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閑話 公爵家令嬢メリーナリスの追憶

 更新を再開いたします。

 なおストックがないため不定期更新になる模様。無計画。




 ラインが魔法鑑定を受けた後に倒れて3日目のこと。

 丸2日も寝たきりで姿を見せないものだから、お父様に様子を聞いてみた。



「お父様、ラインはまだ目を覚まさないの?」


「メリーナ、あの出来損ないはもういない」


「……え、いない?」


「アレは本日をもって公爵家から除名となった。公には病死したと表明しておくから、お前も口裏を合わせておくように」


「え、え……?」


「返事はどうした?」


「う、うん……」




 弟の除名を告げられたのは、今から3年ほど前。

 その時は私も思わず言葉を失うほどショックだったのをよく覚えている。





 私はレオポルド公爵家の長女に産まれた。

 剣に重きを置くレオポルド家では、剣に秀でた才を持つ男が優遇されるため、腕力に劣る女に生まれた私は父からさほど期待されていなかった。


 と言っても、別に無能だのひ弱な女だのと蔑まれたりしていたわけじゃないけれど。

 少なくとも家族の一員としては父からも認めてもらっていると自負している。

 ……私は、あの出来損ないとは違うんだ、って。



「この出来損ないが!! 剣も扱えず、レオポルド家の男が名乗れると思うな! 恥を知れっ!!」


「ごめん、なさい……」



 あの子がいたころは、毎日お父様の罵声が屋敷に響いていた。

 叱責を受けているのは、金髪青目で貧相な矮躯の幼い子供。


 ラインハルト。

 私の弟、レオポルド家の末弟。

 お父様いわく、家の恥、出来損ない、ゴミ、生まれてくるべきではなかった愚物。


 もしも私も男に生まれていてなんの才能もなかったらああなっていたのかな。



 違う。


 違う違う違う。


 

 ラインが忌み嫌われている理由はそんな理由じゃない。

 ラインは、アレは生まれるべきではなかった。生まれてきてはいけなかった。

 アレがいなければ、生まれてこなければ、あんなことにはっ……!















「また怒鳴られてたわね、かわいそ。まあ仕方ないわよねぇ、アンタはこの家の男のくせに、剣をまともに扱えないんだもの」


「……姉上」


「聞いたわよ、今日は道場で一つ年下の子にすら一方的にやられたんですってね。恥ずかしくないの? 公爵家とか男としてとか以前に人としてどうなの? なんのために生きてるの?」



 お父様に叱責されたラインへさらに追い打ちをかけるように嫌味を言ってやった。



「なによその顔は。文句があるならハッキリ言ったらどう?」


「……いいえ、姉上の、仰る通りです……」



 怒りもせず反抗するでもなく、面倒事を避けるかのようにすぐにどこかへ歩いていこうとする姿を見て、余計に苛立ちを覚えた。

 自分の表情が苦々しく歪んでいるのを感じつつ、腕を掴んで引き止めてやった。



「待ちなさい。まだ話は終わっていないわよ」


「……すみません、この後、メディアとの勉強があるので……」


「はぁ? アンタ、私の話よりも侍女との予定を優先するの? ……物事の序列ってやつが分かってないみたいのかしら?」


「……っ!? がっ……!?」



 手を振り払って逃げようとするラインを、魔法で地べたに這いつくばらせてやった。

 今、ラインの体には自重の倍ほどの『重み』が圧し掛かっている。

 床に倒れ込んだまま体を震わせて、身動き一つできない姿はまるで死にかけの芋虫のように見えた。



「あっ……あ゛……!」


「どうやらアンタには自分の立場ってやつを分からせてやらなきゃいけないようね。躾よ、しばらくそのまま無様に寝っ転がってなさい」


「う、ぁ、ぁっ……!!」

 


