希望が入った玩具箱
鈴木 大智こと俺はとある場所にいた。
その場所にはスーツを来たエリートそうな人たちが沢山集まっている。普通に考えれば、俺みたいな低学歴なやつが来るべきではない場所である。
彼らは静かに待っていた。一言も話すことなく、ただジット前を見つめて座っている。
よく躾けられた犬のように命令があるまで動かないのだろうかと思うえるくらい、微動だにしない。
大きな会場の空気は張り詰めており、息を吸うのもやっとであった。
俺がここにいる理由なんてものは省くが、どうやらここでやる仕事はかなりの大金が貰えるようなのだ。
だからそれ目当てで俺は参加している。しかし、ここにいる全員がそれ目当てなのかと思えるほど、周りの空気は自分とは違う、異質なものであった。
首をキョロキョロと動かすわけにも行かないので目だけ動かしているとゆっくりと扉が開く。
扉から出てきたのは白衣を身にまとった不思議な男性だった。大量に束ねられた紙を持っており、それを壇上の机の上へと雑に置く。
「あーあー…聞こえていますね。早速ではありますが説明を始めていきたいと思います。では、こちらの写真をどうぞ~」
そう言って大きなモニターに映し出されたのは一枚の写真だった。だが、その写真の内容があまりにも変な内容であったのだ。女性の生首とその断面図であった。
つまりは、死体が写った写真であった。普通であればいきなりそんな写真をモニターには映そうとは思わない。誰もが最初は困惑し、目を疑った。だが、その目に映るものが真実であると頭が理解した時、殆どの人間は下を向いた。
「うッ!?」
隣に座っていた男が手で口を抑える。
だが、それだけだ。中には半笑いでその写真を見ている者もいた。恐らく、偽物の写真であると疑っているのだろう。いや、この場合は違う。疑っているのではなく、それが嘘の写真だと信じているのだ。
そう信じることで理性を保とうとしているのだった。
「うんうん、まずはレベル1はクリアですね」
白衣を着た男は満足そうに言った。
言葉から察するに何かのテストなのだろうか。
男は横にいる職員に短い命令をして何人かの人を部屋の外へと連れて行く。察するに今の写真に耐えられなかった人なのだろう。
「では次の写真です」
写真はそれから数十秒に渡って変化していく。
女性の生首の死体から全身を細かくバラされた死体、全身を穴だらけにされている死体…他にもあったが共通して言えるのが全て死体の写真であった。
俺は…全てを見た。見ることが出来てしまった。別に死体に何も思わないことはない。だが、それが他人よりも抵抗がないのか、俺は全てに目を背けることはなく見た。
「これもいいですね。今年の新人は優秀かな?では最後は映像です。どうぞ~」
そう男は言うとビデオが映し出される。それには、あるスーツを着た女性の職員が映っていた。
赤毛でスタイルの良い女性の職員であったが、それよりも全員が注目したのは女性の奥にある何かであった。
それは一つの言葉では言い表せないものであった。
赤く…黒くて大きな手。
それが毛むくじゃらの棒状の物から無数に出ている。そして、何かを探すように手はあらゆる方向に手を伸ばすような動きをして蠢いていた。はっきり言えばそれは化け物であり、ひと目見て俺は感じた。
地球にいる生き物ではないと。
「………上官、私が何をしたというのですか!?私は優秀な人材であったはずです!」
映像の中にいる女性は天井に向かって叫んでいる。どうやら天井にあるカメラに向かって文句を言っているようだ。その表情は理不尽に対しての怒りであり、どこか何かに怯え、焦っているているようであった。
「上官、私はここで死んでいい人間ではないはずです!そんな屑肉は他にいる!なぜ私だ!?どうして私なのだ!嫌だ、嫌だ、嫌だ!私よりも死ぬべき奴らはいるはずです!人員の交換を要請いたします」
部屋の中で叫んでいると得体のしれないそれは、女性の存在に気がついたのだろう。
ゆっくりとだが、それは女性の方に動き出す。
「ひっ!…違う、私はお前の餌じゃない、私は違うんだ!やめろ、来るな!近づくんじゃない化け物!」
ゆっくりと動いていたそれは、少し近づくとピタリと動きを止めた。
何か来るのではないかと思った女性は身構えたが、数秒間睨み合い、何もないと緊張を解く。
「はは、化け物も意外と聞き分けが良いじゃな…い?」
しかし、それは悪手であった。
まるで女性が油断するのを待っていたように化け物は、今まで動いていた手を更に伸ばして女性の首を掴む。今まで伸びることがなかったその不気味な手はゴムのように伸び、女性の体を掴む。そして、複数の手が女性の体を掴むと一気に化け物の体の方へと引き寄せる。
女性の顔は先程の安心した顔から酷く歪んだ表情に変化していた。
「嫌ぁああああああああああ!死にたくない!離せ!化け物、離せぇええええええええええええ!」
女性の体は化け物の体の中へ引きずり込まれる。体の全てが見えなくなってから数秒後に化け物の体が伸び縮みを始めた。そして、その動きに合わせるように鈍い音が聞こえてくる。
バキッ!…ボキッ…パキパキ!…ボキッ!バキッ!…ボキッ…パキパキ……
化け物の体の下にはダラダラと赤い液体が滴り落ちてきていた。それが何であるのか予想することは難しくはない。どこまでも広がろうとするその赤い液体と終わらない咀嚼音で動画は終了した。
「はい、ありがとうございます。では、説明はこれにて終了しますね。おつかれさん」
そう言って白衣を身にまとった男は紙の束を持って扉の奥へと引っ込んでしまった。
