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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アンゲルス

アンゲルス2

作者: 天空 宮

 ――アンゲルス。

 この世に創造された科学の結晶の一つで、人語及び人の感情を理解できる人造人間。

 彼らが造られたのは戦争の道具とする為である。危地きちに赴くのは人間ではなく機械であるべきだという思想の延長線上で生まれ、現在では介護や救急隊代わりとしても利用されている。

 彼らが兵器であるのは今でも変わらず残る現実だ。アンゲルスという存在は、各国の軍事力の象徴となっている。

 戦闘型アンゲルスはあらゆる特徴を持ち、それぞれが特化した能力を持ち合わせている。その所以ゆえんとなるのが【天技スキル】だ。

 天技は、魔法めいた力を科学によって現実化されたもので、既にある兵器をまるで子供の玩具おもちゃのようにあしらうことも可能である。

 その天技をアンゲルスの意志だけで放つのは危険であり、発動には契約者である人間の許可もしくは命令が必要である。それほど天技は人間にとっても有害であると判断され、契約者は民間人ではなりえない。

 そんなアンゲルスにとある噂があった。

 誰も見たことは無いが、過去にたった一度だけ起きた事象。

 ――天使化エンジェル・バースト

 アンゲルスとその契約者の間に何者にも負けぬ強固な絆が芽生えた時、それは起きる。

 アンゲルスが人とアンゲルスの定義を打ち破り、常識も限界も無い、人間では到底触れることの許されない禁断の状態である。

 これはただの噂であり、信じる者はいない――。

 


◇◇◇



「ただいま……」


 物憂ものうげに自分のアパートに帰ってきた青年。肩を下げ動作が逐一ちくいち重々しく、筋肉痛を引き起こしているようで硬い。

 彼は、柴崎縁しばさきえん

 アンゲルス養成学校でアンゲルスと契約している者の一人だ。

 黒縁の眼鏡を掛けた特別言い及ぶことのない普通の青年。

 アンゲルス養成学校管理科の象徴たる白い制服に身を包みながらも、その着方はダラしないものでネクタイが緩められ、第一ボタンも外れていた。

 顔色には疲れが生じているが、それは今迄いままで彼が遠征に出ていたからである。

 アンゲルス養成学校の管理科に在籍していたとしても、軍人たるもの日々肉体を鍛えなくてはならないと偶に山や海に遠征に駆り出される。

 今回も縁は軟弱な身体を痛めつけられて疲弊ひへいしていた。

 家に帰ると既に電気が点いており、誰かのいる気配がある。


(一堂さん、かな……?

 偶に近況報告と評していつの間にか家に上がってるから、今日もそんなところか。なにも遠征帰りの時に来ることないのにな、もう……)


 憂鬱ゆううつながらにそう思いながらも、挨拶はすべきと一堂を探してとぼとぼと歩き始める。

 『一堂』というのは、軍においての縁の上司にあたり、更には彼をアンゲルス養成学校に推薦すいせんした一人である。

 風呂の方でドライヤー音が聞こえ、そこにいるだろうと迷わず足を進めた。


「一堂さんお疲れ様で――」


 脱衣所の扉を開け、開口一番挨拶を投げかけようとした。

 しかし、縁の目に入ってきたのは予想していた男性ではなかった。それとは真逆の彼を唖然あぜんとさせるとんだサプライズである。


「え――」


 脱衣所で髪を乾かしていたのは、まだ濡れた赤紫色の長い髪にドライヤーの風を吹きかける少女。白く透き通った肌や局部がまさしく玲瓏れいろうというに相応しいものだった。

 熟れてほどよく火照った肢体したいがそこにあり、縁は驚きのあまり体が硬直してしまう。

 肩に白いタオルを掛け、そのタオルで自身の髪を拭いているが、それ以外まるで隠すものが皆無かいむであった。

 豊満な胸を揺らしながら振り返る彼女は縁と目が合った瞬間に全身を一気に赤らめた。

 目を大きく見開いたかと思うと、少女は咄嗟とっさに手に持っていたドライヤーを縁に投げつける。


「あ、あんた……なにして――っ――ばぁか縁!!」

「わわ! 待って待って!」


 縁は、命の危険を感じて直ぐに扉を閉めて難を逃れた。だが、追撃とばかりに罵声ばせいが飛んでくる。


「ごめん、覗くつもりじゃなか――」

「縁くんの変態! 鬼畜! 覗き魔! 痴漢! アホ! バカ! 眼鏡バカ!」

「ごめん、ホントごめん!!」

(ってあれ? なんで叶が僕の家にいるんだ!? 叶はアンゲルスが住まう学校裏の宿舎にいるはずなのに……)


 妃叶きさきかなう――縁と契約しているアンゲルスである。

 プリンセス・クローバー・イザベラの花名を持つ戦闘型アンゲルスの中でも特別性能良しと判断されたアンゲルスだ。

 いつもはツインテールが彼女のトレードマークとなっているが、今はお風呂の後なので髪は下ろしているようだ。

 アンゲルスには度々性能判断のテストがあり、S~Eの中でもイザベラはBランクと断定された。

 上位ランクはSとAだけである。だが自分がその上位ランクになれなかった為、腹いせのように同世代の上位ランクであるダリア・ハーレクインと性能試験で戦ったが、惜しい所で敗北してしまった。

 しかし、二人はまだ上位ランクに食い込むことを諦めておらず、手探り状態で策を講じている毎日を過ごしている。



 数十分後、叶が夕食の席に出てきた。

 普段の制服姿ではなく、猫柄のシャツとピンクの短パンというラフで露出度の高い恰好かっこうだ。

 縁も彼女の姿を見て少しばかり戸惑ったが、しかし、彼は既に決めていたことのように目の前で土下座をした。


「本当にすみませんでした!!」


 臆する事もなく土下座という屈辱的くつじょくてきな行為をする彼に叶は引いていた。

 先程の疲れ切った恰好ではなく、ネクタイもしっかりと絞めた正装を身に纏い粛々(しゅくしゅく)と頭を下げている。

 そんな極端な行動に叶はいきどおりはあれど溜息をつく。


「人が扉を閉めている時はせめてノックをして返事を貰ってから開けるようにしなさい」

「面目次第もございません……」

「もういいから、早く頭をあげてよ! これじゃああたしが悪いみたいじゃない……」

「じゃ、じゃあ……許してくれますか……?」


 縁の今にも捨てられそうな子犬のような眼差しに叶は「仕方ないか」と許諾きょだくするに至った。


 その後二人は夕食を共にすることにした。

 縁が返ってくる前までに叶が作っていたらしく、ご機嫌取りが難しいと判断した縁はその料理を褒め称えることに心血しんけつを注ごうとしていた。

 しかし――

 アンゲルスは人間の味覚を完全には再現できていない、と一部では揶揄やゆされているが、叶もその部類なのかもしれない。

 汁物でややドロドロとした感じはおそらくカレーを作ろうとしたのだろう、ということは縁にもわかった。

 ただ、カレーのようなもの、という感想以外見た目からは判断がつかない。


(どれだけ煮込めばよそられた後もぐつぐつ言うんだろう……)


 皿は特別加熱式という訳ではないというのに、そのカレーはまだ煮込み中のように泡を吹いていた。

 その泡を吹かせる穴が集まり、人間の顔のように見えた。まるで悪魔の料理を彷彿ほうふつとさせる紫色のカレーに縁は内心で「今日死ぬかもしれない」と命の危険を感じていた。


(いいや落ち着け……これはシミュラクラ現象と言って穴が三つ近くにあると人間の顔のように見えるというアレだ。これは食べられる、はず……。

 アンゲルスが料理をするという動画をネットで見たことがある。偶に人間が食べられたものではないというものもあるが、それを食べた人間が死んだという話なんて聞いたことがない。

 大丈夫、これは食べられる。食べられるれっきとした食べ物なんだ。これはカレー、紫色をしたちょっと変わったカレーなんだ……!)


 ゴクリと唾を飲み込み、叶の顔を見た。

 すると、叶は怖い目で睨み付けており、心の声が漏れたのかと錯覚させられる。


(は、早く食べないと……食べなくても死ぬ……!!)


 意を決した縁は、カレーライスをスプーン一杯に口の中に押し込んだ。


「ぐっ……」

(…………あれ? なんか……特に思ったよりも来ない。辛さとか苦さとかが強いものだと思っていたのに、どちらかというと僕は好きな方な気がする。

 カレーは甘口派で子供が食べるようなカレーが好きなんだけど、これはどちらかというとそっちに近い感じだ。とろみがあって、匂いもすっきりしている)

「う、美味い……!!?」

「お、お世辞せじは要らないんだけど」


 縁の直接的な言葉に照れていた。目を背けながらも腕を組み、おごそかをよそおって吐き捨てる。


「い、いや、本当に美味しいんだって! 最初は確かに死ぬかもとは思ったけど、僕の好きな味だよ! たぶん他の人なら甘ったるいとか言うかもしれないけどさ、僕が求めてるカレーの代表的な味というか……今まで食べた中で一番かもしれないと思うほど美味しいよコレ!!」


 縁としては凄く褒め口説いたつもりだったが、叶はどっちつかずの面相めんそうである。

 褒められたことに対しては照れていたが、『死ぬかも』という言葉には納得がいかずにへそを曲げていた。


「死ぬかも……ね?」

「へあ! あ、いや……違くてですね……見た目と違って美味しいと言いますか!」

「まったくフォローになっていないんだけど?」

(叶の目が怖い!?)

「ご、ごめんなさい! で、ですがですね、これは本当に美味しいので全部美味しく頂きます!!」


 縁は叶に怒る間を与えぬようにカレーを頬張った。









「それで、なんで叶がここに居るんだ?」


 食事も終わり、お茶も飲んでなごんだところで縁が終始抱いていた疑問を投げかける。

 これまでご機嫌取りに奔走ほんそうきたい事も訊けなかったが、ようやく叶の表情も柔らかくなったので口に出した。

 基本的に叶を含め、アンゲルスは皆学校裏にある宿舎で食事などの管理も含めてそれぞれの仮親かりおやに世話される。

 仮親というのは、家族愛を知る為のアンゲルス育成計画のプロセスの一つである。親の愛情を学ぶ為、半分侍女じじょのような形で同性の人間が付いており、毎日のスケジュールを仮親に報告したりなどマネジメントとしてもお役立ちだ。

 契約者ならば偶に仮親と対面し、状況報告のような事をする場合があるが――今回のように契約したアンゲルスを管理科の生徒の家に招くという行事はしらされていない。

 疑問に思って当然であり、このような事が許されるのか縁は気が気でなかった。

 すると、叶は一枚の透明な板をテーブルの上に出した。

 これは連絡用ディスプレイであり、テレビ電話や紙面代わりとしても利用できるものだ。

 世間一般で使用されているもので特に驚くことはない媒体だが、叶がそれを持ってきたということに違和感を感じた。

 これまで叶が縁に報告がある際は、口頭が当たり前であった。それは叶が面倒な連絡機器を使いこなせないが故であり、縁もそれを理解して連絡には携帯ではなくAMDを使うようにしていた。

 ディスプレイにはどこか綺麗な施設が表示され、更には何かのイベントの日程が記されていた。


「これ日程が明日になってる。えっと九時から十六時で遠足!? 場所は――国立機械科学人間研究所……。

 え、なにこれ……? 叶、明日遠足に行くのかい?」

「アンタも行くのよ。明日一緒に行くから、今日は契約済みのアンゲルスは契約者の家で泊ることになったの!」

「ええ!!? 聞いてないよ……遠征から帰ってきた直ぐ後に遠足に行かなくちゃならないなんて!?」

「そういうことね」


 縁は嫌そうに吃驚きっきょうする。疲労困憊ひろうこんぱいという体に遠足という寝耳に水な行事が乗っかったので気だるさがつのっていた。

 それでも、遠征の後だろうが学校行事の進行の弊害にはなりえない。どこかの鬼教官が考えそうな事、と理解するしかないのだ。


「まあ、それは仕方ないとして……なんで明日一緒に行くからって叶達アンゲルスが契約者の家に泊まらなくちゃならないんだ……?」

「契約したパートナー同士がどれだけ迅速に集合場所に来れるかテストしたいんだそうよ。まだ先の話だけど、なんでも配属が決まれば同じ場所から共に出動なんて日常茶飯事だそうだから、その予行演習ということみたい。

