2-2
2-2.容疑者候補
豪の言った通り迅はトイレに行っていたようで、用を済ませた彼は昇降口で俺と豪のことを待っていた。
「トイレだったら言ってくれよ。急に走って行かれたら何事かって思うだろ」
「悪い。尿意で頭がいっぱいだったんだ」
どうしてこんな奴が、人の好意に気づけるのだろうか。豪も同じことを思ったのか二人で一緒に首を傾げる。迅は俺たちの行動の意味が分からなかったのか、後ろを振り向いていた。別にお前の背後を覗き込んでいたわけじゃねーぞ。
そんなやりとりもありつつ、俺たちは教室へと向かう。本来俺たちは二年三組なので、二年三組の教室へと向かうのだが、今日は夏期講習なので場所が違う。自分たちの教室がある二階を通り過ぎて三階へと上がった。
木造の廊下を軋ませながら三人で歩く。我が校の歴史は古く、開校は明治まで遡る。この校舎も昭和初期に建設されたもので、それ相応の時を刻んでいるものの、今も尚我々の学び舎として使用されており、国の登録有形文化財に指定されるほどに、その価値と美しさが評価されている。
そんな歴史と趣のある廊下を通って、俺たち三人は夏期講習が行われる二年八組の教室の前に立ち、後方のドアへと手を掛けた。
ドアを開けると、蒸し暑い外の空気とは大違いのひんやりした空気が流れ込んできた。その空気に命の息吹を感じながら、三人で地獄から天国へと足を踏み入れる。
「あ、おはよう。皆」
「おっはー」
すると、教卓から見て左後方の席に横並びで座っていた女子二人に声をかけられた。
「うっす」
俺は小さく頷きながら二人に軽く挨拶を返す。
「おはよう」
「はよーっす」
迅と豪も銘々に挨拶を返していた。
彼女らが何者なのかを説明すると、散々言ってきた、俺の仲の良い三人の女子のうちの二人であり、何を隠そう今回の事件の容疑者である。
パッと花が咲いたような笑顔を浮かべながら、小さく胸の前で手を振っている彼女の名前は華村悠那。ふんわりとしたショートボブの髪型をしており、幼い顔立ちと下がった目尻は人懐っこさを感じさせる。常に笑顔で、ほんわかした雰囲気をいつも振りまいており、彼女の笑顔を目にした者は、たちまち負の感情が抑えられていくと言われている。守りたくなる癒やし系女子として、クラスだけじゃなく学年に渡って人気のある女子だ。
もう一人の、穏やかに微笑んでいる彼女の名前は一花紗月。若干ウェーブの効いたセミロングの髪型で、ナチュラルめのメイクと切れ長の目、短いスカートから伸びたスラッとした長い脚が相まって、大人っぽい雰囲気が醸し出されている。小柄で華奢な悠那とは違って、言葉を選ばずに言うとエロい体をしており、出るところはしっかり出ていて引き締まるところはちゃんと引き締まっている。本人もそういう目で見られることは自覚しており、わざと男の部分をかき立てるような言動が多いことから、小悪魔なお姉さん的な感じで、悠那同様学年を通して有名な女子だ。
そんなマドンナ二人の前の席に男三人は陣取った。紗月の前に俺、その前に迅、その左に豪といった配置。俺の左隣の席は空席だった。荷物を机の上に置きながらチラッとその席を一瞥すると、俺は女性陣の方へと向き直り、
「何か一人足りなくね?」
と問いかけた。
俺が仲の良い女子は三人いる。つまり悠那と紗月に加えてもう一人存在するのだ。
いつもその足りない一人を含めた三人で紗月たちは行動している。だからてっきり今日も三人で登校してきているのかと思っていたのだが、教室を見渡してもその足りない一人の姿は見つからなかった。
「朝起きてすぐにメッセージを送ったんだけど、まだ返ってきてないの」
「あんたたちと一緒に来るのかと思ってた」