 口から泡を吹きながら、息苦しそうにしている弟の顔は酷く醜悪で滑稽だった。

 いい気味だ。もっと苦しめ。アンタにはその無様な格好がお似合いよ。

 ホント、こんなゴミに生きてる価値なんかあるのかしら。


 もういっそのことこのまま圧し潰して―――




「お嬢様!」


「っ!」



 低く渋い叫び声が、後ろから響いてきた。

 ……クラウスか、小うるさくて鬱陶しいジジイね。



「お嬢様、すぐに魔法を解除してください! このままでは坊ちゃまが……!」


「なに? アンタ、執事の分際で私のすることに口を出す気? 何様よ?」


「旦那様より坊ちゃまの命にかかわるような折檻は諫めるようにと命ぜられております! 万が一このまま坊ちゃまに何かあれば、叱責では済みませんぞ!」


「ちっ……分かったわよ」



 これ以上食い下がるのも面倒だし、魔法を解除してやった。



「ひゅぅ、ヒュゥ、ケホッ、ゲホッ……!!」


「坊ちゃま、落ち着いて息を整えてください……!」



 倒れたまま弱々しく咳き込むラインの姿は、まるでボロ雑巾のように見えた。

 クラウスに背中を摩られながら、汗と涙と鼻水でグチャグチャになっている顔は惨めで哀れで滑稽だ。

 それを見ていて少し溜飲が下がったけれど、こちらを見る青い瞳を眺めているとまた苛立ちが沸き上がってきそうだったから、さっさと立ち去ることにした。




 この日はこれくらいで許してやったけれど、こんなもんじゃ済まない。済ませてやらない。

 ラインは生まれてくるべきじゃなかった、存在することそのものが罪の出来損ない。

 追い詰めて追い詰めて追い詰めて追い詰めて、生きてることが嫌になるほどに追い詰め続けてやる。





「あーっ!? お父様ー!! ラインが食べ物を盗み食いしてるわよー!!」


「なにぃ!? 今、なんと言ったメリーナ!」


「あっ……これ、は……」



 ある日はラインの部屋にサンドイッチを置いといて、それにラインがとびついた時を見計らってお父様にチクってやった。

 毎日家畜のエサのようなものしか食べていないラインがその誘惑に耐えられるはずもなく、面白いほど思惑通りに罠に引っかかってくれた。



「貴様ぁ!! 公爵家の末弟ともあろうものが、よくもまあそんな盗人のような真似ができたものだなぁ!! 貴様はしばらく食事抜きだ! 深く反省しろ、この愚物めがぁ!!」