 これで何がわかるかなんて知らないけど、まあいつも通りしていれば大丈夫なんじゃない? むしろあたしと一緒なんだから感謝して欲しいくらいだわ!」

「なんでだよ……。

 いや、ていうか、伊賀くんとかパートナーが同性ならまだ分かるけど、僕と叶は異性なんだからこういう事はつつしむべきじゃないかと僕は思うんですがね!」

「どうせあたし達を人間であるあんた達が異性として意識しないとでも思ってんじゃない? 一応見た目は契約者と歳が離れているんだし、法律上アンゲルスと人間が結婚することはまだ許されていないんだし。

 ていうか、まさかあんた……あたしに何かしようってんじゃないでしょうね!?」

「ままま、まさか! そんな事するわけないだろ!!」

「どうだか……実際さっきがっつり覗かれたし……」


 叶は怪訝そうに睨み、両腕を庇うように掴む。更には警戒して縁から距離を取った。


「だからそれは叶が僕の家にいるだなんて思わなくて!」

「どうだか。あたし知ってるのよ、人間の男性は時に獣となって女人にょにんを襲うことがあるって。あんたも……そうなんじゃない、でしょうね!?」

「そんなわけないだろ!」

「まあ、あんたにそんな勇気がないことくらいは知ってるけど。けど、時々胸とか見ようとするのはやめて欲しいかも」

(「してないよ! ていうか、そんな事言うならそういう格好をするのはやめてくれませんかね!!」って言えればどんなにいいか……)

「す、するわけな、ないじゃない、ないかそんな事……」


 声が小さいし何言ってるのかわからない。

 そう思うも、指摘しないのは叶なりの優しさだった。

 縁が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら否定するので逆に怪しくなってしまったのである。


「そ、そんな事よりも、明日遠足なら今日は早く寝よう! 僕ももう疲れたし、叶もできるだけ早く寝ること!」

(じゃないと色々気を遣って叶との距離感がわからなくなりそうだ……)

「え、寝込みを襲うつもり!?」

「なんで全部そっち路線に解釈かいしゃくするんだキミは!!?

 ……僕は遠征で疲れ切っているんだ。叶が家にいたのにはびっくりさせられたけど、これ以上僕の疲労を重ねないでくれないか!」

「あ……ごめん……」

「あ、いや……別に怒ったつもりじゃないんだけど……」


 縁が憂鬱な愚痴ぐちを吐き出すと、叶は急に申し訳なさに謝罪した。

 彼が疲れているのは目で見ただけで判っていたが、このような珍しい一時に叶も舞い上がっていたのだ。

 その事に気付き、突然罪悪感(ざいあくかん)を感じたのである。

 しかしそれは縁にとって不本意な謝罪であり、二人の間に壁を作ってしまっていた。


(まあいいか。最近はあまり叶に注意することがなくなっていたし、偶には謝って貰うくらいが丁度いいのかもしれない。

 伊賀くんも契約者マスターなりの威厳いげんをアンゲルスに見せつけるのは、偶には良いと言っていたし……)

「あたし、どこに寝ればいい?」

「あ、ああ……ベッドが隣の部屋にあるからそこを使って。あ、いや……でもちょっと待ってて、片付けるから」

「え、うん……」


 微妙な空気感をそのままに縁は隣の部屋へと行ってしまった。









 部屋の電気を消し、縁はリビングのソファで横になる。

 隣の部屋は叶に貸し、縁は適当に横になれればいいと二人用のソファで横になった。

 肘掛が倒れるようになっているが、膝より先は余って下に垂れ下がっている。それも一日だけならば問題ないだろうと許容きょようした。

 寝難ねにくさはあっても、やはり叶の近くで寝るというのははばかられた。

 叶に自分がソファで寝ると一度言い合いめいた説得があったが、それも丸め込むことに成功した。先程のすれ違いが続いたこともあって、叶は縁に逆らえないかのように身を引いた形だった。

 そのせいか溝は更に深まったように思える。

 縁は、叶と壁を作ったことに幾分か後悔していた。

 これまで一度も一方的に叱責しっせきした経験はなく、居たたまれないのが現状である。


(――叶、落ち込んでたな。迷惑だったって悔いているように見えた。

 でも、偶にはいい……はず。アンゲルスとの繋がりは、なにも良好的なだけがいいとは限らない。それは僕も同じ意見だ。

 人同士だって素で話せるくらいが本当に信頼し合える関係になれるもの。アンゲルスとだってきっとそれは変わらないはずだ。だって僕と叶は――…………人間同士じゃないんだよな……)


 悩んで眠れない中、隣の部屋の扉が開く音がした。

 静かに開閉する配慮はいりょは見られたが、まったく気付けない程ではない。それほど建付けが良いわけでもなく、足音でさえ露出した床と足の接着音が無音なこの場では際立った。

 自分の方に近づいてくる足音に縁は気付かないフリをし、また寝ているフリをしようとする。

 しかし――


「ねえ……縁、くん……」


 まるで起きているのを知っているかのように肩を叩かれた。

 おそらく呼吸音で縁が起きていることを悟ったのだろう。更には、叶が来ていると分かっても寝たフリをしようとしている事も知っている。

 それゆえに叶は縁はまだ怒っていると思った。

 迷惑であるかもしれない。そんな不安を押し殺しながらも彼女は、縁とのわだかまりを拒絶したかった。

 縁は、逃げることをやめる。叶へと振り返り、眠そうな瞼を開いた。そして、寝たフリをしていたのがバレぬようにと重々しく返事する。


「ん?」

「まだ怒ってる……?」

「……怒ってないさ」

「うそ、怒ってるじゃない!」

「怒ってないって……明日は早いんだ。叶も今の内に休んで――」


 また適当にあしらおうとした。

 今日はそれで突き通すと決めていたが、叶はそんな決め事は知らずに縁の壁を突き抜こうと足を踏み入れた。

 寝ている相手に躍起やっきになって反論したかと思えば、縁の体を引っ張った。

 力強く腕を引っ張られ、縁は床に落ちる。

 腰から落ちた縁は痛む声をあげるが、叶はその腕をそのまま引っ張り続けた。


「な、なにすんだ叶! おい、聞いてるのか!」

「……!」


 叶はもう一言も喋らず、縁の腕を引いている。

 叶が自棄やけになったのだと解釈すると、縁は立ち上がって腕を引く叶の左腕を掴んで足を止めさせた。


「おいってば!」

「……」

(そんなに嫌だったのか……?

 でも、そうだよな。アンゲルスであっても、こういう人間関係の嫌な雰囲気は経験が浅いはずだ。たとえ知っていたとしても、自分が同じ立場になるのは初めてなはず……。だったら尚の事、ちゃんと教えてあげなくちゃいけないはずだ)

「どうしたんだよ、ちゃんと口で説明してくれよ」


 叶は黙ったままだった。

 ただ焦ってどうしようもないような顔をしているのはわかった。暗くて見えにくくても食いしばった口元がそれを物語っていた。


「……あたしはアンゲルスだから……」

「え?」

「いつでも替えの利く機械だから、だから――……あんたがあたしを見捨てても、あんたは他のアンゲルスを見つければいいもんね」

「な、なに言ってんだよ。僕がそんな事するわけ――」

「だけどね、あたしは……あたしにはあんたしかいないから。あたしはどうしてでもあんたを繋ぎ留めなくちゃいけないの……その為ならどんな事だってするわ!

 嫌なの、顔を背けられて心が離れていくのが! 耐えられない……」

(僕は、ここまで叶を追い詰めていたのか……!?)

「い、意地悪が過ぎたね。少しは大人になって欲しくて変な空気作っちゃったけど、僕は別に何も怒っちゃいないんだ。ごめん……」


 苦笑しながら誤解を解こうと早口で説明する。

 「あはは……」と誤魔化しを図ったが、丁度雲が消えてカーテンの隙間から入ってきた月光によりそれが無意味であることを思い知らされる。

 叶は、目に涙を溢れさせてとても不安な表情を浮かべていた。

 雫が頬を伝い、唇は凍えるように震え、あどけない子供のようにはかない。

 彼女のかなしみに暮れたその顔を見てやっと思い出す。

 ――アンゲルスは、人間以上に繊細せんさいな生き物である。

 それがアンゲルス養成学校に入学して直ぐに学ぶ基本事項だ。


「ご、ごめん!」


 咄嗟に謝罪の言葉が先行する。がしかし、とてつもない不安が全身を包み込んでいくのはどうしようもなかった。

 理由はどうであれ、経緯がどうであれ、自分が女性を泣かせたことに言い知れぬ罪悪感と嫌悪感が冷たく震え上がらせた。

 すると、叶が怒ったことに気付く。眉間に皴を寄せ、下唇を噛み締めていた。

 次の瞬間、胸倉むなぐらを掴まれ、軽々と縁の体はベッドの上に投げ飛ばされた。


 背中を壁に打つが、痛がる様子を見せることすら罪のような気がして耐え忍ぶ。体を起こすこともいけないような気がして、顔だけを叶の方に向けた。

 髪を下ろしているからだろうか、いつもと違う雰囲気が余計彼女をいつもより恐ろしく思わせる。

 ベッドの前に立つ叶は暫く縁を上から見下ろしていた。無表情で、冷たい目を向けられる。


「か、叶…………」


 弁明の余地はないように思えた。

 いつものような直接的な怒りとは違って、心にぐさぐさと棘を刺してくる感触があった。

 いつまでこうして固まっていればいいのだろう。いつまでこうしていれば許してくれるだろう。

 そんな事を思ったのも束の間、叶は見下ろすことをやめベッドに膝を落とした。

 固まる縁との距離を縮めてすかさず頬を叩く。


 ――パァン!


 音がなって縁は再び柔らかい布団に倒れた。

 頬がじんじんと痛み始めるが、むしろその痛みが嬉しかった。

 何も罰が無い方が怖かったのだ。ゆえに、どこか胸のすく思いがあった。


「バカ」


 短い罵倒に安堵の息を吐く。

 すると、むっと叶が顔を強張らせる。


「か、叶、本当に――」


 体を起こして誠心誠意謝るつもりだったが、叶が身体を起こすことを許さなかった。

 言葉を遮るように肩をベッドに押し付け、そのままでいろ、と命令されているようだった。


「叶?」


 疑問に思うと、叶は背中を向けて横になる。

 更にはその小さな体で縁の方へとにじり寄った。


「叶……さん?」

「あたしをだました……不安にさせたばつ。今日は一緒に寝なさい」

「……ほ、本気?」

「本当に謝るつもりがあるなら――」


 そう言って叶は抵抗しない、もしくはすることができない縁の左腕を引っ張り、自分の前に持って行く。そして、逃げないよう手を固く握られた。


「……少しくらい誠意を見せなさいよ、バカ」


 縁は、緊張して返事ができなかった。

 叶の背中が自分の胸に触れる度、後ろの壁に近づこうとするが、その度に叶は腕を引っ張って遠ざからないようにした。


(な、なにを考えているんだ叶は!?

 僕が悪かったのは認めるけど、こんなのは管理局が認めるはずもなくて……もしかして僕、退学にさせられたりしないか!?)


