8話 カザナ、怒る!5
次の日からのメイドとしての重労働にカザナは悲鳴を上げそうになった。まず、朝が早い。6時半起床だ。サマセット離宮のオスカーの居住区域を掃除する。エルサとカザナで分担して作業した。以前は4、5人メイドがいたがオスカーに追い出されるか悪戯に耐え切れず辞めていったらしい。8時に使用人ホールで朝食を取り、9時にはオスカーの寝室や空いている各部屋やバスルームを掃除する。13時にお昼を取り、今度は銀食器や食器を磨く。それが終わるとお茶をする。また、寝室に熱湯を配り、残りの作業を行った。
それでもサマセット離宮の仕えるべき主人がオスカー第二王子だけだから楽だとエルサは、笑っている。シルフィードの魔法家電のお陰で家事も楽をしていたのだと、カザナは思い知らされた。ウィル神界では、魔法家電は使えない。ほうきとちりとりと、モップ、雑巾で掃除を行うのだ。
初日カザナは、筋肉痛になった。身体の節々が痛くて、起き上がれない。今までいかに自分が恵まれていたか、実感する。ウィル神族の労働者階級出身のエルサは、平気で軽々と作業していく。カザナも必死に作業するが、スピードが違うのだ。
「エルサはすごいわ。私、今まで天空界で家事をやる時は魔法家電を使っていたから楽していたの」
お茶の時間に紅茶を飲みながら、天空界についてエルサに聞かれるのでカザナは答える。
「魔法家電?」
「氷室の役割をする冷蔵庫とか、ちりとりとほうきの役目をする掃除機とか。そのお陰で家事は1/3の時間に短縮されてるわ」
ため息を吐きながら、そうカザナが話すとエルサが目を輝かせる。
「すご~い。天空界ってウィル神界より文明がかなり進んでいると聞いていたけどそんなに違うのね!」
「うん……。でも手作業でやる方がきちんと作業されている気がする。こんな風にきちんと仕事をしたの始めてかも。喉乾いたわ」
くいっとカザナが、紅茶を飲み干す。その仕草にエルサがぷっと噴き出した。
「ん? なに?」
不思議そうにカザナが首を傾げる。
「アンってば、さっきまで仕草が上流階級みたいでびっくりしたと思ってたのよ。でも、天空界の普通の子なのねぇ。紅茶の飲み方が豪快よ!」
エルサは、カザナをメイド仲間と認めてくれた。その日からエルサにメイドとしてのノウハウを叩き込まれ、メイドとして仕事を覚えていった。
それと同時にカザナは、王女としての自分とは違う、メイドでモブなアンの演じ方を覚えていく。そして、魔法で自分の空気を変えた。どうやら生まれつき、王族の自分は雰囲気や振る舞い方が中流階級、または労働者階級と違うらしいと今更カザナは気付いたのだ。
自分でもその辺りが鈍感すぎるとカザナは、頭が痛くなった。
(最初のころ、家令のロバートさんに上流階級と間違われたのが痛い……。私って世間知らずだったんだ……)
家令のロバートには、今も不審そうに見られている。
中流階級ではなく、上流階級と疑っているのだ。
自分の頓珍漢っぷりにカザナは、頭を抱えた。
さぞかし、言い換えれば、珍妙なメイドだったのだろう。
カザナは、生まれも育ちも王族。そして、シルフィード国では、ゲイコミニティに所属している二人の義理の父親に育てられた。価値観自体がずれているのだ。考えてみれば、シルフィード国でもカザナってユニークだねとよく同級生に言われた。
(あれは、誉め言葉でなくてけなされていたんだ!)
今更カザナは気づいた。腹が立って仕方がない。
しかも相手は、違う空の下。怒っても無理だ。
「ああ……。怒っても仕方ないか……。今日の夕飯はなんだろう」
水の入ったバケツを下げてカザナは、とぼとぼと歩く。
その瞬間、バケツからこぼれて水浸しになった床へ見事にすっ転ぶ。
ばっとカザナは、立ち上がり逃げようとするオスカーを捕まえる。
「私に足を引っかけたのはオスカー様ですね!」
今までもオスカーに足を引っかけられて、メイド服を駄目にしてしまった。
現場を押さえないと、主人であるオスカーは怒られないだろう。
数々のオスカーの悪戯にカザナは悩まされていた。
切れていつ辞めてやろうかと思ったこともあったが、ヒカルとの約束があるのとオスカーへの意地でメイドの仕事を続けていた。
「今まで私の部屋に生まれたばかりのバッタの子どもたちを置き去りにしたり、まあたくさんの悪戯を……」
家令のロバートに絞って貰わねばと、オスカーの首根っこを掴む。
どれだけくだらない悪戯を自分に仕掛けてくるんだとカザナは、一方で感心していた。
「アン! 離せ! お前は使用人だ! 僕にこんな態度を取るのが許されると思っているのか!」
どこまでも傲慢で我儘な王子様だと、カザナは呆れ果る。
抵抗するオスカーを引っ張って、ずるずるとカザナは家令の控える部屋に足を急がせた。
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