「ち、ちがっ……あぅっ!!」


「あはははは! ドロボーはとってもよくないことなのよぉ? これに懲りたら二度としちゃダメだからねぇ?」



 お父様に叱られたうえに殴られて、3日間も食事抜きにされていた。

 水しか与えられない状態でだったラインは、さらにやつれてガリガリになっていた。いい気味だ。


 ……でも、その痩せこけた顔が、誰かに被って見えるのが、酷く不快だった。





 ラインは毎日、剣術の道場に通わされていた。

 才能もないのに、ただただ門下生たちにボコボコにされに行くような、無意味で無駄な日課。

 道場から帰ってくるたびに痣だらけになって帰ってくるラインに、毎日侮蔑の言葉をぶつけてやった。



「もう諦めたら? アンタ向いてないのよ」


「……いえ、剣術を習うのは、義務ですので」


「違う違う。剣術じゃなくて、生きるのに向いてないって言ってるの」


「っ……」


「諦めても誰も気にしないし責めないわよ? もう誰もアンタをバカにしたりもしなくなるわ。どうしてそんなにみっともなく生き恥を晒してるの? ホント、バカみたいよ」


「………」



 毎日木剣で打ち据えられて、ゴミのような食事を与え続けられて日に日に萎びていくラインへ、追い打ちするように罵声を浴びせた。

 言い返すこともできずに俯いたまま自分の部屋へと戻っていくラインは、既に半分死んでいるようにも見えた。



 それでも生きることを諦めていないのは、魔法鑑定の儀が控えているからだろう。

 鑑定の結果、有用な魔法が使えることが分かればラインの扱いも少しは改善されることだろう。

 剣術の才能がなくとも、魔法の才能があれば認められるのは私自身がよく知っている。


 癪だけど、一労働力として今後扱っていくためには必要なことだ。

 せいぜいレオポルド家の奴隷としてこき使ってやるわ。




 そう思っていたのに、ラインには魔法の才能すらなかった。

 鑑定の結果は『自分自身を遅くする魔法』という、なんの役にも立たないゴミ魔法。

 指先から火を出すだけの魔法でもまだ火口としての役割を与えられただろうに。


 ………ああ、私は間違っていなかった。

 やっぱりラインは生まれてくるべきじゃなかったんだ。




 なら、私が直々に殺してやりたかったのに。




 勝手に生まれてきて勝手に消えて、どこまで人を不快にすれば気が済むのかしら。
















「お嬢様、そろそろ到着いたします」


「っ! ……分かったわ」



 ……少し夜更かししすぎたかしら。

 通学途中の馬車で居眠りなんて、気が緩んでる証拠だわ。

 馬車から降りたら、隙を見せないように気を引き締めていかないと。





 魔法学園の門を通り、同級生たちへ挨拶を交わしつつ朝礼の会場へと足を進めた。

 今日から新年度で、新入生たちが入ってくる。


 見込みのありそうなのを私の派閥へ取り込んでおかないと。

 私みたいな特待生クラスはそうそう入ってこないだろうけれど、毎年それなりの魔法を扱える者がいるし、よさそうなのを今のうちに見繕って―――



「ご存じですか? 今年、なんと特待生が一人いるそうですよ」


「……えっ」


「うそ!? メリーナリス様以来じゃないの!?」


「絶対こっちに引き入れないとね!」



 ……へぇ、それは是非仲よくなっておかないとねぇ。

 どこの家の子なのかしら。



「聞いた話じゃ、マオルヴォル子爵の令息だそうよ」


「マオルヴォル子爵って、たしかメリーナリス様の御家の隣の領地ですよね?」


「そうね。息子がいるなんて知らなかったけど、その子が特待生なのね」


「最近貴族御用達の魔道具とか売り出し始めてるところよね、特に冷凍魔具が貿易に……おっと、そろそろね」


「あ、新入生たちが入場してきますよ。一番前の、あの子がそうじゃないですか?」


「ええ、そうみた、い………っ……!!?」





 目を疑った。

 いるはずのない、そこにいていいはずのない顔が、先頭に立って新入生たちを率いていた。


 艶やかな長い金髪、サファイアのように澄んだ青い瞳、そして―――




「あ、こっち向きましたよ!」


「か、かわいい……! なんて素敵な笑顔なの!?」


「わざわざこっちに向かって手を振ってますよ! もしかしたらこちらにアピールしてるのかもっ……? メリーナリス様? どうかなさいましたか?」


「なん、で……」



 周りの同級生たちが何か喋っているけれど、頭に入ってこない。

 呆然としている私を置き去りにしながら新入生たちが入場していき、特待生に選ばれた金髪の新入生が壇上へ立ち、代表の挨拶を始めた。



「おはようございます。本日よりこの学園に入学する『ライン・マオルヴォル』と申します。入学したてで至らぬ点も多々ある未熟者の身ではありますが、頼りがいのある先輩方に導いて頂きつつこちらからも微力ながら助力できるように、御同輩の方々と時には助け合い時には競い合い、高め合うことができる関係を築き精進していくよう努めてまいりたいと思いますので―――」



 堂々と淀みなく、謙虚な物言いながら自信に満ちたスピーチ。

 確かに私の知っている顔なのに、私の知っているものとは違う名前、違う表情。



「何卒、()()()()お願い致します」


「っ……!!」



 私の知らない、見たことがない笑みを浮かべた青い瞳が、私を見つめていた。


 深海より深く愛しく憎く、鮮やかに青いその瞳で。

 お読みいただきありがとうございます。

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