果報は応え罰する
※今回も虐待着服クソメイドことメディア視点
「ひっ、ひいいぃぃぃぃいっ!!?」
ダメだ、旦那様に……この女にだけは捕まってはいけない!
恐怖のあまり意図せず甲高い悲鳴が出て、反射的に旦那様の手を振り払おうとした。
腕を思いきり振った直後、パキン、と陶器が割れるような、枯れ枝が折れるような、奇妙な音がした。
「……え……あ……え?」
痛みはなかった。
旦那様の腕を振り払い、確かに私は解放されたと思った。
さっきまで私の手を掴んでいた旦那様の手が、なにかを持っているのが見えた。
それは、腕。侍女に支給される給仕用の手袋を着けている、女の腕。
私の左腕を、旦那様が、千切り取って抱えていた。
「あ、あ、ああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁああっ!!!?」
左腕が千切れたのに、まるで痛みはなかった。
血も噴き出ていない。ただ、左腕の断面が凍り付いていて、まるで焼けた鉄板でも押し付けられているかのように熱い、熱い熱い! 熱い熱い熱い熱熱熱あついあついあつい!!
「私さぁ、子供が大好きなんだよねぇ。……体質上、自分じゃ産めないからなおさらね」
「ぐうぅぅうっ……!!」
「その分、目に届く範囲の子供たちには無償の愛を、溢れんばかりの愛情を注いであげたいと思ってるんだ」
千切った腕を優しく撫でながら、恍惚とした表情で語り続けている。
どう見てもまともじゃない、どう見ても正気じゃない……!! なんなんだ、この女は!?
「だからお腹が空いている子にはご飯をあげるし、泊まるところのない子には寝床を、着るもののない子にはとびっきり綺麗な服を、そして…………虐げた者たちへの憎しみに満ちている子には、復讐するために絶好の機会を与えようと思うんだ」
言っていることがなに一つ理解できない。
意味が、分からない……!
「つまりメディア、これからどうなるか、分かるよね?」
旦那様が、私の頬に手を伸ばしてきて、その手はまるで氷のように冷たくて―――
「う、う、うわぁぁああああっ!!!」
これだけは分かる。このままここに居れば間違いなく殺される!
貴族の屋敷の中じゃ、平民の私の死なんかいくらでも誤魔化しが利いてしまう!
逃げろ、逃げろ逃げろ!! これならまだ逃げて街の衛兵に自主して投獄されたほうが、生き延びられる可能性がある!
「ああぁぁああああっ!!」
あらん限りの全力で、隻腕になってしまった体で屋敷の外に向かって走り出した。
『屋敷の全員に伝えます!! 逃走するメディアを追い詰めなさい!!』
頭に付けていたカチューシャから、侍女長の声が響いた。
くそ、今のが通信機の機能か! これで屋敷の全員が私を捕まえようとしてくる!
カチューシャを外して投げ捨て、正門へ向かって脇目もふらずに走った。
「待て!」
「メディア、待ちなさい!」
捕まってたまるか! 捕まってたまるもんか!!
私は、こんなところで死んでたまるか!!
私以外の人間なんか全員クズだ!
たかが5000ゼニーチョロまかしたくらいでなにをそんなに必死になってる!?
お前たちなんかに殺されてたまるかぁ!!
「はぁ、はぁ、はぁっ……!! で、出口だ……!!」
ノロマな追手を振り切り、どうにか正門に近くまで辿り着いた。
誰か直前に客でも来ていたのか、幸いにも門は開いていた。
あそこから出てしまえば、助かる、生き延びられる!!
「あははははははははははははははははははっっ!!!」
希望が見えたからか、走りすぎて高揚しているのか、腹の底から笑いが湧き出てくる。
勝った、私は勝った! 逃げ延びたんだ!
これで、私は――――
「これでお前は終わりだ、クソメイド」
「――――― は……?」
そんな声が聞こえたのとほぼ同時に、右足に激痛と衝撃が走った。
「あっっぅぐぅううっ!!?」
走っている最中に、すごい速さでなにかが足に当たったようで、地面に倒れこんでしまった。
慌てて立とうとしたけれど、立てない。足に、力が入らない。
右足が、変な方向へ曲がっている。
皮膚の下が赤黒く染まって、折れていた。
「ありがとな、メディア。改心していないでくれて本当によかったよ」
「お、お前、は……!?」
私に歩み寄ってくる、小さな人影が見えた。
肩まで伸びた金髪に青い瞳、貧相な体に痩せ細った手足。
されどその顔は、嗜虐に満ちた笑みを浮かべていた。
「おかげでなんのためらいもなく、お前を地獄へ叩き落せるぜ」
「あ、あああああ!! お前!! お前の仕業かぁぁああ!!! お前がぁあぁあああ!!! お前のせいでぇぇぇぇぇええええっっ!!!!」
怒りを糧に、立ち上がった。
折れた右足の痛みさえもうどうでもいい!
殺す!! このガキだけは殺す!! 絶対に殺してやる!!
お前さえ、お前さえ最初からいなければ!!!
「う゛ぁぁぁぁああああぁぁぁあああ゛っっ!!!」
この足じゃもう逃げられない。
どう足掻いても、いずれ捕まって殺される。
でも、あのガキのところまで走るくらいなら耐えられる。
せめて、このゴミを、この無能な出来損ないのガキを道連れにしてやる!!
「死ねぇぇええぇぇえええぇえっっ!!!」
給仕用のナイフを握って、目の前のガキに突き刺そうと振りかぶった。
「おせぇよ、カス」
ガキが、なにかを投げたのが見えた。
いや……見えなかった。
手からなにが放たれたのか、速すぎて、まるで見えなかった。
「ぎゃぁぁぁあぁぁぁがぁあぁぁぁああっっ!!!!」
ガキがなにかを投げた素振りをしたと思ったら、気が付いたら後ろに吹っ飛んで転がっていた。
なにをぶつけられたのか、腹が痛い、体中が痛い、痛い、目が回る、なにも見えない、暗い、痛い……!!
「あ……ぅう~~……!!」
「お前がチョロまかした分の金で作った鎖分銅の味はどうだ? 今の痛みがそのままお前の罪の重みと思うんだな」
痛い、いたい、いたい、なんで、私が、なんで、なにをしたっていうの……!
いたい、いたいよぉ……!!
「ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい、あやまりますから、ゆるしてください、いたい、いたい、いたいぃ……!」
「知るか。とっ捕まるまでせいぜいそうやって謝り続けてろ」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「もっとも、今更謝っても誰もテメェを許しゃしねぇがな。ゴミが」
あやまった。
いっぱいいっぱいあやまったけど、だれもゆるしてくれなかった。
「……旦那様。メディア、確保致しました」
「ご苦労。それじゃあこっちに運んどいて。処理をするから」
だれも、たすけてくれなかった。
『なぜこんなことも分からないのですか!! この出来損ない!! クズ!! 穀潰し!!』
『ごめんなさい』
『私の評価に響くでしょうが!! さっさとこれくらい頭に入れなさいこのゴミ!!』
『ごめんなさい』
『たかが10歳相手程度の問題でしょうが!! それでも貴族の次男ですか!! 本当に覚えが悪い……!! あなたなんて生まれてくるべきじゃなかったんですよ!! この、疫病神がぁっ!!!』
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……』
まるで、かつて、わたしにムチでたたかれるたびに、あやまりつづけていた、あのガキの、よう、に……。
~~~~~
「……帰ろう、店長」
「おう。……なあ、ライン」
「ん」
「気分は、どうだ?」
「百万ドル、……もとい百万ゼニーの気分さ」
お読みいただきありがとうございます。




