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氷の女傑と魔女店長

 ※時は少し遡り、店長ことゼリアーヌ視点。

 魔道具を納品した日の子爵と店長の対談の内容となります。



「どうぞ、モール産の茶で恐れ入ります」


「気使い無用だよ。……サシで話したいって言ってるのになんでこのメイドは残ってんだよ」


「お茶汲みくらいは許してよー。それにルキナは私の側近だよ? 多少ヤバい話くらい大丈夫だって」


「はぁ……まあいいさ、好きにしな」


「恐縮です」



 茶の間に案内されるラインを見送り、ユーリタニアとの対談中。

 魔道具の説明ついでに、さっきラインを連れて行ったメイドに関する情報を話しておくために、あの二人には席を外させておいた。



「いやぁ、急な話でごめんねー。さっきのが新人のメイドでさぁ、ちょっと前に駆け込むように『ここで働かせてください』って泣きながら頭を下げてきたもんだから、ノリで採用しちゃったんだー」


「防犯意識薄すぎだろ。どっかのスパイだったりしたらどうすんだよ」


「んー、大丈夫だよ。『レオポルド公爵家を解雇されて行く当てがありません。どうか雇ってください。給仕の仕事には自信があります』って言うもんだから念のため裏を取ってみたけど、レオポルド公爵家から叩き出されてるのをウチの暗部が確認してたみたいだしねー」


「……他の領地の家まで監視してんのかよ」


「さすがに家の中の様子までは分からないけどね。けれど出入りする人間の様子くらいは分かるさ」


「ってことはラインの身元も知ってるのか?」


「そーゆーこと。いざ目の当たりにするまであんなに可愛いとは思わなかったよ。ちょっと痩せすぎだけど」



 怖い女だ。

 普段は優しげな笑顔を振りまいて、プライベートのやりとりだと飄々とした態度をとっているくせに、子爵としての一面が見えるとその恐ろしさが見え隠れしてくる。

 そもそも優しく軽いだけの女が子爵なんか務まるわけがない。目の前の女を見ているとそれがよく分かる。



「あの子、毎日剣術道場に連れ出されてはボコボコにされたり、姿を見せるたび日に日に痩せ細っていってたって話を聞くあたり、公爵家で虐待されていたみたいだね」


「ああ。公爵家じゃゴミ扱いされてたって本人も言っていたよ」


「可哀想だよねー」


「……ああ、そうそう。ちなみに公爵家にいる間、ラインの身の回りの世話をしていたのはさっきのメイドらしいぞ」


「わぁ! そうなんだ! そりゃ奇遇だねぇ!」



 アタシの言葉を聞いて、わざとらしく驚いたような反応を返してきた。

 声も表情もまるでサプライズを受けた小さな子供のようだが、部屋の空気が一気に冷え込んできているのが感じ取れる。



「あの子がどんな暮らしをしていたか興味があるなぁ。知ってるなら教えてくれる?」



 よし、ラインの話に食いついた。

 あとはラインから聞いたありのままの内容を伝えればいい。



「ラインが言うには、家族とともに食事をとることも許されずに、自分の部屋で毎日野菜クズしか入ってないスープと古びたパンばかり食わされていたらしい」


「ふーん?」


「ちなみにラインの炊事を担当していたのもさっきのメイドさ。ただでさえ少ない食費を横領して、ゴミみたいな食事を与えながら浮いた金を自分の懐に入れていたんだとか」


「へーぇ」


「さらには毎日座学の勉強中に少しでも言い淀むと、罵声を浴びせながら背中に鞭を叩き込んでいたそうだ。実際、アタシの店に来た時には背中にミミズ腫れがビッシリ刻まれていたね」