 叶の体温がその手から伝わり、自分の手汗を心配する始末。しかし、先程の冷たい感覚はどこかに消え去ったのもまた確か。今はむしろ体が熱くなっているのを感じていた。

 叶の花のような香りがただよい、もう少しだけこうしていたいとさえ思った。

 その瞬間、無性に眠気に襲われた。

 緊張の糸が切れたからか、瞼が重く身体から力が抜けていく。

 けして叶に触れてはいけないと思いつつも、もはや抵抗する気力が残っていなかった。

 縁の体は気を発つのと同時に叶によって引っ張られたおかげで叶の背中にしなだれかかった。


「…………え、縁くん……?

 まあその……これは少しやりすぎたみたい、ね。あんたはここに寝てていいわ、あたしがあっちに行くから……」


 後ろを振り返ってやっと独り言をしているのに気が付いた。

 縁はすやすやと夢の世界に入っており、その寝顔が無抵抗にも放置されていた。

 叶は頬を薄紅色に染めていたが、呆気あっけに取られてほくそ笑む。


「仕方ないわね、意地悪なマスターさん。仕方ないから、もう少しだけあんたの枕代わりになってあげるわ。

 そう、仕方なく……ね」


 叶は、寝返りを打って縁を寝やすいように整えてあげるのだった。

 仰向けにし、しかしまた逃げられないよう彼の腕を抱きしめ、いそいそしい表情で寄り添う。

 ――今なら、いいわよね。この小さな壁の中なら誰にもあたしの気持ちはバレない。

 満足気に笑みを零しながら叶は頭で縁の肩に触れた。



◇◇◇



 次の日――。



 国立アンゲルス養成学校二年生はアンゲルス研究所の見学に来ていた。

 アンゲルス研究所は幾つか拠点があり、それぞれ出資している会社が違く、モデルも様々だ。

 今回訪れている研究所は人里離れた県の境目某所にある施設で、十五ヘクタール以上の敷地を保有する大規模研究施設の一つである。

 外からみれば舞鶴発電所に似ており、いくつかの円錐状の建物がそびえ立ち、それらが屋上付近で繋がっているようである。その建物がそれぞれ用途によってアンゲルスを研究、もしくは製造している設備だ。

 ここで製造される主なモデルは、救出用アンゲルスの【クレバーフォロー】。そして戦闘型アンゲルス――最新モデルでは【プリンセス・クローバー】。所謂いわゆる、叶が誕生した場所でもある。

 学校としては、学生によりアンゲルスについて知って貰えるようにという意味合いを持って学生に見学をさせるのだが、そのおよそ半数はアンゲルス自身。彼らは、どういった感情でこの見学に臨むのか、縁は気になっていた。

 縁の隣にはいつものように叶がいた。彼女は、特別なにかを思っているようには見えなかった。そこがむしろ縁が気になる要因となっている。


 叶の下へ他のアンゲルスが歩み寄ってきた。

 どうやら叶の契約者がどんな人か知りたい欲求に駆られた二人の友人が付いてきたようだ。

 叶を含めた三人共契約者がいるが、それぞれの相手を見せるつもりらしい。今回は叶が自分の契約者を紹介するようだ。

 バスから降りて教員が人数確認を行っている内に紹介される。


「来たのね二人共……まあいいわ。こ、このちんちくりんがあたしのマスターよ」


 少々照れ臭く、あえて『ちんちくりん』という言葉を使っていた。

 それを理解してか、縁は戸惑いはあるものの、愛想笑いを振舞いながら「やあ」と返事する。


「この人がイザイザのマスターさんですかです?」


 とぼけたような顔をしたいとけない小さなアンゲルスが興味津々な様子で縁の目の前に現れる。

 ぱっちりした目は好奇心に満ちており、とても小柄で縁の顔や体を背伸びしたりして一生懸命見上げていた。

 星が一つ付いた碧いキャップを着けた茶髪ボブの少女。戦闘型アンゲルスにしてはかなり体格が小さく思えるが、縁はこのアンゲルスを知っていた。

 身長は百三十もない学校一小さいアンゲルス。すばしっこく逃げ足が売りであり、回避性能が極めて高い。攻撃性能はそれほどではないが、遠距離攻撃が得意で武器は落ちている物、つまりは小石でもなんでも使う雑種。連射も利くので戦い難さが定評だった。

 彼女は、四方八方から「フンフン」とご機嫌に縁を観察をし始める。


(ファイルーズだ……この前の試験のビデオを見たけど、Cランクとは思えない戦いぶりだった。この見た目で持久戦も得意とするからもし今後戦うことになれば厄介な相手だろう。叶はこの子と友達だったのか)

「こーら、キュウちゃん。初対面でそんなにじろじろ見ちゃダメよ」


 もう一人、蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべる少女がいた。

 長い黒髪を靡かせたおしとかやかさが見て取れるまさに大和撫子やまとなでしこ

 ヘアピンを用いており、金色に輝くそれはとても精巧せいこうに作られていた。

 可愛いというよりは美しい部類に入る大人びた女性であり、制服を押し出す胸やお尻、思わず眉目秀麗びもくしゅうれいだと思わされる美しいプロポーションは皆の目をくぎ付けにしていた。

 目が合うなりお辞儀をし、柔和にゅうわな面持ちでこちらの方が話しやすそうに思えた。だが、そんな彼女はこの三人の中で最も女の子らしい振る舞いであり、それがまた緊張してしまう理由となってしまう。

 二人共友人だそうだが、こんな可愛らしい少女達が街を歩けば一瞬で騒ぎになるだろう豊富な顔揃いである。


「それはごめんなさいででした! ファイの名前は九千時きゅうせんとき、個体名はファイルーズ・レバノン・ミーアと申しますはい。以後、よろしくお願いしますです!」


 時は、元気のいい挨拶を軍人の敬礼をしながらおこなった。ビシッと手を頭部の上に置き、姿勢も正しい。

 その獣のような目やつたない言葉も相まって猫のように思え、あるはずのない母性が過る。

 縁も同じく敬礼をしながら挨拶を交わす。


「よろしく、僕は叶と契約した柴崎縁だよ」

「柴崎さんですますか! これはご丁寧に恐縮でです!」

「わたしは、郭公薊かっこうあざみと言います。苗字が郭公で名前が薊です。個体名は、郭公薊の別名をそのままにしたアゲラタムです。

 ですがややこしいでしょうし、一番名前らしい薊とお呼びください」

「わかりました、では薊さんで」

「うふふ、女性を名前呼びするのに躊躇ためらわない方なのですね」

「え……?」


 薊が何か計ったような笑みで指摘するので、嫌な予感が流れた。

 叶を見ると、しかめ面をしており疑問符ぎもんふが生じる。


(何かマズい事でもしたんだろうか……?)

「フン!」

(なんか叶に嫌われてないか!? なんで!?)

「ですが、とても誠実そうな方というのがわかりました。イザベラの事、よろしくお願いしますね」

「あ、はい……それは勿論」

「では、ファイとタムタムはこれにて失礼しますです! また何かあればお泊りさせてくださいませ!」

「あ、うん……え?」


 最後の言葉には驚かされたが、お辞儀して去っていく二人の後ろ姿よりも残った叶の様子が気になっていた。


「叶?」

「べ・つ・に! 鼻の下なんか伸ばしてないでしゃきっとしなさいよね! あたしが他のアンゲルスにバカにされるじゃないの!」

「え、そういう事だったの!? ごめん、もう少し配慮した方が良かったね……」

「またそうやってうじうじしない! 今回は仕方なーく許してあげるけど、今度アゲラタムを見て鼻の下なんか伸ばしてたら容赦しないからそのつもりでいなさい!」

「は、はい……!」

(昨日の事はもうなかった事みたいだな、いつも通りだ。まあこのくらいが叶らしくて僕も接しやすい)


 縁は昨日の叶とのやり取りを気にしていたが、それは杞憂きゆうであったと思い直す。

 叶のこのいつも通りの昂然こうぜんとした態度に安心するのだった。



 研究所の中は涼し気で、外にいた時よりも冷房によってかなりの気温差がある。ほとんどの者達はその涼しい環境に潤ったような声を漏らしていた。

 案内人によって進められるツアーの中、縁は終始叶を気に掛けていた。ここが叶の出生地であることを加味した上だったが、見れば見るほど叶はいぶかし気な目で睨み返す。


 研究所の中には見学者用のフロアが設けられていた。この研究所ができるまでの成り立ちや日本アンゲルスの特徴、及びアンゲルスができるまでの歴史など写真や過去の設計図などがディスプレイ上に表示されている。

 中には、クローバー族が発表された時の事細かい詳細が載っているディスプレイがあった。

 縁はそのディスプレイの前で足を止め、今一度叶について知れるのではないかと眉間に皴を寄せながら拝見する。

 すると、叶は縁の後ろで呆れるような眼差しを向けた。


「そんなにあたしの事が知りたいなら、あたしに訊けばいいのに。ここに載っているくらいの事なら全部把握してるんだけど?」

「いやだって、本人に直接訊くなんてこと、できないじゃないか……」

「はぁ……」


 おどおどした返答には呆れた溜息が返ってくる。


「知っての通りクローバー族はね、現在あたしを含めて二機出ているの。あたし意外のもう一機は既に軍に貸し与えられているカトレア・クローバー、あたしの姉にあたるわ。彼女のおかげであたしの価値は軒並み高めなわけ。

 クローバー族の特徴として挙げられるのは、攻撃特化の機動性重視。武器とスキルが近接戦闘向きな他、小回りが利いて初期動作の後の二時動作までの動きが他者製と比べて滑らかなのよ。

 ただし、防御面では劣るわ。スキルに防御作用のあるものはシールドを展開するくらいしかないし、簡単に吹き飛ばされてしまう。だからどの戦闘でも、攻め切ることを重点におかないといけない。

 まっ、これくらいは実践で見てるんだしあんたはとっくに知ってることだろうけど? どこの誰かさんが忘れちゃったとか言われたらあたしの名前にも傷がつくから、今の内に復習しときなさいよね!」

「う、うん……ありがとう……」


 ここに来るまで寡黙かもくを貫いていた叶がここに来てやっと饒舌じょうぜつに口を開いたのが意外で驚いていた。だが、「フン」と足早に進むので彼女の後を追いかける。


「叶はここに来たことがあるのかい?」

「そりゃあそうでしょ、あたしが作られた研究所よ」

「じゃあここの事にも詳しいのか」

「まあね、だからって……」


 突如叶の足が止まる。なにかが気になるように視線は一点を見つめられており、その先には大きな扉があった。

 横にスライドする形式の自動開閉に思える厚めの扉は、人一人が入れる程の隙間だけが開かれていた。


「あそこは?」

「第二研究所に繋がる通路があるフロア。一般人の立ち入りは禁止で、虹彩認証とカードキーが無いと開かないはずなのに……」

「少しだけ開いてるのが気になるな」

「ええ、ちょっと入ってみましょうか」

「え!? いいの!?」

「今なら誰も見てない、行くわよ!」


 先んじて進む叶に縁は付いていくしかなかった。

 周囲を首を振って注目がないことを確認し、慌てて細く開かれた扉の先へと入っていく。


 幽冥ゆうめいの中で青い光が道を示すように直線的に移動する仄暗い通路。

 その光だけでは道の先が定かではなく、歩いて進んでいた。

 テールランプに時々照らされるかのように二人の身体が鮮明になったり暗くなったりを繰り返していた。


「この先には行ったことがある?」

「あるけれど、あまり長居した記憶はないわね。この先にある研究所ではほとんどアンゲルスを起動させないから」

故郷ふるさとに帰る気分?」

「さあ……でも、そうかもね。少しだけ落ち着いてるかもしれないわ。アンタがオドオドしてるのが可笑おかしいと思えるくらいにはね」


 そう言って叶は悪戯な笑みを浮かべて見せた。

 なにかを企てていそうなその表情に縁は顔をひきつらせる。


「叶は生まれて直ぐにここを出たの? 僕、そういうの全く知らないんだ」

「聞かれなかったし、確かに話したことはないかもね。

 そうね……威力検査とか、測定で数ヶ月は意識があるままで過ごした。他にもアンゲルスが何機かいて、その子達と一緒に戦ったりもしたけど、ちゃんと他人と話せたのは外に出てからなような気がするわ。ここにいたアンゲルスは皆、あたしのように意識を持った個体じゃなかったから……」

