと視線を向けた。



「……本気なんだね? もう、後戻りはできないよ」


「無論、覚悟の上です。故に子爵様……」



 頭は下げたまま、しかし視線を子爵へ向けて、言い放った。



「何卒、御力添えを賜りたく」


「……ふっ、くっくっく……」



 俺が懇願すると数秒ばかし沈黙が続いた。

 それを破ったのは、クスクスと嘲笑のようにも聞こえる微かに漏れた、子爵の笑い声だった。




「いいよ、いくらでも貸してあげる。富も権力もなにもかも可能な限り利用するといいさ。たーだーし、後出しでもう一つ条件があるんだけど、いいかな?」



 うわ、コイツ今更になって追加してきやがった!

 やり方がエグいわー怖いわー。



「……もう一つの条件とは、どのような?」


「『子爵様』じゃなくて、『母上』って呼んで。あ、『お母様』でもいいよー。で、できれば『ママ』と呼んでくれるとすっごく嬉しいんだけど……!!」



 ……。



「畏まりました、『義母上』」


「なんか距離を感じるんだけど!? もっと甘えてもいいんだよラインちゃん!」


「あとこちらも追加の要望としてちゃん付けは止めていただけますか? 呼び捨てでお願いします」


「きょ、距離を縮めようとしてくれてるってことでいいんだよね……? ウザいからやめろってことじゃないよね?」


「……………………………………………無論です」


「すっげぇ間があったな」




 ……色々な意味で前途多難だが、千里の道も一歩からというしできることから着々と進めていきましょうかね。

 こっからが本番だ。

 楽しみにしてろよラインハルト。



 お読みいただきありがとうございます。

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