 会話している間にも、部屋の温度はどんどん冷めていく。

 比喩だけでなく、物理的にも。



「信じるか信じないかはアンタに任せるよ。ただ、アンタが雇ったあのメイドがそういう人間だって話は頭の片隅に入れておくんだね」


「んんーふふふ。話を鵜呑みにして信じるかどうかはともかく、忠告として受けとってはおくよ。……ルキナ、紅茶おかわり」


「は、はい……」



 目も合わせず差し出されたカップへ、傍で控えているメイドが震えながらポットから紅茶を注ごうとしている。

 部屋が寒いからってわけじゃなさそうだ。……そりゃ怯えるわな。



「ラインちゃん、随分細身だったよねぇ。長い間まともに食事を与えられていなかった子供特有の痩せ方だった」


「アレでも随分マシになったほうだ。まともな食事に加えてこの領地で養殖販売してるプロテワームを1か月の間毎日食わせ続けて、体質改善してきたからね」


「それでもあんなに痩せてたんだぁ、なーるほどねぇー」


「……ひっ……!?」



 紅茶を注いでいるメイドが、か細い悲鳴を上げた。

 注がれていた紅茶がカップの中へ入る前に凍り付いて、カップの中から上へ向かってツララが伸びていく。

 極端に寒い雪国だとそういった非現実的な現象が起こることもあるらしいが、それと同じようなことが目の前で起こっていた。



「落ち着きなユーリ、寒くてたまらん。そっちのメイドもビビっちまってるだろうが」


「おっと、ごめんねルキナ。悪いけど、紅茶を淹れ直してきてくれる?」


「か、畏まりました……!」



 給湯するためにいそいそと退室していくメイドを眺めながら、凍り付いた紅茶を齧ってガリガリと咀嚼し飲み込み、溜息を吐いている。

 コイツが氷を齧るのは喉を潤すためじゃない。

 昂る感情とそれに呼応して無意識に発動する魔法を鎮めるためのルーティーンだ。


 ユーリの子供好きは目の前に好みのガキが居たら愛でるだけで治まるようなもんじゃない。

 身寄りのない子供が飢えて泣く状況をなくすため、それだけのために実の父親すら蹴落として子爵へと這い上がり、あらゆる無駄な資金を省き領内の福祉状況の改善に踏み切るほどの行動力を持っている。

 この女は決して優しいだけの暗愚なんかじゃない。自分の目的のためならばえげつない手段をとることすら厭わない『氷の女傑』だ。



「あの新人ちゃん……メディアっていうんだけど、よく働く子だよ。それでも入ったばかりだからまだ現金を扱うような仕事はさせていなかったんだけど……」


「お使いでも任せたら、まず間違いなく釣り銭をネコババするだろうねぇ」


「ねぇゼリア、カチューシャにちょっと追加で―――」


「今回のカチューシャには、いつもの通信機能に加えて盗聴機能を搭載してある。さっきのメイドのブレスレット型魔道具へ音声を受信させて録音再生することも可能だ。詳しい使い方はこのメモに書いてある」


「……随分と用意がいいねぇ。まさか君もそこまで考えていたのかい?」


「いいや、この状況を予見していたのはラインさ。『もしも子爵家に入った新人メイドが公爵家をクビになったメディアだったなら、この機能を付けて面白いことができそうだ』ってね」


「うわぁお」



 そう言うと、目を見開いて声を上げた。

 今度は演技じゃなく、素で驚いているように見える。



「そこまで考えてるなんて、いい先読みしてるねぇ。それを無能とか言ってる公爵家バカ過ぎない?」


「同感だね。ただ、それにはアンタの協力が不可欠だ。やってくれるかい?」


「仮に証拠を掴んで追い詰めた後は、こっちで処分してしまえばいいのかな?」


「手を下すのは待て、追い詰めてこの屋敷から逃げ出すように仕向けてくれ。正門から出ようとしたところを、アイツ自身の手でやらせる」


「大丈夫なの?」


「アイツは上手くやるさ。体こそ貧弱だが、中身はもう立派な男だよ」


「ゼリアがそこまで言うなんてねぇ……」



 茶菓子を頬張り、愉快そうに笑っている。

 咀嚼し嚥下したところで、再び口を開いた。



「でもさぁ、仮にその計画を実行するにしてもあんな幼い子が手を汚すなんてよくないと思う。もしも勢い余ってメディアを死なせたらその時点でラインちゃんは人殺しになるんだよ? 分かってるの?」



 ……お前の言うとおりだよ、ユーリ。

 だが、ラインは既に……。



「もうアイツは童貞を捨ててる」


「……なんで?」


「3日前に馬車の定期便が賊に襲われたことくらいアンタも把握してるだろ。その時アタシを助けるためにアイツは……賊のボスを殺したんだ」



 今思い出しても腸が煮えくり返る思いだ。

 ラインを襲ったあのゴミも、あんな若い身空で手を汚したラインにも、……そしてなによりその要因となってしまった自分自身に。



 クソが。

 クソが、クソがっ……!!


 あの状況じゃ、遠距離から魔法を使うわけにはいかなかった。

 誤射の危険があったし、人質のラインが盾にされかねない。


 なぜ油断した、なぜアタシは賊の手下どもを全滅させた後にすぐ馬車へ戻らなかった!?

 あんなゴミ、最初から距離を詰めれていれば誰にも手を出させず殺せたはずだ!

 アタシのせいで、ラインは……!





「つまり既に一人殺したんだから、もう一人くらい殺しても変わらないだろって言いたいわけ?」



 ……あ?



「今なんつったテメェッ!! アイツに二度とそんなことさせるわけねぇだろうがぁ!!」


「おー怖い怖い。落ち着きなよゼリア、使用人たちがビックリしてるじゃないの」



 部屋の外で、侍女や執事が得物を構えて睨むようにこちらの様子をうかがっている。

 もしもここでユーリに指一本でも触れようものなら、即座に襲い掛かってくるだろう。

 ……落ち着け、ここでこいつとやり合うために来たわけじゃないだろうが。



「……すまん、つい頭に血がのぼった」


「んーん。今のはこっちの言い方も悪かったよ、ごめんねー」



 怒鳴られたのに、気を悪くする様子はない。

 それどころか、むしろどこか嬉しそうに微笑んでいる……?