すると困惑の声が少なからず上がる。それもそうだろう。いきなりあんな写真や映像を見せられては文句の一つもあると思う。それが正常な反応なのだろう。俺はまた、普通の反応をしそびれた。
「失礼します。只今より、番号をお呼びして個別に案内をさせていただきます」
黒いスーツを来た女性が壇上に立ってマイクでそう喋る。すると騒がしかった会場はいきなりシーンと静かになる。この会場に入る前に番号札を首から下げるように言われていたが…案内するためのものだったのか。因みに俺の番号は12番である。意外と早くこの会場に着いてしまい、若い番号を貰ってしまったのだ。
「では12番のかた~!」
お、呼ばれたみたいだ。俺は席を立って呼ばれた方へと進む。
「はい、12番の方ですね。では、こちらの扉の中に」
「わかりました」
番号が書かれたプレートを職員の人に渡し、俺は扉の中に入る。
長い廊下になっており、真っ直ぐに進む。廊下には換気扇以外何もなく、俺の歩く音だけが響く。
やがて、廊下が終わり、一つの部屋に繋がっていた。その部屋は先程の会場よりは狭いが高級感があった。上にはシャンデリアがぶら下がっており、壁には高そうな絵や調度品などが飾られており、どこかの高級ホテルかのような雰囲気である。テーブルには食事が並べられており、どれも美味しそうなものだらけである。そして、設けられている席の一つに見たことのある男がいた。
「おめでとう…いや、この場合はご愁傷さまかな?」
「うん?…あ、さっきの」
「そうそう、さっき写真を君たちに見せた張本人だよ」
笑顔で手を振りながら男はそう俺に言う。
そして、おめでとうではなく、ご愁傷さまとこの男は言った。どういうことだろうか。
「聞きたいことは沢山あるだろうけどまずは座ってくれる?君以外味も合格者はいるから」
「合格者?」
俺は近くの椅子に座りながらそう尋ねる。
「そう、君はこの会社で働くことを許可されたんだ。よかったね?お金が欲しかったんでしょ?」
「つまり、ここで働けるってことか」
「そうそう、そういうこと。詳しい話は皆が来てから話そうかね。適当にテーブルの物を食べててもいいよー」
「まじかよ、食べてもいいのか?」
「うん、いいよ」
男は不気味な笑顔で「どうぞ、どうぞ」と手を食べ物の方にやる。
俺は遠慮なく目の前に美しく盛り付けられている果物に手を伸ばそうとするが、スプーンがどこからか投げつけられる。手に当たったスプーンは床に落ち、俺はスプーンが投げられてきた方向に目を向ける。
「だ、誰だよ!危ないだろ?」
「なんだい?恩知らずな小僧だね。今、まさにあんたの命を救ってやったのに」
「恩知らずだ?」
いつの間にか席に座っていた婆さんが俺に向けてそんなことを言う。
ニヤニヤしながら俺のことを見ながらフォークを俺に向ける。
「ここにある食べ物、全て偽物だよ」
「偽物だぁ?こんな美味そうなのにか?」
「まぁ、簡単に言えば全て毒ってことさね。…はぁ、若い芽をこんなお遊びで潰すんじゃないよ」
「おやおや、あなたは別の管理者でしょうに。そちらの試験はどうなったんですか?」
「もう終わったんだよ。心配になって来てみればすぐこれだ。あんたも幸運だったねぇ、私が来なきゃ死んでたさね」
自分の目の前にあるフォークで果物を突くと何かが破裂したような音を出してドロドロに溶け出した。
ぷしゅぅーと煙を出しており、盛り付けている金属の皿を溶かしていた。
「まじかよ…ありがとな、婆さん。お前、なんのつもりだよ」
「案外素直だね。いいね、素直な子は長生きするよ」
「ちょっとしたお遊びさ。君が本気で食べるつもりなら止めてたよ」
悪びれた様子もなく男はそう俺に言う。
ムカつくが、怒鳴る気力はない。それよりも目の前に出されている美味しそうな食べ物を食えなくなったことに対するショックの方が大きかった。
「婆さん、いつかこの恩は返すからな!」
「ひっひっひ、期待しないで待っとくよ」
婆さんは席を立って、廊下から部屋を後にする。
すると直ぐにその廊下から活発そうな少女がやってきた。
「うわー、滅茶苦茶高そうな物が沢山ある!これ全部盗っていい?」
「元気だね~…君も合格だから席に座って待っててね。あと盗んだら駄目だよ、会社の物だから」
「はーい」
「癖がすごいな」
俺が少女の方を見ていると少女も俺の方を見てきた。目が合うのは気まずいのでサッと逸したが、少女はすぐ隣の席に座る。そして、俺のことをガン見してくる。少しだけ耐えていたが、たまらず俺は少女に声をかけた。
「何してるんだよ」
「え、何って……おじさん観察?」
「俺は奇妙な動物かなにかなのか?」
「冗談だよ!でもあの写真をずっとじっと見つめていたのはすごいと思ったけどね」
「別に良いだろ。あんまり抵抗なかったんだよ」
「へぇ~…そっか。ねぇねぇ、おじさんってどうしてこの会社に来たの?この会社って普通に生きてたら来れないんだけど?」
「じゃあ普通に生きてなかったんだな。俺もお前も同じってことだ」
「え~?私は違うよ。だって、おじさんは人を殺したことなんてないでしょ?」
少女の目は何かを物語っていた。何をしたら、何を体験したらそこまで人の目が黒く淀むのかわからない。だが、少女の目は確かにその言葉を裏付ける力が宿っていた。
「…そうだな。俺とお前は違う。だが、終着点は同じだ」
「?」
「地獄ってことだよ」
「はは、おじさんって面白いね」
「だろ?」
この少女も俺と同じなのだ。何かを背負ってここにいる。
それが何なのかは知らないし、知らなくてもいいだろう。俺も聞かれても答えるつもりはないしな。
続き……知りたい?