「外に出たって、直ぐに学校に入ったのかい?」

「いいえ、一度閑散(かんさん)とした山の中で一通りの技術を学んだわ。キャンプとか、人間が生きる上で必要な事とかね。

 おそらくあれもテストだったんだと思う。アンゲルスの学習能力を測る意味でね。その後、学校が始まるまで二ヶ月程度人のいる街で普通に生活していたわ、監視付きだったけど」

「そっか……僕はこの場所に感謝しないといけないんだね。君が僕の前に現れてくれなかったらずっと端の方で勉強だけやっていた気がするし」


 照れて顔が赤らんでいく叶は脂下やにさがるのを抑えようと口をつぐんだ。

 その後、したたかに腕を組み言い放つ。


「…………時に、人間には結婚する際に相手側の両親に挨拶をするものだって聞いたけど、アンタももしかしたらあたしの生みの親に会うかもしれないし、準備しておきなさいよ」

「はへ!? け、結婚!!?」

「バカ、結婚するからって意味じゃないから!!」


 羞恥で顔を染める叶に縁は叩かれ、痛みが背中を襲う。

 「うぎ!」と、痛む声を漏らし縁は涙目になっていた。


(じゃあなんで結婚なんて言葉使ったんだよ……。

 偶に叶のことがわからなくなる時がある。だけど、その時はいつも決まって楽しそうだから悪い感じはしない。アンゲルスであっても年頃の女の子みたいに理解出来ない事もきっとあるんだろう)


 通路を出ると、広間へと出た。サッカーグラウンドが十数個単位で敷き詰められるほどに広く、天井は暗く見えないほど高い。


「なんだここ……」


 縁の声はやや反響していた。


「少し模様替えをしたみたいね。前は色々と機材があったはずだけど、今はなんにもない」


 叶が言うように地面に通路と同じく青い光が走っているだけで、物という物は存在しなかった。

 それを違和感のように思いながら叶は広間の中央まで歩いていく。


「そろそろ戻ろう。異常がないってわかった訳だし、ここはもう見るべきものがないだろ?」

「……うん」


 納得がいかないような返答をした後、叶は縁の方を振り返る。

 すると、突如通路の扉が閉まった。

 ただの自動扉だろうと思った縁は特段気にしていない様子だったが、叶は怪訝けげんそうに眉を顰める。


「扉が閉まった……?」

「まあ大丈夫でしょ、近づけば開くよ」

「待って! ここは緊急時以外開きっぱなしのはず。なにか変……」

「え、ということは僕達閉じ込められたってこと!?」

「……とにかく戻る方法を探すから付いてきて!」

「緊急時以外ってことは、今なにか起こってるのかな?」

「いいえ、警報けいほうはなっていないからそんな事はないと思うけど……。もしかしたら誤動作かもしれないわ、さっきの扉もそれのせいかも」

「ああ……でも、これで僕達がここに入った事、バレるんじゃ……」

「仕方ないでしょ。まああたしがなんとか口利きしてあげるけど、どうなるかは保証できないから」

「ええ……」

(叶が入るって言って入ってきたのに……)


 奥には別の通路があった。閉まった扉の通路と同じく青い光の線が夜の滑走路のように続いている。


「あの先は?」

「あたしも入ったことがないけど、何も無いここよりはマシでしょ」

「そうだね……」

「なに不満なわけ?」

「いや、違うって……」


 縁が小声で否定すると、叶は細い目で縁を睨みつけた。

 二人共、不安な気持ちが表に出ていた。

 叶もこの場所は知っているが、以前とは違う雰囲気を醸し出すフロアに少しだけ困惑していた。あからさまに不機嫌になり、縁は生気が抜けていくように顔色が悪くなる。

 そんな二人の不安をよりあおるかのように足音が聞こえ始める。

 一度研究員の人がこちらに来ているのかもしれないと怒られる事を危惧したが、直ぐにその不安は別の不安へと変わる。ペタペタと素足で床のタイルを歩く音であり、その音が異様に思えたのだ。


「……誰か来る!」

「隠れた方がいいのか?」


 足音は現在目指していた先の通路からするもので、どんどんその足音が次第に大きくなるのを感じた。

 すると、その足音は二人に気付いたかのように合間が短く、早くなっていく。


「アンゲルスよ、下がって!!」


 叶の警告で縁は素直に通路から距離を取った。

 ここは学内でなければアンゲルスがいるのは当たり前の研究施設。しかし、通路から聞こえてきた足音はたった一つのしかない。つまり、アンゲルスが単独で行動しているということになる。

 研究施設内でのアンゲルスの単独、及び独断行動は禁じられており、必ず管理する者が付いていなければならない。ゆえに、叶も必ず縁の下から離れてはならない決まりになっている。

 これは、意識が芽生え始めたアンゲルスを一人にしない為の予防や、未測定アンゲルスを徘徊させないようにする為等様々な理由がある。また、それらと見分けのつかない外部のアンゲルスにも同様の処置が義務付けられている。

 たが、アンゲルスと断定された今こちらに向かってきている相手は、その規則を破っている。警戒するには十分過ぎた。

 縁は、戦闘も加味して左腕に装着されたデバイスを起動し、いつでもスキルが使えるよう臨戦態勢となる。

 そして間もなく、未確認アンゲルスは広間にその姿を現した。


 急激に速度を上げたらしく、叶も対応が追いつかない。止めることを諦め、突進してくるアンゲルスをける。

 相手は、叶が避けたのに気付いて足を止めた。己の推進力にブレーキを掛けるように力強く床で足を踏ん張った。すると、床のタイルが砕け、勢いをせき止めるようにして壁を作り少女を静止させる。

 相手は、敵対心を露わにした鋭利な視線を剥きだしにしている。

 艶やかにも透き通るような純白な肌を露出させており、凹凸おうとつのはっきりした美麗びれいのプロポーションを隠していない。長い銀髪は枝毛一つなく、この薄暗いフロアで光を反射して燦然さんぜんとしていた。

 狂人きょうじんめいた殺気を放つその者は、敵対心を持ってにらみを利かせている。叶から目を離さないかと思えば、野生動物のように「うう……」とうなっていた。


「無事か!」

「ええ、だけど……」

「……あの子…………」

(服も着ていない、しかもアンゲルスにしては野性的過ぎる。いくら戦闘型のアンゲルスと言っても、ここまでのバーサーカーなんて聞いたこともない。アンゲルスとしては未完成、というよりも駄作ださくだ……)


 警戒の構えをすると、銀髪のアンゲルスは「ガァア」という獣のような雄叫おたけびと共に襲い掛かって行く。

 縁は、直ぐにスキル使用の宣言を放つ。


「《エレメンタル・エンチャント》!!」


 叶の足元からあわ翡翠ひすい色の光が昇り、スキルの影響を受けているのが判る。

 脳天まで光が浸透しんとうするのを皮切りに叶は走り出した。

 いつの間にか右腕は刃へと変わり、左手には透明な盾が現れている。

 やや左に扇を描きながら横から抉るように相手の脇腹目指して突進していった。

 その動きは衝突時に相手の力を緩和する意図がはらんでいた。相手の勢いを殺しつつ自分の勢いを押し付けようとしているのだ。

 しかし、相手は左足で力強くスプリントを効かせ叶に合わせて走り出す。とても力強い脚であり、一歩一歩のストライドが広い。

 パワーで勝るのは叶と思っていたが――衝突して吹き飛ばされたのは叶だった。

 剣を振るう叶の動きを読み切るようにかわし、左に流れる背中に空いた隙を狙い銀髪のアンゲルスは叶を突進して吹き飛ばす。


「イザベラ!!?」

(嘘だろ……叶があっさり躱された!? しかもパワーは叶と同等かそれ以上あるぞ!!)


 相手はその銀髪を靡かせながらも、叶を飛ばして直ぐに追撃とばかりに駆け出していた。

 スピードもかなりのもので、前傾姿勢で肉食獣の狩りのような恐ろしさがある。


「来てる!!」

「……分かってる!!」


 叶は宙で体を回転させ母指球を床に付け、そのまま応戦しようと相手へと向かっていく。

 今度は盾を前に出し、避けさせないつもりのようだ。

 すると、銀髪のアンゲルスは戸惑うように足を止める。まるで叶の真似をしたかのように対応が早い。

 縁も「よし!」と意気込んだが、相手はすぐさま次の行動に移った。

 後ろにバク転し、叶と同じように母指球を床に付けて突撃していく。


(パワーで勝つつもりなのか!!?)

「――舐めんな!!」


 次の瞬間、叶と銀髪のアンゲルスは衝突する。叶は盾を前に出し、相手は腕を盾がわりにしていた。

 今度は互いのパワー勝負になる。

 先に叶が出ていたおかげもあってか叶の方にがあった。叶は、上から押しつぶそうと斜め下に盾を押し付ける。

 しかし、意外にも相手アンゲルスは表情に曇りがない。初めから同じ無表情なれど力む仕草もなく、まるで劣勢とは感じていないようだ。

 「どういうことだ」と縁が訝しんで間もなく、相手は力を抜きながら身を引いた。

 叶は勢い余ってよろめき、それが大きな隙となる。

 銀髪のアンゲルスは右腕を振りかぶり、二人共殴るものと思ったが、その手に盾と同じく半透明の剣が現れた。

 きらめく光を帯びたその剣は、叶の腕一体型ではなく、明らかに手に持っている。現代のアンゲルスにおいて、そんなアンゲルスは存在しなかった。


(まさか新型なのか……!!)


 異質な個体に息を飲むが、そんな暇は無く、相手はその剣で叶のかしらねに行く。


「イザベラ!!!」


 縁は止めようと駆け出そうとしたが遅く、鋭利さを表す風を切る音がビュンと鳴り、叶の首に当たった。

 しかし、その剣は形を保ち続けることができないようにして当たると同じく光のちり霧散むさんさせ消え失せる。

 銀髪のアンゲルスも何が起こったのかわからないように首を傾げている。

 叶は生きた心地がしなかった。息詰まった空気を漏らし、過呼吸になっている。

 縁はすぐさま――


「下がれ、下がるんだ叶!!」


 と呼び掛ける。叶は困惑しながらも縁の言う通りに急ぎその場から離れて相手から距離を取った。

 考えている余裕もなく、ただただ従っていた。首を触り、本当に付いているかと確認する。

 恐怖を感じ、それを訴えるかのように叶は縁の方を見た。


(あ、あたしが……負けた!? 完全に不意を突かれたのはまだ分かるけど、一瞬、それまで優位だったはずのあたしのパワーを跳ね返す程の力を見た。だからあたしはムキになって押し返そうとして、それで躱された……。

 あそこまでマウントを取っていたのに、パワーで負けたなんて初めて……。クローバー族はパワー特化、こんな簡単にパワー負けするなんて有り得な――)


 一度負けて反省を始める叶を他所にこの場にいる者以外の声が降ってきた。


「惜しかったなあ……やっぱりまだ完成はしていない、ということかな」


 男、それも不穏な残痕ざんこんの響く野太い声だった。

 声のする方を見上げると、フロアの壁伝いに設置された足場があり、そこに気だるそうに手すりに身を寄せる男がいた。

 肩まで伸びる長髪に目尻が下がって彫りの深い外人を思わせるような面相。猫背ではあるが、百八十から百九十はあるかという高身長だ。純白のスーツから見える赤いシャツ、一番上のボタンを外している。

 彼は、下にいる二人を面白そうに観ていた。


「だ、誰だ!!」

「ん、俺かい? 俺はね……【彗星すいせい傀儡師くぐつし】とでも名乗っておこうかな」

「彗星の……傀儡師……?