悠那が彼女とのトーク画面を見せてくれるが、一時間以上前に悠那から送られたメッセージには既読マークがまだ付いていない。どうやら二人にも彼女の所在は分からないようだ。
とはいえ、メッセージがまだ返ってきていないこの状況から察するに、寝坊でもしているのだろう。もしまだ家で寝息を立てているのなら、彼女は遅刻確定だ。
電話でもかけてやろうかと思っていると、勢いよく後方のドアが開け放たれた。音がした方向に俺たちだけじゃなく、教室にいた全員の視線が集まる。しかしそんな注目などどこ吹く風でといった様子で、女子が一人入ってきた。
噂をすればなんとやら。彼女は俺が仲の良い三人目の女子だった。
「セーフ。もうちょっとで遅刻するところだったー」
周囲の様子など気にせずに、そう独り言を呟くと、肩で息をしながら額の汗を拭っている。どうやら走って来たようだ。
「おはよう。綾乃」
「危なかったわねー」
「えへへ。目覚ましはちゃんと鳴ってたんだけど、私の睡魔には勝てなかったみたいで」
「まるで目覚ましの方が悪いみたいな言い方だな」
照れた様子ではにかんでいる彼女の名前は乾綾乃。綺麗な黒髪は後頭部でゴムで纏められ、ポニーテールが可愛らしく揺れている。表情にはあどけなさが残り、夏服とスカートから伸びる健康的に引き締まった手脚、学校指定の鞄をリュックのように背負った姿からは彼女の活発さが窺える。天真爛漫な性格の持ち主で、どんな状況でも細かいことは気にせずに、明るく元気に振る舞うことから、一部の人からは「畝美の天使」と称されているとかいないとか。言わずもがな彼女も人気者だ。
綾乃は鞄を机に置いて椅子に腰かけると、隣に座った俺の方を見て、不満そうに唇を突き出した。
「もう律希ー。なんで起こしてくれないのよー」
「なんで俺がお前のためにわざわざモーニングコールしなくちゃいけないんだ」
「どうせ学校行くとき私んちの前通るんだから良いじゃん」
「通るだけで、お前を起こすことには別に繋がらないだろ」
「ちょっと家のインターホン押して、私の部屋まで来て、体揺すってくれるだけで良いのに。それか律希の部屋から窓開けておはようって叫んでくれても良いよ。前みたいにさ」
「もう俺たち高校生なんだぞ。そんな恥ずかしいことできないし、させるな」
俺が一切首を縦に振らないのを見て、綾乃はブーブー唸っている。昔から変わらない子供っぽいその仕草を見ながら俺は溜息を吐いた。
会話からも感じ取ってもらえたかもしれないが、俺と綾乃は高校からではなく、昔からの知り合いである。家が隣同士ということもあって、小さいときからよく一緒に遊んだりしており、いわゆる幼なじみである。
彼女が言っていた通り、昔はよく、朝が弱い綾乃のことを起こしに行ったりしていたが、それも小学生や中学生の時の話。高校生になってからは一度も綾乃の部屋に入ったことはない。
別にこれは俺たちの仲が悪くなったわけではない。見てもらった通り普通に会話はするし、いつもこの六人で連んでいることが多いので、一緒にいる時間は昔と比べてさほど変わらない。
それ以外の部分で問題があるのだ。
「彼氏がいるなかで、律希君に朝起こしてもらうっていうのはどうなのかなー……」
「そういうこと」
悠那が苦笑いを浮かべながら遠慮がちに話に入ってきてくれる。俺が思っていたことをそっくりそのまま代弁してくれたので、俺は即座に深く同意した。
悠那が言ってくれたように、綾乃には付き合っている彼氏がいる。そしてそれは俺ではない。彼氏の存在を差し置いて、男である俺に朝起こさせるというのは、彼氏からすれば気分の良い話ではないはずだ。どう考えてもその役は俺ではなく、彼氏に担ってもらうのが適切だろう。
しかし俺たちが言ったことを理解しつつも納得がいかないのか、綾乃は頬を膨らましていた。
