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第三章(全四章)

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「さぁ、帰るわよ」


ゴム製のマスクを()いだ英子(えいこ)は相棒のユリに合図となる終業のセリフを吐いた。


「取り()えず上手くいったんじゃない?!」


ユリは幡野に依頼された台本どうり便利屋稼業をやってみせた自身達に安堵をしていた。シークレットなシチュエイションを現実化するサービス・・

水商売よりマシだから彼女達は始めていた。数年前、学生の頃、のっぺらぼうの女が巷で流行りだした頃、まさか自分達が、こんな仕事に手を染める人生になるとは夢にも思わなかった。


(あの頃は気軽く生きてたな・・)


英子とユリは女子学生という身分がいかに安易な立場か肌で感じていた。派遣社員でも、中々、就業し得えない御時世だからこそ故だ。


*****


「でも、いつまで、こんな事、続けなきゃならないのかな?」


英子はユリに呟いていた。


「本当はあの幡野ーーって客が、あの女達をお化け屋敷にでも誘えば済む事なのにね・・」


ユリも仕事を(もら)っておいて随分、他人行儀だ。


「それじゃぁ、女は来ないよ」


「けど、アタシだって唄で仕事・すべきなのに・・」


「そんなの()()だってマンガ家だよ、夢は」


生活費を得る為に余計な遠回りを何時(いつ)の間にか皆、正当化してゆく。


「取り()えず、今日も飲みには行かず、夢の為に、それぞれの余暇を更に励もう!」


そう云ってユリは荷物をまとめた。

オカッパのカツラ、白のセーラー服、丈が長めの灰色のスカート・・支店長に指示され、この衣装を身にまとっていた。着換える度に、人生に迷いが生じる。志の弱い女達は、いつしか心の寄り所を求め始めていた。


*****


「アタシーーって本当に報われない女だよね・・」


「そんな事、無いよ」


ユリはそう返答し、衣装を脱ぎ始めている。


「アタシ、本当、ダメなの」


「・・」


ユリは思わず英子を呼んだ。


「こっち向いて!」


「・・」


ユリは固まっている自身に、気づけていた。

英子は携帯電話で便利屋の支店長の携帯に、就業完了の留守TELを入れる寸前であった。これは義務化されていて、これがタイム・カードの役割も兼ねている。

一度、うっかり忘れた折、支店長が現場に駆け着け、英子とユリは着換え中の下着姿を、見られてしまった。

これからは忘れるなよーー支店長は怒りつつ、照れて、ふたりを叱咤した。一応、管理されてると感じた記憶となっている。


*****


(本物じゃん!)


英子とユリは目を合わせただけで何ひとつ、言葉に出来ない。


「一度でいいから、アタシを見て・・」


鳥肌がふたりの身体・全体に走りだしアゴが外れた訳ではないのに何も単語を発せ得ない。


「見てよ、御願い、一度でいいのに・・」


見たら終わりだーーそう感じた・ふたりは、今までのこの業務で得た大金を呪った。


(どうしよう?)


どうにも出来ない事だけは既に、ふたり共々、悟れてはいる。

英子の携帯は圏外表示が出て、掛けた記録は無効となっていた。


(バカ!)


何に対して怒っているのか判らない。

支店長か? 立ち退き荘の女か?

それとも自身達、女ふたりに、か?


(助けなんて来ない)


英子はそう覚悟し終えていた。


*****


「あァァッーー」


叫べたからかユリは、のっぺらぼうの女・目掛けてゴム製のマスクを投げつけ、逃亡し始めていた。


「キィぃっ」


その声は階段の方へと進んでゆき相棒の英子の事など、もう構う余裕すら無い。


「ぐゎぁァっ」


英子はその場で気を失っていた。

それを見取って、のっぺらぼうの女は、ゆっくりと階段の踊り場へと向かっている。

ユリの焼けた肌の上にキャミソールがまとわられていた。

少し人生、ヤケに感じるとつい、タバコに火を(とも)す癖は直らない。

今日の待ち時間も携帯用灰皿で幡野達を待ち伏せていた。ギャルっぽいのにレディースの趣。そんなユリが恋愛話を好む事を英子は、あざ笑っていた。しかし、それも今日が最後となりそうな展開だが・・


*****


ユリのマスクが気絶する英子のそばに残っている。

映画で見たスタント・マン用のアメリカ製の物をインター・ネットでツー・セット、取り寄せていた。


「これで、なんとか、いけるでしょう!」


後でCGで付け足すからか顔の細部は薄目に仕上げられている。

英子はユリに試着を促し相棒として、この依頼に引き込んでいた。

不幸の初まりか、刑の執行日か、ふたりは地獄への扉を叩き始めていたのかもしれない。

英子は乳房に下着を付けない程、バストは豊かでなかった。

墨汁の匂いが、そばに居ると立ち込めてくる。

髪質が固く茶色に染めたモッズ・ヘアをしていた。

一度、冗談でユリは英子にレズか尋ねた事がある。それに対し、好きなタイプは首の太いマッチョな男性だと返答していた。


*****


「かァぁン」


屋上へ抜けるであろう非常扉が風圧からか、急に閉まり、静けさ漂うレジデンス南の階段一帯に響き渡っていた。


「でぇェっ」


その響びきに押し負かされたのか、ユリは、階段をすべり落ち、延髄を強く打ちつけ、そこに倒れ、意識を失ってしまう。


「どうして逃げるの?」


そう話しかけ、のっぺらぼうの女はユリの顔面を静かに、ひとり覗き続けた。

行動派に見えるユリは実は独りになると、クヨクヨ、クドクド独り言を云う自身を認めている。一度だけ、ユリは英子と居酒屋で飲んだ事があった。


(コイツ、ガンで死ぬな・・)


英子はこの時、ユリの未来をそう予測してしまう(ほど)、彼女はネガティブであった。

しかし英子の予測は外れてしまうが芳しくない事だけは共通している。


*****


”物音がする時、それは本当に霊が其処(そこ)に居る時・・”


そのメッセージの書かれた掲示板より()がれ落ちたであろう貼紙を、のっぺらぼうの女はユリの倒れた身体の腹部にユリの両手と共に(そな)えていた。


ーー供養ーー


そんな応対に見えなくてもない。


「アタシを利用してはイケナイ・・」


のっぺらぼうの女はそう告げて、その建て屋から姿を消した。

ふた組のマスク・・

これで足が速いーーというシチュエイションは打破・出来た。

英子とユリはそう確信し、この依頼を了承している。

マスクがあれば双児でなくてもテレポーテーションは可能となる。

しかし現実は厳しかった。立ち退き荘の女は現に存在していたが為である。

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