6話 カザナ、怒る!3
サマセット離宮は、湖に面した美しいウィル王家所有の夏の間の避暑に使われている。とんがり屋根の塔が何本もそびえる、おとぎ話のようなメルヘンチックな外観。海を望む城の前には緑の手入れが行き届いた庭園。
「綺麗なお城……」
青の美しい外観を持つウィル城といい、ウィル王家は裕福なのだろう。小さいが裕福なシルフィーディア王家出身の自分から見てもウィル王家は、かなりの資産家だ。自然を司る四王家を取り纏める王家なのだから。自分がこれから仕えるオスカー第二王子は、そのウィル王家の二人しかいない王子の一人だ。自然とカザナは緊張してきた。
「アンさん?」
ナンシーに代わりオスカー付きのメイド、エルサが案内してくれている。震えたカザナを不思議に思ったエルサがカザナの偽名で問いかけてくる。カザナはエルサに顔を上げて、微笑みかける。
「こんな大きな王家の王子様にお仕えするんだと思うと、今更緊張して……」
天空界の天使の少女がウィル王家に恐れを抱くのだから、ウィル神族のエルサは悪い気はしない。
「まあ……。天空界の天使でもそう思う?」
「はい……。天空界の2つの王家は裕福ですが、小さな王家ですので。このような大きなお城をいくつも所有してはいません。このような豊かな王家出身の方、オスカー王子はどんな方なのでしょう」
天空界出身の天使なのに、ごくふつうの見た目だ。鼻に散らばったそばかすが印象的な愛嬌のある笑顔の少女に、エルサは親しみを感じた。
「……」
一瞬、エルサはに黙り込む。
「エルサさん?」
カザナが首を傾げる。
自慢のオスカー王子を天使の少女にどう説明しようかと、エルサはわくわくした。
「そうねえ……。オスカー第二王子様は、美丈夫で知られているウィル王リチャード様によく似た顔立ちのだけど可愛らしい王子様よ。人懐っこくていらっしゃるし」
「まあ! そうなの?」
これからお仕えするエルサの主のオスカー王子の様子を伺い嬉しそうにされて、自然と顔が綻んでくる。だからついエルサは口が軽くなった。
「でもオスカー王子は、蛙が苦手なのよ。それも緑の蛙がね! そんなところも可愛らしく思える王子様なのよ」
カザナにエルサは胸を張って宣言する。
(か、蛙と可愛いは何の関係が?)
カザナは思わずこれからのことを案じた。
だが、オスカー王子に会ったカザナは同じことを感じざるを得なかった。
こんこんとエルサが離宮の中の一室の扉をノックする。
「はいれ」
まだ声変りを迎える前の高い少年独特の声音がする。
日当たりのいい一室だった。きらきらした海が窓から覗いていた。
少年は、ラウンジスーツで猫足の椅子に座っていた。
本を一心に読んでいる。
「その、オスカー様。王妃様のお知り合い筋からの行儀見習いの少女です」
「顔を上げろ」
カザナの焦げ茶色の瞳と少年の濃い純粋な紫の瞳が出逢う。
漆黒の短髪にウィル王家の王子のみが持つ濃い純粋な紫の双眸が印象的だった。中性的な可愛らしい顔立ち、すらりとした体つきの少年。気品のある美少年だ。
(か、可愛い……)
周囲が美貌の主だらけのカザナでも見入る程の美貌。
その美貌がちらりとカザナを一瞥する。
すっと何かをカザナに投げたのだ。
(……へ?)
カザナの思考が止まる。投げつけられたのは、緑色のうねうねした物体だ。
思わず、カザナはそれを掴んだ。
にゅるにゅると蠢くそれは緑色の蛇だった。
カザナは、衝撃のあまり意識を失った。
ひんやりとした物が額に当てられて、カザナは目を覚ました。
「あ! 目を覚ましたかい」
人のよさそうな年配の男性だ。白髪が目立つのは、相当苦労をしてきたのだろうか。
「は、はい……」
カザナが身体を起こそうとする。それを制止するように男性は、手を向けてくる。
「もう少し寝てなさい。あなたはショックで気絶してから半日は寝ていたのだから」
「気絶! 蛇を投げつけられてから?」
カザナは、オスカーにされたことを自分で口にして更に腹が立ってきた。
(あんの似非美少年が~!)
見た目だけは、気品のある美少年だが中身は相当えげつない。
同じく見た目は愛くるしく、大人しいが負けず嫌いなカザナと似た人種かも知れない。
(よくも! このシルフィーディア王家の王女の私に!)
男性がいなかったらカザナは枕を蹴っ飛ばしていたろう。王妃からの直接依頼の潜入捜査であることをこの時カザナは綺麗さっぱり忘れていた。今、カザナの頭にあるのはオスカーへの復讐の二文字だけだった。
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