「そんなの律希は別じゃーん。私たち家族みたいなもんなんだしさー」
「お前みたいなペットを飼っていた覚えはない」
「ひどっ! せめて妹とかにしてよ」
「残念ながら住ヶ谷家の妹の席は既に埋まってるんだ」
「じゃあお姉ちゃんだね。よく考えたら律希のお世話することの方が多かったし」
「朝起こしてもらおうとしてる奴が何言ってんだ」
呆れ顔でそう言ったのだが、綾乃はなぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。彼女の中では討論に勝ったつもりでいるらしい。
もう反論するのも面倒になった俺は、投げやりな態度で鞄の整理を始めた。
「そんなに起こしてほしいんだったら、迅に許可を貰わなきゃねー」
戦うことを諦めた俺の代わりに、紗月がカバーしてくれる。そこで彼女は迅の名前を出した。
「ん? 何だ?」
さっきまでボーッとしながら席に座っていた迅は、急に名前を呼ばれて、訳も分からずといった感じで振り返る。
確かにタイミング的には突然ではあったが、ここで迅の名前が出るのは自然な流れではあった。
というのも、綾乃の彼氏というのは迅のことを指すからである。
遡ること一年の三学期末。当時何も知らなかった俺たち四人と件の二人は、いつも通り昼休みにダラダラと駄弁っていた。
そこに何の前触れもなく、衝撃の爆弾が迅の口から発射された。
「そういえば、俺と綾乃、付き合うことになったから」
突然の告白に事態が飲み込めず、沈黙する四人。照れた様子で後頭部をガシガシと搔いている綾乃。そしてなんで俺たちが黙っているのか分からないといった、キョトンとした表情で首を傾げている迅。その混沌とした光景が印象的すぎて、昨日のことのように覚えている。
その報告以降はなんとなく気まずく、無駄に二人に気を遣ったりして、ぎこちない空気が流れることも多々あったが、気付けば元通りの雰囲気に戻っていた。二人が特に普段の生活に変化を見せなかったことが大きいだろう。
たまに俺たちの知らないところで、二人でとこかへと出掛けたりしているらしいが、ほとんどの時間を、俺たちを含めた六人で過ごしている。二人が付き合っているという感覚は、普段の生活ではあまり感じないものになっていた。
しかしそれとこれとでは話は別である。何の説明もないままでは、迅のことを深く傷つけてしまうかもしれない。
「他の男を部屋に入れるんだったら、ちゃんと彼氏には説明しとかないと。ね?」
窘めるような口調で紗月が綾乃に口を挟む。綾乃は渋々といった顔で、状況が理解できていない迅に水を向けた。
「迅は私と律希が仲良かったら嫌?」
わざと真芯を避けて話を振る綾乃。迅は質問の意図が分からなかったようで、不思議そうに眉根を寄せていた。
「元々お前たちは仲良いだろ。それに友人と彼女が仲良いのは俺としては歓迎することだけど」
「だよね! じゃあ律希が私の家に朝起こしに来るくらいじゃあ何とも思わないよね?」
「おい待て。その流れはセコいだろ」
マズい雰囲気を感じ取った俺はすかさず待ったをかける。天然でどこまでも真っ直ぐなこの男にそういう聞き方をすれば、俺が綾乃を起こしに行くことをただの仲良しイベントとして捉えてしまうのは目に見えている。
綾乃は迅の恋愛感情を上手いこと刺激しないように巧に言葉を選んでいた。顔面には不気味で作り物のような笑顔が貼り付けられている。
「迅、落ち着け。考え直せ」
このままでは正式に彼氏から許可が下りてしまう。危機感で焦っていた俺は取りあえず無意味な言葉を捻り出した。
しかし、そんな俺の姿を余所に、迅は何気なく答えた。
「別に構わないけど、朝起こすくらいなら律希に頼まなくても俺がやるぞ」