 そのアンゲルスは君と契約しているのか!」

「そんなの答えるわけないじゃないか! それとも、僕が契約していたならその子を止めてとでも懇願こんがんするつもりだったのかな」


 傀儡師と名乗る男はなにもかもお見通しのような笑みをほころばせていた。

 その態度や雰囲気には冷静ながらも余裕が垣間見える。

 彼がアンゲルスに関係しているのは明らかだが、野性的なアンゲルスと見比べてもただ契約しているというには浅はかな予測であった。


(研究員とはおそらく違う。かといって、この場に外部の者が紛れ込んでいたというのなら、かなりのセキュリティ不足。

 彗星の傀儡師とは言っているけど、その実本名を知られたくない、もしくは時間稼ぎの可能性もある。どちらにしても、この人は僕と叶にとっても味方じゃない)

「まあいいや、確かに俺がその子に対してなんらかの影響を与えることが出来る。

 だけど――この状況で俺がそれをするとは思えないだろう? その危機感は当たっているよ。俺はね、その子の威力を見る為に君のアンゲルスにあてがっているのさ!」

「なに!!」

「新型のクローバー族の一体、まだ開発途中で公然こうぜんに知られていない個体だ。

 それにしては美しいとは思えないか、プロトタイプだというのに髪や造形、全てが人間に酷似しつつ随所に光る素晴らしいフォルム。カトレアが発表された時から目を付けていたが、こうして間近で見ると、やはり素晴らしい!!」

「世に出回っていないプロトタイプ……」

(まだ意識が出来ていないから表情も思考も読み取れないのか。前時代の補助ロボットのように機械的に感じたのはそれが原因、予想していた通りだな)


 悦に入った態度とは裏腹に目的が不鮮明である。

 まるでこの鬼気とした闘いを面白がっているような、そんな気がした。


「だが、俺は完成を求めてきたわけじゃないからこれでいいんだ。このホワイト・クローバーは新しい花として俺が完成させる! だから今はその力を見たいのさ!!」

「ホワイト・クローバー……ということは――」

「あ、あたしの後継機こうけいき……」

「プリンセス・クローバー・イザベラ……君の姉妹個体にあたる!!」

(やっぱり……さっきの叶を押し返したパワーから見てもただのアンゲルスじゃないとは思っていた。叶と同じクローバー族、それも新型のであるならば合点がいく。だけど、何故そんな子がこんな所に、しかも起動までしているんだ!!?)


 アンゲルスの個体にはシリーズ製造という形式がある。

 クローバー族の第一型版はカトレア・クローバーであり、カトレアの後継機になるのが叶、つまりはイザベラである。

 シリーズには上下関係が存在し、それを人間に似せて兄弟や姉妹と称する。この場合、イザベラはカトレアを姉と呼び、カトレアはイザベラを妹と呼ぶ。

 顔を似せて作ることもあるが、クローバー族では然程さほど寄せて作ることはしていない。ゆえに一目で気付けるということはないが、姉妹同士であれば基盤が殆ど同じな為に当人同士であれば見分けくらいはつく。

 しかし、イザベラの目の前に現れたホワイト・クローバーを自身の妹であるとは認識出来なかった。

 まだ銀髪のアンゲルスにはその花名を正式に付けられる状態でも無ければ試作機プロトタイプであり、基盤も本物ではない。

 縁は、それを察していた。


「その子はまだイザベラの妹じゃないし、クローバー族の正式な個体じゃないはずだ!」

「その通り、それが俺の目的でもある。ホワイト・クローバーが完成してしまえば、俺の思い通りの個体にはならないからね」

「貴方は一体何者なんですか! その子を使って何をするつもりなんだ!!」

「こいつを俺の玩具どうぐにして戦力として売るんだよ、アンゲルス反対派――人間革命軍を名乗ってる例の宗教紛いに!!」

「なんだって……」

「さあて、そろそろ見せてもらおうか。ホワイト・クローバーの現時点での、破壊力を……!!」


 傀儡師は、自らの左腕を出す。そこには、契約者の持つAMDが装着されていた。


「まずい――!! イザベラ、下がるんだ!!」

「――《突撃アサルト・バニッシュ》」


 後退しようとする間もなく、叶とホワイト・クローバーが衝突した。

 足の裏で蹴りだそうとするのを叶が盾で防御した。

 咄嗟の対応には舌を巻くほどだが、体勢不利は否めない。盾を押し出すほどのパワーにそのまま吹き飛ばされてしまう。


(ダメだ、ここで押し出されてしまっては二の足を踏んでしまう!)

「イザベラ!」

(踏ん張ってくれ……!)


 叶は、縁の呼び掛けに応えるようにしてタイルに足を着け、剣をブレーキ代わりにして踏ん張った。

 顔を上げれば目の前に現れるホワイト・クローバーの無感情でも鬼気とした駆け足ぶり。

 身構えようと剣を前にするも、叶は怖気づいてしまう。先程のパワー負けがトラウマを植え付け、彼女から自信を失わせていた。

 叶は拳が後ろ髪をかすめる合間に床に転がって躱す。しかし、それは彼女が逃げた証拠であった。下手に回避してしまったせいで立ち上がりを鈍くする合間を叶自身に作らせた。

 素早く切り返しを図り、叶を追うホワイト・クローバーは叶の困惑しきった顔面を蹴り飛ばした。


「まずい! イザベラ!!」

「人形の心配している暇はないだろう?」


 いつの間にか先程の男が同じ階まで降りてきていた。目の前に歩み寄って来ると、敵対心の無いように微笑んで直ぐ縁の顔面を殴った。

 頬を切るほどの殴打に倒れ込み、タイルに衝突してASGを割ってしまう。


「うっ……!!」

「君、軍人なんだろう? たった一発でダウンなんて、有り得ないからね」


 傀儡師の冷淡れいたんな物言いにムッとして立ち上がり、縁は頬からの流血を拭う。更には口を切ったらしく、血の味のする唾液を吐きだした。


「い、いつの間に……」

「ご生憎様、俺はまだあの人形を信じられないのさ。結局は人形、確かにその内改造していい出来の物を作り上げるつもりだーけーど、だプロトタイプのアレを何パーセント信じられるかって言ったら十パーセントも難しいとは思わないかい? だからせめて、エネルギーが切れる前に俺が目撃者である君を先に始末しておこうというのは合理的な思考だろう」

(そうだ……これは試験とは違う。アンゲルス同士が戦っているからといってその契約者同士が戦わなくていいという状況ではない。

 これまで僕はそのルールに守られ、必要以上に自分の無能さをさらけ出す事はなかった。僕は運動神経が低く、戦闘では全くと言っていい程使い物にならない。

 まずい……このまま僕がやられたら叶に天技スキルの発動宣言ができなくなる。そうしたら確実に二人共負ける……!)

「ってことになったらどうなると思う? 一言で勝手にやってくれる傀儡と、君の命令無しではBランクそこそこの実力しかないただの玩具がんぐ。勝つのは言わずもがな判る。

 クローバー族はパワーに秀でた個体と知られているが、今回のクローバー――ホワイト・クローバーは中でも群を抜いている。いくらプリンセスシリーズとして出されたイザベラだとしてもだ、あの道具に勝るとは到底思えないだろう?」

「……………………さっきから、なにあの二人を人形だとか玩具だとか、道具みたいに言ってるんだよ!

 あの子達は生きているんだ! お前のような奴がもてあそんでいいような道具じゃない!!」

「おっほ……いいねえ! 人は争いで初めて本性を見せるという。と同時に本当の力というものを発揮するらしい。

 君は見るからに戦闘向きじゃない。調べたけど、軍人じゃああるまじき体たらく。どうやって軍に入ったのか怪しいところだけど、もし君の本性が化物なら早いうちに見せてもらわないと、あっけなく殺しちまうからねえッ!!」


 ボクサーのように両手を構え、低い姿勢で縁の懐深くに切り込んでいく。

 縁は、不意を突かれて腰の入った一撃を横腹に受けた。みぞおちとまではいかなくとも、嘔吐感の過る一発にたじろいだ。


「もう一発だ!!」


 そこからは一方的である。

 左拳の一撃が顔面左瞼すぐ横に当たると同時に彼は連撃を始める。顔面を中心に次々とパンチを繰り返し――

 七発、倒れるまで続けた。


 左瞼が腫れ、口からも血を流していた。


「助けを呼んだって無駄さ。ここの機能は停止させてあるし、あと小一時間はバレないだろう。

 さて俺達の道具も押し相撲が終わったかな?」

「くっ……イザベラ……」


 叶は、既にホワイト・クローバーに敗北していた。

 頭を掴まれ、満身創痍の体を引きずられている。縁と男がいる場所まで運んできていた。


「イザ……ベラ……!!」

「心配なんかするなよ、性能スペックがホワイト・クローバーの方が上だったっていうだけだろ? 子供がカブトムシを戦わせるのと一緒さ。自分の道具の方が相手より勝っていると証明する為に蹴落としているだけだ。悪く考えるな、これが自然の摂理せつり模倣もほうした現在の人類の道具の有様なのさ!

 壊れたら別のアンゲルスに代える、結局は代替え品でしかないんだよ! 君だっていつの日か思っただろ? 故障したらどうする、使い物にならなかったらどうする!? 人形なんだ、代わりなんて幾らでもいるだろうってさあ!!」


 傀儡師の言葉に叶は瞼を閉じた。

 アンゲルスの中では同じように人間は考えているだろうと思う者もいる。人間にとって自分達が代替え品であるのは紛れもない事実であるからだ。

 元々戦車や銃で戦っていた戦場で代わりに出るアンゲルスは壊れたとしても別の代わりが特攻として前に出る。壊れ行くアンゲルスが空を仰げば、そこには既に別のアンゲルスが飛んでいる。歴史に残る戦争の動画を見れば、それが記録されており、現在でも同じ考えが残る所以ともなっている。

 ――叶もまた縁にいつ見限られるかびくびくしていた。

 表では顔に出さないが、まだ契約してから日も浅く、学校で教育を受ける内は契約は本契約ではない。ゆえに、契約破棄はいつでも可能なのである。

 ホワイト・クローバーに敗北したことにより、表立たなかったそれがついに現れてしまっていた。目から涙を零し、唇を噛み締めている。

 彼女は敗北を憂いて泣いているのではない。縁に捨てられるかもしれないという不安から涙を流しているのだ。





 ――初めの出逢いは最悪だった。


 朝起きて窓を開ければ朝になっている。いつもと変わらない何気ない日常で、その時は戦うこともない平和にうつつを抜かしていたんだと思う。

 気付けば、入学の日になっていてあたしは焦った。

 すぐさま準備をして窓から外に出た。玄関から出るなんて過程をすっ飛ばして早く学校に行くべきと思って屋根の上を走った。

 途中までは順調で、スズメが飛んでいるのを可愛いと思いながらあたしだけの通学路を走った。

 だけど――途中で屋根の上を飛び越えようとした瞬間、目の前にからすが飛んできた。

 あたしは、それを避けようとして体勢を崩し、下の道路に落ちてしまった。

 情けなく叫びながら落ちると、あたしを受け止めてくれた人がいて驚いた。

 そこには一生懸命あたしを守ろうとする人間がいて、戸惑いながらも恥ずかしさで逃げてしまった。


 数日が経ち、管理科の人間とアンゲルスの共同授業で彼を見かけた。

 どうやら運動はさほどできるほうじゃなくて、あの時の彼とはなんとなく違うかなって思ってた。

 けど、人は見かけによらないっていうか、その後あった学力テストで張り出された貼紙に彼の名前を見つけた。特別順位が高いというものではなかったけれど、あたしが異常に思ったのが速算能力と瞬間記憶能力のテストで満点を叩きだしていたということだ。

 無論、目を付けたのはあたしだけじゃなかった。アンゲルス内でも契約者候補としてあがるくらいには目を引いていた。でも皆、彼の運動性能の低さに迷っているのがまばらだった。