「んふふ、人嫌いの君が随分と入れ込んでるみたいじゃないか。まるで母親みたいだよ?」


「アタシゃんなガラじゃねぇよ。……アイツは人を殺すってのがどれだけ深刻なことなのかよく理解してる。たとえ報復する相手であろうと、いたずらに命を奪いやしないさ」


「ならいいさ。それじゃあ段取りは組んでおくから、明日早速実行に移そうか。にしても、おかわり遅いなー。なにやってるんだろ? ……ん?」



 一通り話し終わったところで、給湯に出ていたメイドが戻ってきた。

 少し早足で焦っている様子だが、なにかあったのか?



「失礼します」


「遅かったね、どうしたの?」


「……申し訳ありません。その、先ほど茶の間に案内されたライン様が……」


「ラインが?」



 メイドが言うには、さっきのメディアとかいう新人メイドが淹れた紅茶をラインが誤ってカップごと落として割ってしまったらしい。

 今は体を洗ってから着替えさせて別室で休ませているそうだが、そこまで深刻な顔をするほどのことか?



「すまん、ウチの連れが世話をかけた」


「いえ、滅相もない。……すみません、少々お時間をいただいても?


「? どうかしたのか?」


「先ほど私が席を外す前のお話を踏まえて、お耳に入れておきたいことが……」


「んー? ……なにかあったのかな?」



 メイドが言うには、自分が駆けつけた時点で紅茶を服に被ってカップを拾い集めているラインと、傍で同じく新人メイドが破片を拾っていたらしい。

 その時の状況で、いくつか違和感を覚えた点があったんだとか。



「カップを拾い集めていたライン様は、泣いたりはされておりませんでしたが顔を青くして過剰なまでに怯えていらっしゃいました」


「怯えてた? 客先で粗相をしたことに?」


「かもしれませんが、まるで顔色を窺うかのように時折メディアのほうを向いて震えてらっしゃいました。……まるで、虐められていた相手を見るかのように」


「……なるほどねぇ」


「さらに、メディアはともに破片を拾ってこそいましたが明らかにライン様よりも数が少なく、そもそも客人が破片で怪我をすることを見越して止めないのは失礼どころか不自然です。無意識にライン様がそういう行動をするのは当たり前のことだと認識しているように思えました」


「分かった、もういい。……それを聞いて、さっきまで聞いてた話の信憑性がますます高まったよ」



 さっきまで抱いていたごくわずかな疑念が消えたのが目に見えて分かった。

 メディアを信じるべきか、アタシの話を信じるべきか、メイドからの報告を聞いたことで完全に後者を信じるべきだと理解したようだ。



「すまん、ラインの具合を見てやりたいから今日はもう帰らせてもらうぞ」


「いいよー。詳しい計画はまた連絡するから待っててねー。んふふ、にしてもやっぱり心配なんだねぇ」


「やかましい。……ラインのいる部屋は?」


「屋敷の休憩室です。1階にある赤い扉の部屋ですので、すぐに分かるかと」



 簡単に別れを済ませてから、ラインのいる部屋へ向かった。


 ……にしても、あの図太さが服着て歩いてるようなラインが怯えるなんて、いったいどんな扱いを受けてきたんだ?

 もしもトラウマを想起したことで、また公爵家にいた時のようにビクビクとした性格に戻ってしまったとしたら、アタシは……。






「あ、店長。オッスオッス」


「……」


「もう話は終わったのか? ならさっさと帰ろうぜ。……え、なにその訝しげな顔は」



 なんて心配をしながら休憩室に入ると、茶菓子を貪りながらヒジョーにリラックスした様子でイスにもたれかかっているラインの姿があった。

 おい。さっきまで顔面蒼白でビクビクしてたって話はなんだったんだよ。超余裕そうじゃねぇか。

 ……いや、あるいは空元気なのか?



「大丈夫だったか……?」


「ああ、着ていた服は台無しだけど代わりをもらったし。そっちこそちゃんと話はしたのか?」


「無論だよ」



 万が一雇われた新人メイドがライン専属のメイドだった時は、アタシの口からその時の状況を伝える手筈だった。

 可能性はそれほど高くないと言っていたが、まさかのビンゴだった。



「そうか。ところで、子爵の傍にいた侍女長さんは俺がカップを割った云々の話を報告したか?」


「ん、ああ。アンタが顔面蒼白でカップを拾い集めてたって言ってたから、様子を見にここへ……」


「子爵も一緒に聞いてくれていたか?」


「ああ、それがなにか……?」



 おい、ラインお前……。

 メイドがその時の様子を伝えるのを見越して、演技してたっていうのか?

 まるで虐められていた過去がフラッシュバックしたかのように、怯えたような振る舞いをしていたのか。



「ちょっと待て、まさか話の信憑性を上げるためにわざわざ一芝居打ったのかい?」


「さあね」



 ……末恐ろしい。なんて腹黒いガキだ。

 こんなのに敵視されちまったあのメイドと公爵家の連中に、わずかだが初めて憐れみを覚えた。


 お読みいただきありがとうございます。


 ちなみにカップを割った時に顔色が悪くなっていたのは、より迫真の演技を求めて意識的に始めて人殺しをした時のことを思い出していたからです。

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