「へ?」
迅の回答が想定外だったのか、綾乃は間抜けな表情で間抜けな声を上げる。それに負けないくらい俺たちも狐につままれたような表情をしていた。
「朝起こすくらいなら俺がやるぞ?」
俺たちの表情を見て、意味が伝わらなかったと勘違いしたのか、迅が全く同じ内容を口にする。残念ながら意味だけは十分に伝わっていたので、改めてその男気に俺たちは打ちのめされた。
「で、でも、迅は逆走になっちゃうじゃん。面倒くさいでしょ?」
何とはなしに手元をいじりながら上目遣いで迅に問う綾乃。照れを隠しきれておらず頬は首元のネクタイと同じくらい赤くなっていた。
迅は電車通学なので千船駅で下車する。千船駅は俺や綾乃の家と学校の間にあるので、迅は綾乃の家に行こうとすれば学校までの道を逆走することになるのだ。
綾乃の言う通りそれは面倒くさいことだろう。ただでさえこの辺に住んでいない迅は、朝の通勤通学ラッシュに揉まれながら、椅子にも座れずに長い間電車に揺られてきているのだ。そこからわざわざ学校から遠ざかる道を選ぶというのは、相当な男気が必要になるだろう。
迅といえどもそこまではどうだろうかと思っていたが、迅は涼しい顔で特に考え込むこともなく答えた。
「別に綾乃のためならそれくらいどうってことないけど?」
「……お前、まじでカッコいいのな」
「俺ってカッコいいのか?」
「ああ。普通だったらカッコ良すぎて言えないようなことを恥ずかしげもなくはっきり口にできるところ。俺は良いと思うぞ」
「ん? そうか? ありがとう」
半分くらい理解できていないような反応を見せながら、迅は感謝を述べる。彼の男気は俺の頭じゃ計り知れない大きさだったようだ。
迅からの強烈な一発を浴びた綾乃は照れが頂点に達して、頭から煙を吹き出している。
「じゃ、じゃあ、迅に起こしてもらおうっかなあ」
「ああ。八時くらいに行けば良いのか? 女子ならもうちょっと早い方が良いか。最低七時とかか?」
「う、うん。でもそんな毎日じゃなくて良いよ? 申し訳ないし」
「そうなのか? 別に遠慮しなくても良いぞ。俺はお前の彼氏だからな」
「うん。お、おっけー……」
最終的に綾乃は迅の男気に押しつぶされて、俯いてしまった。
「綾乃、大丈夫?」
悠那が苦笑いで気遣わしげに声をかける。綾乃はそれに、手を震わせながらもなんとか親指を立てて応えていた。
普段奔放に振る舞っていることの多い綾乃が、ここまでペースを乱されている姿は珍しい。やはり天然に勝てる人間はいない。実際迅の方は何事もなかったかのように前を向いていた。
いつも綾乃に振り回されてばかりだった俺は、そんな綾乃の姿が見られたことに満足しながらも、危機的状況を回避できたことに安堵していた。
元はと言えば俺が綾乃を起こすという話だった。迅が取って代わってくれたおかげで俺の面倒な朝のタスクが減った。俺としては大助かりな結果である。
俺の平穏な朝が守られたことに気をよくしていると、俺の背後から意地が悪そうな声がした。
「じゃあ綾乃の代わりに私が律希に起こしてもらおうかなー」
声のした方を一瞥すると、紗月が机に肘をついて顎を手で支えながらニヤリと蠱惑的な笑みを浮かべていた。
俺は特に感情の動きがないようなふりをして、視線を前へと戻す。
「紗月は遅刻するようなタイプじゃないだろ。いつも化粧やら何やらのためにバカみたいに早起きしてるくせに」
「えー? なんで律希が私の朝の事情を知ってるの? ストーカー?」
「違う。この前お前が聞いてもないのに俺に教えてきたんだろ」
「えー? そうだったっけ?」
声のトーンは疑問形だったが、顔は楽しそうに笑っていた。絶対に分かっているのに惚けたふりをしている。俺は彼女の適当な返事と鬱陶しい態度に溜息を吐いた。