 あたし達が求めているのはどちらかというと速算能力。なぜならあたし達アンゲルスにはコンピュータのようなCPUが積まれているわけじゃなく、計算が人並み以上にできるわけじゃないということがあげられる。

 しかし、運動性能がないと実戦で使い物にならない可能性が高い。アンゲルスは人間離れした速度で動く事が多いので、それに付いてこられる体力と運動能力は必須とされている。学内での行事でもそういう試験だってあるくらいだ、皆重視するのもわかる。

 だけど、あたしはその運動能力にこだわらなかった。

 ただ気になるという理由であたしは――


「――あたしと契約して柴崎縁くん!」


 確かあの時は、我ながら偉そうに下校しようとした彼に後ろから吐き散らしたと思う。

 頭が良くてちょっとは使える、そして道具であるあたしを守ってくれる。その二つのカードが揃って直ぐこの人に決めた。

 初めは自分に言われたんじゃないと思っていたみたいで、興味本位で振り返っていた。それを「あんたに言ってるのよ」と察しの悪い縁君に伝えてやっと驚いていたっけ。

 まさに彼らしい反応が面白かったけれど、あの時の選択はあたしは今でも誇りに思っているわ。

 あの日から日に日に彼の存在が自分の中で大きくなっていくのを感じてた。

 よく気が利くし、いつでも安心させるような笑みを見せてくれる。あたしがイライラしたり、悲しんでも傍にいてくれて、優しい言葉を掛けてくれた。あたしには勿体無いくらい近くにいて安心する人間だ。

 だからあたしはもっとずっとあんたと一緒にいたかった――。





 潮時を惜しむような面相を前に縁の拳に力が入った。

 震える体を起こし、立ち上がろうと全身に力を入れている。


「叶は……人形なんかじゃない! ましてや人間の道具なんかじゃないんだ!!」

「……なんだって?」

「叶は、人と話して気持ちを共有して、恥ずかしがったり負けず嫌いだったり、相手の気持ちを理解してくれたり……。そんなのはもう人形なんかじゃない、人間だよ!!

 だから僕は叶を助けたくて、サポートして、同じ時間を過ごして、お互いを知ろうとするんだ! 叶は道具なんかじゃ、玩具おもちゃなんかじゃない! 僕の契約者で、一人の女の子だ!!!」


 霞む叶の目に立ち上がろうとする縁の背中が見えた。


「……――どうして……あんたはそうやって……」

(いつも、いつもあたしを支えてくれる。ただ契約者ってだけでどうしてそこまで、もう無理しないで倒れたままでいれば生き残れるかもしれないのに……!)


 縁の叫びに叶の瞼が開いた。涙は止まず、絶えず朧げな視界で彼の立ち上がる背中を見た。


「勝ち負けを実力一つに身投げしている、それは人じゃなく道具に他ならない! 俺達人間だって軍の兵士となれば国の道具同然! 奴らはそれ以下の存在に日常からなっているのさ!!

 これから更にその現状は加速し、道具同然だったら兵士もアンゲルスという名の道具に取って代わる! アンゲルスが道具ではないのなら、道具という定義そのものが間違っていると言わざるを得ないだろうそれくらいの悲劇の上で彼らはこの世の土台として生きているんだ! 何故それを否定する!!」

「何故って……そんなの決まってる。叶が僕の相棒パートナーだからさ……!!」

「……なんだって!!?」

「他人がどれだけアンゲルスを人間の下に見ようとしても、僕のこの考えだけは誰にもけがせない!!

 叶は僕にとって同じ人間で、仲間で、友達だ……! 代わりなんてどこにもいやしないんだよ!!」

「縁君……っ!!」

「叶、立ってくれ。僕一人じゃ勝てない、キミの力が必要だ! 僕はキミと二人で一人、やっと一人前になれるんだから……!!」

「……いいのか、血の海を見ることになっても。抵抗せずに寝ていれば、俺は過去の産物であるイザベラだけを壊しホワイト・クローバーと共にここを出て行ったのに。それにも関わらず、こうして殺意をむき出しにさせたのはキミのせいなんだよ!?」

「叶は負けない。この子は、この先誰よりも強くそして誰よりも輝くアンゲルスになるんだ! 僕がそうしてみせるんだ!! 僕はこの先もずっと永遠に、叶の契約者マスターだ……ッ!!!」

(あなたはいつも……いつも……!!)

「あたしのマスターはたった一人、いつも言ってた。あたしとあなたなら――」

「「絶対に負けない!!」」


 叶は、ホワイト・クローバーの腕を両手で強く握り締めると、瞬時に体勢を起き上がらせ思い切り投げ飛ばした。

 縁は、男の懐深く潜り込むと胸倉を掴み上げ、背負い投げる。

 それぞれ一時の油断を突き、攻撃することに成功したのだった。

 縁と叶は互いに背中合わせになり、自分の相手を睨み付ける。もう二度と遅れは取らないと志すかのように強く、そして胸に刻んだ。

 ――勝つ。

 他の誰の助けも要らない。二人で勝つ事を決めた。


「……ただの軍の犬の癖して、アンゲルスを同じ人間のように扱うとは解せないな! アンゲルスは人より優れるが、けして立場は人間に勝ることはない。なぜなら、アンゲルスには人間に首輪をつけられた飼い犬でしかないのだから……っ!!

 それを知っても尚、キミはその機械を人間と言うのか!!」

「――当たり前だ!! イザベラは僕の道具じゃない、僕の相棒パートナーなんだ!!」

「そっちは任せるよマスター!!」

「ああ、そっちも任せた!!」


 男は、噴き出すように笑い出す。

 なにをそんなに面白いのか縁は怪しんだが、彼の強さが変わることはない、と自身をいさめた。


 叶は、ホワイト・クローバーが動き出すのを皮切りに縁の下を離れた。

 この大きなフロアの各所で衝突し合い、攻撃を始める。剣や盾、足、拳、あらゆる手段で敵を倒そうと奮闘する。

 パワー負けが当然のように起きると思っていたが、叶の攻防はまるでそれを思わせなかった。

 確かに力は相手が幾分か勝る。しかし、その勢いを流し逆に隙を作って攻撃を成り立たせた。


「うっ……!!」

「はぁあ!!」


 ホワイト・クローバーの拳に対し上手く剣を合わせて後ろへと流し、横腹にできた大きな隙を膝蹴りする。

 叶はここへ来てプライドを捨てていた。クローバーシリーズにとってのパワー任せな攻撃をやめ、代わりに機動力と瞬発力を活かした技術的な戦闘をしていた。

 こういった戦闘には慣れていないが、これまでは天技を使用することでそれを成す事はできていた。

 しかし、縁は天技を宣言していない。叶が見様見真似で再現しようとしているのだ。

 まだ天技ほどの軽やかさはないが、イザベラ以上のパワー特化型であるホワイト・クローバーにはその他の性能で勝る部分が多かった。

 叶は、戦法を変えることでパワー負けに対抗した。

 これにより相手もむやみに本気でぶつかるのを躊躇ちゅうちょし始める。

 ホワイト・クローバーは無感情だが、自己学習能力や痛覚は備わっている。攻撃を食らう事でそれまでの一連の流れを避けようとした。

 ゆえに、イザベラとホワイト・クローバーのパワーはいつの間にか均衡が取れるようになっていた。


(この子、パワーが弱まってる? ――行ける!!)


 ホワイト・クローバーのそれは無意識であり、何故か押され始める事が理解できなかった。

 やがて、叶の方がパワーで勝り、ホワイト・クローバーの体を吹き飛ばした。



「お笑いだよ、柴崎縁しばさきえん。キミの思考は人間を冒涜ぼうとくするものだ、人間を蹴落とすものだ!」

「なんだって構わない。他がどう思うと僕は進むだけだ……人間を冒涜する発言であっても、僕は足を進める事を諦めない。僕はいつだって彼女の味方なんだ!!」

「なによりお笑いなのはキミが立ったことだよ。俺に勝てるとでも思ったのか? 運動音痴で軍の中でも極めて身体能力で劣るキミが僕に?」

「――一番いけないことは、自分はダメだと思う事だ。何もしないで諦める事だ……!」

「はあ?」

「いつか僕の上司の人がそう言ってくれた。僕が弱いから、使えないから、落ち込んで縮こまっている僕に言ってくれた。

 最初はなんでもできるあの人だからそう思うものだと思っていたけれど、そうじゃない。あの人だって苦しんであそこに立っていると知ったから、僕だって……僕だって!!」


 ――生きてるか少年!

 ――生きろよ、活き活きと生きろ! じゃねえと、お前の現在いま未来あしたの自分が笑っちまうぜ!


(生きます!!)


 縁は、前傾姿勢で前掛かりに男へ向かって走った。

 男は警戒していたが、しかしその動作にまったく恐れていなかった。縁の動きがあまりにも遅く見えたがゆえだった。

 ――どうせ、落第ギリギリの軍の中じゃ劣等生の男になにもできやしない。

 そう確信していた。

 軽くあしらおうと足を引いて構える。掴みかかってくるところを上から押さえつけようとしていた。

 だが目の前に来て、彼の表情を見て突如として悪寒が過る。

 演算能力に秀でているだけで戦闘はからっきしのはずの青年には似つかない獣のような形相におそれを抱いた。


(なんだ……待て、こいつのこの構え――軍隊流体術じゃない!?)





「オラァアアアアア!!」


 ドシンと背中から落ちる柔道着を着た縁。

 筋肉が隆起した大柄な身体を自慢するかのように見せつける伊賀大成いがたいせいによって畳に投げ出されていた。

 フフン、とドヤ顔で縁を見下ろしている。

 遠征の中、休憩時間に伊賀によって縁は体術の修練を強制されていた最中だった。

 縁は案の定柔道でも上手くいかずにこうして伊賀に面倒を見られていた。


「お前軽すぎだぞ縁! それでは卒業後どうするつもりなんだ?」

「伊賀くんだって今の投げ技、さっき教えられた軍隊流護身術とまったく違うように見えたんだけど!?」

「そりゃあそうさ、これはうちの流派だからな!」

「え、伊賀くんってどっかの道場に行ってたんだ?」

「違う違う、行ってたんじゃなくてうちの家が道場なんだよ。俺は軍入りしたが、弟が道場を継いでんだ。流派は、箕葉間みはま流。代々受け継がれてきた昔の流派さ。お前にも教えてやるよ!」

「いや、いいよ……護身術でさえまともにできないのに……」

「それはお前に合っていないだけかもしれないぜ? 流派ってのは時に人を選ぶことがあるからな。まあやってみろよ、俺が教えてやるって言ってんだ! 逃がさねえからな!」

「ええ……」





 体勢が沈み膝の曲がった男の懐に入り込むと右腕をピンと伸ばして胸倉を突きあげる。更には左手で相手の腰を掴み、背中を相手の腹に当て、押し込みながら自身の体を前に倒した。



(――箕葉間流・蝦返えびがえし!!)



 大きな物音を男の背中が鳴らすと共に縁の目の前に彼の激痛に嘔吐えずく顔が現れる。

 縁が傀儡師から一本を勝ち取った。

 ――伊賀くんに何度も投げられたおかげで感覚が覚えてた。成功した……!

 しかし、これは柔道ではない。憤慨ふんがいした傀儡師は、縁の頭部を蹴り飛ばした。


「うぐ……!」

「まさかこの俺を投げ飛ばした程度で勝ったなんて思ったわけじゃないよな? もうプッツンしたよ――殺されても文句言えないからなッッ!!!」

(一発入れただけじゃやっぱりダメなのか……!)


