7話 カザナ、怒る!4
カザナは、王国を追い出されてから自分が王女であることは忘れるように努めてきた。
だけど。
オスカー=ウィル=カーライル第二王子に蛇を投げつけられて、カザナの王女としての矜持が蘇る。
シルフィーディア王家の女王となるべく育てられた、正当なる血筋の王女としての誇りと風の杖の神器に認められた名誉。
かつての自分が持っていたもの。
『カザナ、今まであんたは、王女としての生活をしていたわ。これからは、メイドのアンになりきるのよ。王族の人生の真ん中にいる人間とは違う、言わば脇役、モブとして生きるのよ!』
義父ソウの言葉が脳裏によぎる。自分はヒカルとソウに、オスカー王子に仕えると約束したのだ。
義父の言葉を思い出して、カザナはぐっと怒りを堪える。
そう、自分はオスカーの母親ヒカルからの願いを受けて、離宮に来たのだ。
警護の役目もある、その役割を投げていいものか。
カザナは、今は怒りを抑えてオスカー王子に仕えようと決意する。
しかし、カザナは自分がいるみすぼらしい部屋である、恐らく屋根裏部屋であろう一室を居心地悪く感じた。
部屋自体は、綺麗に整理整頓されているし、掃除も行き届いている。
しかし、王女であったカザナは、このような狭い空間に身を置いたことがなかったのだ。
「あの~。ここは誰の部屋ですか?」
目の前の穏やかそうな老人にカザナは声をかけた。
「ああ。アン=ジョーンズさん、あなたの部屋だよ」
「は?」
固まったカザナに老人が心配そうに見つめてくる。
「どうなさった?」
「いえ。私、天空界では中流階級の出なもので、このようなリノリウムの床と質素、いいえ。シンプルな家具は見たことなくて……」
出来るだけ失礼のないように振る舞うカザナに、老人がふっとカザナを嘲るように笑う。
「アンさん。あんたは、天空界で中流階級のお嬢様だったかしれないが、ここではただのメイドだ。メイドは、ウィル神界では労働階級で、サマセット離宮ではこのような部屋を割り当てられるものさ」
世間知らずだと暗に言われた気がして、カザナは羞恥心から頬を紅潮させた。
「なるほど、天空界ではお育ちのいい中流階級のお嬢様だったんだな。あんたは素直で優しい物言いをする」
誉められたのはけなされたのかわからない言い方をされて、カザナは戸惑う。
だが、とりあえずお礼を口にする。
「ありがとうございます」
「誉めてはないさ」
「それでも素直で優しいとは、私は誉め言葉だと思います」
はっきりと自己主張をするカザナに老人は驚いて、目を見開く。
その瞳は優しい新緑色の色合いに満ちていた。
「改めてありがとうございます。ウィル神界の常識を教えて下さって」
「おやおや。あんたは、ヒカルさまの義母上のご友人の娘さんと聞いた。本当は上流階級の教育を受けてないかね?」
老人は、カザナを値踏みするような視線を送ってくる。
カザナは、驚愕するがそれを冷静な顔の下に隠して振る舞う。
「天空界では、教育が15歳まで義務付けられています。大体の子どもが、自分の意見も言えるようにトレーニングを受けています。私はごく普通の学生でしたけど? こんな屋根裏部屋も素敵! きちんと掃除したらそうね、秘密基地みたい!」
にっこりと微笑んでやり返す。
屋根裏部屋をどう掃除しようかと、悩む少女はたくましくて、強い。
どこからどうみても上流階級のお嬢様には見えない。
(気のせいか……)
アンにオスカー王子のような上流階級の匂いを感じた老人、こと家令のロバートは、首を振った。
(ふ~。危ない危ない)
カザナは、汗をたらたらかいていた。
ヒカルとの約束を守り、オスカー王子を守り切らないといけない。
その為には、自分が王女であることは隠し続けねば。
(モブ、モブ……)
カザナは、ソウの言葉をお守りのように心の中で唱えた。
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