また始まった。いつも紗月はこうして俺を弄んで、俺の反応を見ながら一人で悦に入っている。面倒なら無視すれば良いだけの話だが、俺は毎回彼女の遊びに付き合っていた。
「じゃあ逆に私が律希のこと起こしに行ってあげようか?」
「我が家には優秀な目覚まし時計が置いてあるんだ。お前の力を借りる必要はない」
「じゃあおはようメールにする?」
「じゃあの意味が分からないんだけど」
「もれなく私の朝の写真付き」
「ただでさえいらないのに余計な特典付けるな」
「寝起きだからパジャマはだけちゃってるかもよ?」
「その写真、SNSで拡散して、お前をお嫁に行けなくしてやっても良いんだぞ」
「そのときは律希が私のこと拾ってね?」
ダメだ。無敵すぎる。埒が明かない。
このままだと本当に送ってきそうなので、俺はわざとらしく話題を逸らした。
「ところでさっきから豪は何やってるんだ?」
俺はそう言いながら左前の席に目を向ける。それと同時に皆も豪の方を見た。
教室に入ったときから、一切こっちの会話には加わらずに、黙々と自分の机で何かしらの作業をしている。普通ならどんな話題にも積極的に顔を突っ込んでいくのが豪なので、それとは真逆の今の姿を見て、俺はずっと違和感を抱いていた。
俺からの問いかけに豪は振り返ることもなく答える。
「夏休みの宿題。お前らがしょうもないおしゃべりに興じている間に、俺との差はどんどん広まっていっているってわけ」
なぜか鼻につく挑発のような言葉を口にする豪。しかし彼の強気な姿勢は一瞬にして剥がれ落ちた。
「ちなみに豪はどれだけ宿題進めたんだ?」
「今日初めて手を付けた」
「うん。差を広めてるんじゃなくて縮めてるって言った方が正しいな」
「律希ー。一生のお願いだからちょっと手伝ってくれよー」
涙を流しながら俺に縋ってくる豪を適当にあしらっていると、学校のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「うーっす。始めるぞー」
若干気怠そうな教師の声が教室に響き渡る。せっかくの夏休みなのに授業をしなければならないというのは、教師からしても少しかったるい部分があるのかもしれない。
そんな先生の声を聞いて、周りが各々授業を受ける体制を整え始めた。俺もそれに倣ってノートを広げたり筆箱から筆記用具を取り出したりしながら、全く授業とは関係のない別のことを考えていた。
今朝の女性陣三人の雰囲気。何一つおかしなところはなく、いつも通りの三人だった。
明るく元気に振る舞いながらも、最後は迅に翻弄されていた綾乃。
周りに気を配りつつ、たまにツッコミを入れたりしながらも笑顔を絶やさない悠那。
俺にちょっかいをかけたり冗談を言ったりしながら反応を楽しんでいる紗月。
彼女たちの仕草や反応、言動などを注意深く観察していたつもりだったが、誰のどこにも違和感を抱くことなく、ここまできてしまった。
改めて言うと、俺はこの綾乃、悠那、紗月の中に犯人が潜んでいると考えている。もしこの推測が正しければ、何かしらの形で変化が現れると思っていた。何しろ昨日告白した相手とこうして相対しているのだ。少しくらい動揺が現れてもおかしくはない。
しかし今のところ、そうはなっていない。犯人は簡単に尻尾を掴ませる気がないのか、ただ俺が鈍感なだけで変化に気づけていないだけなのか、はたまたこの三人の中に犯人はいないのか。
まだ今日は顔を合わせてから数分しか経っていないので、どうにも判断はつかない。このまま継続して観察は続けていこう。そう決意を固めて、俺は俯いていた顔を上げた。
「じゃあ住ヶ谷、ここ分かるか?」
「すいません。聞いてませんでした」