 傀儡師は立ち上がると、眉間に皴を寄せていた。血管が浮き出て今にも噴き出してしまいそうな恐ろしい面相である。


「キミをいたぶるのも面白そうだけど、それより大事なアンゲルスが溶けた方がキミには良さそうだ!!」

「なに!!」

「僕を怒らせた事を後悔してやる。見ていろ、今にキミのアンゲルスはその形を保っていられなくなるだろう!!」


 ――やめろ。

 そんな静止をこの男が聞くはずもないと悟った。

 縁は、傀儡師が腕のAMDを操作し始めるよりも先に叶目掛けて走り出す。


「ハハハハハ!! 今頃向かってもキミには何もできないぞ柴崎縁!!!」



 ホワイト・クローバーとイザベラの戦いはイザベラが優勢で事が進んでいた。

 天技もないのでお互い決定打に欠けていたが、確実に疲労と損傷を与え合い、動きに鈍さを出すまでになっていた。

 そんな折、突然ホワイト・クローバーの目が輝きだした。かと思うと、口をかっぴらく。

 異質とも思えるほどのエネルギーが彼女の口に集約していくのが見える。

 それが天技によるものだと確信したが、既に体がすぐさま動くことができなくなっていた。瞬発力は低下し、避けるにもホワイト・クローバーは直ぐに予測線を修正するだろう不安が露わとなる。

 次の瞬間、ホワイト・クローバーの口から高密度のエネルギー光線が放たれた。

 叶の胸部目掛けて直線状に伸びたかと思うと、無音の間に大きな衝撃音と痛覚に塗れた悲鳴がこの広いフロアに轟く。


「うあぁああああああああああ!!!」


 光線の波動に押されて転がり吹き飛ぶのは、叶だけでなく縁もであった。

 縁は、叶を庇おうと彼女の前に出ていた。背中にエネルギーの集束波を受け、悶絶もんぜつしながらも痙攣けいれんを起こしている。

 縁の背中には激しい火傷ができており、一部骨が露出しそこから黒い煙を上げていた。


「か、叶…………よかった……」

「え――…………どう、して……」


 叶は、縁の下敷きとなっていたが、彼が自分の代わりに攻撃を受けた事に困惑していた。目を見開いて表情が引きつり絶句している。


「まさか、人間の身でアンゲルスの攻撃を受けるとはね。バカな奴だよ、ただの人形を庇ってなんの得があるのかは知らないけど、おおよそアンゲルスなんぞに情でも湧いたのかなあ?」


 縁の行動を嘲笑あざわらうかのような笑みを浮かべ、傀儡師はスンと無表情に佇むホワイト・クローバーの隣に並んだ。


「しかし、こいつの威力は十分把握できた。たとえプロトタイプと言えど、人一人の体に風穴を空けるほどの威力……凄まじい。俺の見立ては間違っていなかったようだ」


 男は満足気な顔をしたかと思うと、再び左腕のデバイスを構える。


「さあて、最後はそのバカな奴が庇ったアンゲルスを壊してここからずらかろうか。アンゲルス相手にはどの程度の威力が見れるかな……!」


 再びホワイト・クローバーの目が輝き、口にエネルギーが集約していく。光の泡を食らうようにしてエネルギーが満ちていくようだった。


「許せない……」


 叶が縁の前で項垂れながら何かを唱えるように呟いていた。


「許せない……許せない許せない許せない許せない許せない許せない――許さないっ!!!」


 叶の顔が上がる刹那、ホワイト・クローバーより光線が放たれる。

 しかし、それは光線というには縮小されており、先程と比べて明らかに小さく丸みを帯びていた。

 彼女の胸部目掛けて飛ぶそれは、叶によって弾かれる。

 弾かれたエネルギー体は、離れた床に着弾し、小さな爆発音を起こした。しかし、その爆風は縁の体を押さえなければ吹き飛んでしまいそうなほどだった。


「連続で出そうとすれば威力が落ちるのか。流石はプロトタイプってところだ、基幹部は使い捨てでも使っているのかな?

 ハハ、まあいいさ、さっさと始末するのに天技も必要ない。お前なら素手でアレをこわせるな」


 彼女がコクリと頷く間に叶の体が光り輝くのに気付く。


「なんだ……アンゲルスが契約者の指示なくスキルを使っているというのか!? いや、まさかあの男――いや、どう見ても意識はおろか、死んでいる可能性も高い。

 なら奴はどうやってあのスキルの根源たる輝きを放っているというんだ……!!?」

「あんた達だけは……絶対許さない……ッ!!!」


 全身に闘気が満ち満ちており、髪が靡いて浮き上がっている。まるで足下から風と神々(こうごう)しい光が舞い上がっているかのようである。

 叶の腕が再び剣へと変わる。

 強固な戦う意志を表す瞳に傀儡師は息を呑んだ。


「はっ、契約者のいないアンゲルスが、新型のクローバーに勝てるものか!」


 次の瞬間、叶はホワイト・クローバーを蹴り飛ばした。


「な……!?」

(何故だ……こいつ、こんなに速かったのか!? いや、さっきスキルを発動していた時よりも速い気がする。まさかこのアンゲルス……いや、プリンセス・クローバー・イザベラはこの男と……!!)


 呆気にとられその場に立ち尽くす傀儡師を叶は軽く殴り飛ばした。

 殺すつもりはなく、無力化を目的とした軽い一撃であった。

 傀儡師は、鼻血を流しながらも地面を弾んで意識を朦朧もうろうとする。

 次に叶はホワイト・クローバーへと向き直った。相手方も既に立ち上がっており、石のような無表情で佇んでいる。

 叶を襲う為か足を一歩前に出したが、異変に気付いて足を止める。

 彼女の腹が落ちくぼむようにいしてへこんでおり、その箇所がビリビリと漏電ろうでんしていた。電気系統に異常をきたしており、足を動かす上で遅延を生じさせている。

 顔を顰めながら顔を上げると、叶が先に動いていた。ホワイト・クローバーに拳を振り上げ、今にも衝突しようという所だった。

 すると、ホワイト・クローバーの口に再びエネルギーが集められる。

 スキル使用を命じる傀儡師を無力化したはずだったが、傀儡師は窮地を謳歌おうかするような笑みを浮かべながらデバイスを操作していた。

 彼は左腕を床のタイルの破片で刺し、痛みで意識が途絶えるのを防いでいた。

 ホワイト・クローバーから光線が放たれるのを叶は紙一重で避ける。今の叶は、光線の予測線が見え、必要最低限の動きを反射で行うことができた。

 叶はそのまま距離を詰めるが、顔面を蹴ろうとするのを受け止められた。

 腹を抉られてはいても防御性能は健在であり、叶と同等の運動性能で叶の体を悠々と投げ飛ばした。

 だが、叶はすぐさま体勢を立て直して着地する。


「奴め……まさか本当に!!」



「――《ライオット・ストライク》!!!」



 着地した足をそのまま駆けだし、まるで赤い電気が迸るように速くホワイト・クローバーと衝突した。

 叶が纏うはホワイト・クローバーの電気ではない。天技によるものであり、通常の天技を超える破壊力が想像できる激しさだった。

 叶に弾かれるようにしてホワイト・クローバーは吹き飛ぶ。刹那に叶によって斬り伏せられていた。

 彼女は壁に打ち付けられ、壁にひびを作った。

 肩から横腹に掛けて切り傷ができ、漏電が激しくなる。内部から漏れる電流と外部、叶により受けた攻撃の電流が混じり合い、周囲に飛び散り抑えが効かない。

 電気が弾けると、壊れたロボットと同じく体を震わせながら人形らしく倒れ、電気が落ちる。そして、静かに目の光を消していった。


「数年前、とあるアンゲルスとその契約者が軍に派遣され、負け戦の渦中に入った。その戦で契約者は死に、アンゲルスも片腕を失くした状態で発見された。

 そのアンゲルスと契約者に根も葉もない噂が一つある……。戦ってる最中、アンゲルスの契約者が亡くなり命令を出す者がいなくなった。しかし、アンゲルスは天技を使うことができ、尚且つアンゲルスの常識を変えるほどの性能で一師団をたった一機で殲滅したという。

 まさかあのアンゲルス――【理外ことわりはずれの天使てんし】なのか!!!」

「これは――ただならない事態、だな」


 いつの間にかこのフロアに大勢の機動隊が入り込んできていた。

 ゴキブリ服を着用し、手には透明の盾を持っている者や銃を持っている者もいる。

 誰が通報したのか、研究所近くにある警察署から駆け付けたようである。

 彼らは直ぐに叶とホワイト・クローバーを取り囲み、まるで彼女が悪者のように叶をひざまずかせた。

 更には傀儡師を名乗った男に銃を向ける。彼が刃物を持っていると気付いたのか、侵入者であることを見抜いたのか。彼は抵抗しないことを表すように素直に両手を上げていた。


「たく……でたらめなコンビに構ったせいで逃げそびれた、か。まあ、珍しいものを拝ませて貰ったからその対価に暫く……てね」

「おい、救急隊員は早くこっちに来てくれ! 重傷者がここに……!」

「マスター! ――縁くんっ!!」


 叶が縁に駆け寄ろうとするのを機動隊に止められた。


「あたしの契約者よ、止めないで!」

「ダメだ、お前はこれから拘束される」

「はあ!? どうして!?」

「アンゲルス規約に違反したからさ、プリンセス・クローバー・イザベラ」


 床に押さえつけられながら手錠を掛けられた傀儡師は、得意気な顔で零していた。

 叶は何に違反したのか全く分からないという顔だったが、傀儡師はそれを全て知っているかのようだった。

 機動隊の一人に頭を押さえられたが、それでも口を閉ざさずに困窮した叶に説き始める。


「アンゲルスは契約者の命令失くして天技の使用は許されない。これは本来できない事から、スキルを使うことができない為に勘違いしている者が多いが、これは正しくは『できない』ではなく『してはならない』。つまり、キミは重大な規約違反を犯したのさ。

 しかしここで重要なのは、例え『してはいけない』だとしても、アンゲルスに課せられている制限を突破して天技を使用できた事自体が問題だ。本来できないはずの事象を起こしたキミは、アンゲルス全体にとって大きな波紋を投げかける事になるだろう。

 歴史に一度だけ今回と同じ事象が起こった。その時はただの噂程度で収まったが、今回が過去の裏付けとなる。キミと彼との絆によって、スキルの自発的発動だけでなく、アンゲルスの潜在能力を開花させた……【天使化エンジェル・バースト】、実に素晴らしいものを見せてもらった」

天使化エンジェル・バースト…………」


 叶は、自らに起こった出来事に自覚がないようで、タイルに映る自分の顔を震えながらに見ていた。まるで自分の隠された力におびえるかのように。

 彼女は、機動隊員に取り押さえられた。床に腹ばいにさせられ、両腕を背中の方で繋がれた。

 彼女自身、戸惑うばかりで抵抗することはなかったが、ただ顔を上げてひたすらに縁を見つめる。彼を心底心配する眼差しは誰の目にも映らず、静かに涙で床を濡らした。



 その後、傀儡師と名乗った男は警察に連れられ、縁は病院へ、叶は研究所送りとなった。

 この事件は公になる事はなかったが、密かに天使化が実在する噂が流れていた。

 噂の内容はこうである。

 天使化とは、契約者とアンゲルスの間に真に強い絆が生まれた時、アンゲルスが人の枷から解き放たれる事象である。この事象は過去に二度起こったが、そのどちらもアンゲルスは廃棄され契約者も亡くなっている。



◇◇◇



 数日後――。



 国立アンゲルス養成学校地下会議室。

 ここでプリンセス・クローバー・イザベラの矜持きょうじについての議論がなされていた。

 この集会に集っているのは、当校の一部教師を含めアンゲルス開発に携わる政府の者、以前事件が起こった研究所の役員、警察庁警備部、そして縁が属している陸軍の上長にあたる者等。

 例の事件を重く受け止めた気の重い雰囲気を表すように暗い部屋。モニターに一つの動画が流れており、皆、それに注目していた。

 流れていたのは例の事件の一部始終であり、盗まれたホワイト・クローバーと叶の戦う様子である。

 その動画は、叶がホワイト・クローバーを無力化して締められた。


「これが天使化エンジェル・バーストかね……」

「こんな機能が備わっているとは聞いていなかったが、どうなんだね松内まつうちくん?」

「いえ……私もこんな事が実際に起こっただなんて、信じられません。アンゲルスは元々人間に操作されるように造られました。その後、自立型モデルとして様々な用途に対応し、AI技術の発展を受けて自我を与えるようになりました。ですが、スキルの自発的発動だなんて、ありえません!!」

「昨今、アンゲルスのスキルは強化の一途を辿っており、アンゲルスのスキルは兵士や戦車はおろか街一つを吹き飛ばす可能性を秘めています。このような事が公になっては民間人が怯えるにきまっています!」

「しかしなあ……研究所の見解じゃあ再現不可能らしい」

「やはりあの噂通りアンゲルスと人との間に絆が無ければできない芸当、ということなんですかねえ……?」

「え、ええ……イザベラは勿論、カトレアにも協力を促して貰っていますが、今の所はなんとも……。

 絆というような不確定な要素が関係するかは未だ結論が出かねるところですが、少なくともいつでもできる事ではないというのは確かです。イザベラの測定値も今迄と然程変わりありませんし……」


 「うーん」と唸り声が挙がる中、一人の男が連続して再生される動画に目が釘付けになっていた。

 それに気付いた議長が怪訝そうにたずねる。


苑麻そのまさん、何か思い当たる事でもありますか?」

「……天使化というのは、身体能力――つまりはスペックの向上もするのですか?」

「あ、はい! スペックの向上というよりは、元から備わっているスペックを全て引き出すようなイメージです。本来は劣化が早くなったり、エネルギー消耗が激しくかなりの制限を付けているのですが、これを見る限りアンゲルスに掛けられている制限が全て無力化されているのでしょう」

「ということはだ、これがアンゲルスの本来の姿――ということかね」

「……そうとも、言えるかもしれませんね」

「もしかしたらこれがあれば、他国への牽制になるんじゃないのかね?」

「それは……確かに……」


 皆がざわつき始めた。アンゲルスの矜持について様々な憶測おくそくや今後の在り方を検討する上での思考の整理でもしているのだろうか、ぼつぼつと独り言を漏らす者もいる。

 そんな中で懸念がある者が一人、研究員である松内が再び注目を集めるように席を立つ。


「し、しかし問題があります!

 彼らはこの状態を長く維持する事ができないのです……!」

「どういうことかね?」

「いや、それが普通なのかもしれませんぞ。元はアンゲルスの生存維持が脅かされると判っていたが故に制限を課しているのですからな!」

「そうです。ですが、それだけではありません! アンゲルスは生存をより長くする為に特殊合金によって内部構造ができているのですが、制限を付けなければ直ぐに爆発するようになっているのです!」

「ん? であれば、この状況はおかしくはないか? 実際彼女は天使化を五分程度維持したまま行動しているように見えるが」

「ええ……ですからこの天使化という状態は未知なのです。確かにイザベラの身体検査をした際には幾つか内部に破損が見つかったのですが、基幹部にはなんの損傷もありませんでした。あれほどエネルギー過多なスキルを使っているはずなのに、おかしいのです。

 つまり、天使化というのは単にアンゲルスから制限を取り除いた状態とは全く異なるのではないか、というのが我々の見解です!

 すみません、これは早く申し上げなければならない事でしたが……これも確証のあるものではないので今回はひかえるつもりでした……」

「ふむ……なかなかに興味深い事象のようだなこれは……」

「秘匿事項としたのはやはり正解だったかもしれませんよ、これを知ればアンゲルスが人の領域を超えるかもしれない」


 皆が頭を悩ます中で一人、遅れてやってきた車椅子に乗る青年がいた。


「彼が柴崎縁しばさきえん一等陸士、プリンセス・クローバー・イザベラの契約者マスターです」


 壮年そうな眼鏡を掛けたスーツ姿の男に紹介を受けて、縁が車椅子を押されて入室した。

 全員が全員厳格そうな面持ちで見やってくるので内心緊張で溢れていたが、縁は口の紐を結んで座り直した。


「重症と聞いていたが?」

「私は死んだと聞いていましたけど?」

「先日やっと目を覚ましたのですが、この場に来て頂くのが必要かと思い私が呼び出しました」


 縁を紹介したのは一堂斗鐘いちどうとがね。縁の上長に当る者で、彼をこの場に呼びだした張本人である。


「ふむ、キミがアレの契約者か」

「は、はい! このような恰好で申し訳ありません!」

「なにを言うんだ、キミ達はカーディナルの関係者からあの施設を守ってそうなったんだから謝ることじゃないよ」

「は、はい!」


 縁は緊張であまり話が入ってこないでいた。

 カーディナルとは、ここ最近国全土で話題にあがる犯罪集団である。彼らはアンゲルスを利用した犯罪を行う。これまで銀行強盗や輸出品の窃盗、更には殺しもやってきた。しかし、彼らの尻尾を掴んだ者は誰一人としていない。それもその犯罪にアンゲルスが関わっている裏付けの一つとされている。人間離れした身体能力で防犯カメラも意味を成さないのだ。

 よって、彼らの関係者を名乗った傀儡師を連行するのに助力した叶と縁は既に名誉勲章授与が決まっている。

 しかしそれは、縁が意識不明だったのと今回の問題がある為、先送りとなっていた。

 あの後、縁は緊急手術にて一命を取り留めることに成功したが、天使化したアンゲルスを野放しにしておくことはできず、叶は凍結処分となっている。

 その事実を縁はここで初めて知る事になった。


「イザベラが…………叶が凍結処分ですって!!?

 ど、どういうことなんですか! どうして叶が!! 彼女は僕を助けようとして戦っただけじゃないですか!!」


 縁は声を荒げて怒りの形相となった。腰から背中にかけて激痛を耐えるような仕草を見せるも、立ち上がろうと腕に力を入れる。

 それを諫めるべく一堂が駆け寄った。


「無理をしてはいけないよ、柴崎一等陸士」

「しかし……っ……天使化なんて意味の分からない事で彼女を凍結させるなんてどうかしてますよ! 彼女が誰かに危害を加えたわけでもないのに!!」

「それは皆も承知している。しかし、アンゲルスが未知の領域に入ろうとしているんだ、止めようとする彼らの主張も判って欲しい」

「わかるものですか! 僕は叶の味方なんだ、彼女を壊すつもりなら僕は――僕は世界だって敵に回してもいい!! アンゲルスとか人間とか関係ない、僕は叶の友達で仲間なんだ!!!

 っ――!!」


 縁は背中の激痛で立ち上がるのを止めざるを得なかった。苦しそうな声を漏らしながら座り直すのを一堂に「だから言ったんだ」と叱責される。


「柴崎縁一等陸士」


 議長席に座る白髪の際立った矍鑠かくしゃくとした老人に呼び掛けられた。


「はい……!」

「君ならばイザベラ――いや、妃叶きさきかなうを御しれるか!」

「御しる?」

「どうなんだ、できないのかね?」


 彼の軍人のような大きな気迫に縁は立ち向かうかのような構えを見せた。


「っ――御しるとか、僕と叶はそういうんじゃありません! 僕は叶を縛らない、彼女が付いていきたいと思えるそんなマスターになるんです!!

 僕の心はいつだってそうだった……僕が彼女を一人前のアンゲルスにしてみせる!! それだけは絶対だと言い切れますっ!!」


 縁の志の籠った宣言に議長席の男はニコリを微笑んだ。

 肩透かしを余儀なくされた彼の表情にこの場の全員が納得するように息を吐く。


「妃叶、プリンセス・クローバー・イザベラの凍結を即刻取り止めとし、アンゲルス養成学校へ柴崎縁一等陸士と共に戻らせます」

「え――?」

(叶の凍結が取り止め?)

「天使化についてはこの場での結論は出かねる為、次回の議会にまで各々提案を議論しここへ提出するようお願いします。

 以上、解散です」


 縁は一人困惑していた。どういった経緯でそれが決まったのか不明のままだが、縁の車椅子を押していた女性によって質問をする余裕もなく部屋を退室させられた。



◇◇◇



 次の日、叶は縁の病室に現れた。

 縁が背中を気遣うように横向きに寝かされており、扉を開けて直ぐに叶がお見舞いに来たのが判った。

 入室して直ぐに言葉を失う叶に対し、縁は出来る限り素早く身体を起こした。

 互いに口を開かなかったが、叶がそのまま歩み寄ってくるので安堵するような笑みを浮かべた。

 凍結処分と聞かされていたが、次の日に直ぐ彼女のなんともない姿を見れたのが第一に嬉しかった。

 叶もまた、縁が重症と聞かされていたのでここに来るまで不安を背負っていたが、彼の笑った姿を見れたがゆえに言葉を失っていた。

 暫時無言の時が流れたが、居たたまれなくなった縁が先に切り出す。


「良かった……」

「なにが良かった、よ……。あんた、死んだと思ったんだよ?」

「ごめん……一応、生きてる」


 縁はにへらと無理矢理笑みを綻ばせたが、その笑みが叶は涙を流しながら更に近づいた。

 拳を構えたが、彼の状態を労わって叩くことを止める。

 縁は首を傾げ、叶は彼の手を握った。


「心配……したんだから……」

「君が助けてくれたんだろ。君のおかげで――」

「違う! 助けてもらったのはあたしの方! 目の前で固まってしまったあたしをあんたが庇ってくれたのよ!!」

「そ、そうだったっけ……?」


 叶は、優しく縁を抱き寄せた。

 驚きを見せる縁の肩に叶は涙を落としている。

 縁は困惑して言葉を失っていたが、叶が泣いていることに気付いて溜息をついた。


「なに泣いているんだよ? まあでも、僕も君が無事か気が気でなかったし、お互い様なのかな」

「なによ……あたしの方がずっと、ずっとずっとずっと心配だったんだから! あんたの最後を見た時、本当に死んだと思った。あんな状態で生きている方が不自然なくらいなのに」

「確かにそうかもだね……。だけど、僕はこうしてまたキミの契約者になれるチャンスを貰った。必ず回復してみせるから、また僕と契約して欲しい。

 って、別に契約破棄された訳じゃないけど……これからも僕と一緒にまた歩いてくれないかな?」


 縁が恥ずかしそうにそう言うと、叶は涙を拭って目を合わせた。


「なに、言ってんの……。言ったじゃない、あたしの契約者マスターはあんただけだって!!」

「よかった……」

「なに腑抜けた顔してんの!」


 叶は縁の両頬を引っ張り、入念に引き延ばしする。縁が白旗を振ろうともむしろ面白がるようにして続けた。


「や、叶、ちょ……ひたいっへ……!」

「あたしを心配させた罰よ、これくらいで済んでよかったわね! あたしに感謝なさい!」

「ひょ、ひょれはないよ〰〰〰〰」

「あははははは!!」


 縁の情けない悲鳴が病室内に響いた。と同時に魔女のような笑い声も病室から漏れだしており、周辺の患者達にあらぬ噂を立てられてしまう事となるのであった。



 かくして二人は縁のリハビリが好調でアンゲルス養成校に戻ることとなった。

 今回の騒動で学校側は縁と叶に特別罰則は与えなかったが、他の目は今迄とは違った見方となる。

 まだ学生の身でありながら犯罪を犯そうとしていた者を捕まえる手伝いをした。それも、カーディナルと繋がる大物をともなれば否が応でも目を引くこととなった。

 以前のBランクの身でAランクであるハーレクインに惜しくも勝てなかった試合、そして今回の事件。二つも名前が挙がる事となり、警戒心の強いアンゲルスとその契約者は他よりも一心に二人を警戒するようになる。それは二年生だけでなく、一年生からもであった。

 また――計画を妨げられたカーディナルも同様であった。

 今回の事件が後に学校をも巻き込む嵐のきっかけとなる。

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