5話 カザナ、怒る!2
「そう、そうよね……。リチャードさんは、オスカーを守ろうと事情も説明せずに、離宮へ閉じ込めたから。オスカーは、そりゃあ怒るわよね」
悲し気な声でヒカルは呟き、自分の中の感情を切り替えるようにカザナに向き直る。
「カザナちゃん、お願いがあるの」
「お願い……?」
カザナが不思議そうに首を傾げると、ヒカルが悲し気な表情で頷いて、柔らかな白い手をカザナの手に重ねてぎゅっと握る。
「私たちは、オスカーの家族なのに近くにいてあげられないの。あの子は私たちの血を分けた子どもなのに……。それは私たちが王族だから。ソウ先輩からカザナちゃんの過去を聞いて、オスカーに共感して接してくれると思ったの。後ね、オスカーを狙う西の魔王は一度ウィル王であるリチャードさんと私が倒したのよ。それが人の悪い念を食らって復活したの。普通のウィル神族や天空族では、西の魔王に身体を乗っ取られかねないわ。だから……オスカーと同世代の神器使いを配置したかったの」
普段は、依頼人から依頼した経緯など聞かされないカザナは驚愕した。
「あ、あの……そんな裏の事情を私に話していいんですか?」
戸惑いを隠しきれないそんな表情でカザナは、ヒカルの青の双眸を覗き込む。ヒカルの青の瞳は真剣で。
「いいの……。カザナちゃんは風の王族でたくさん苦労してやっとソウ先輩のところで幸せになれて、苦労をいっぱい知っているから。オスカーの味方になってくれると信じているわ。会いたいという感情で私たち家族がオスカーの下にいけば、オスカーの居場所が西の魔王にばれてしまう。お願い、オスカーの味方になって」
青の瞳から真珠の如き涙が次から次へと零れる。母親としてオスカーを愛していることが伺える。
思わず、カザナは自分の亡くなった母親を思い出した。カザナに良く似た見た目の優しいそれでいて、毅然とした女性だった。身体が弱く、風邪を引いたところへ女王としての激務が祟り、夭逝した。後を継いだカザナの父親は、愛していた妻を亡くして茫然自失に陥っている所を狙われた。妻に見た目が酷似している18歳の少女に溺れるように仕向けられた。後妻となった少女は、王と二人で豪勢に暮らして、それを窘める者を次々に追放した。カザナもその一人だ。父親に直談判した末、放逐された。
さすがの父親も実の娘を放り出す訳にいかなかったのだろう。自分の同性愛という性癖から過去に王国を出奔したソウ=シルフィーディアの養女として引き取られたのだ。ヒカルはきっとソウから話を聞いていたのだろう。
「わかりました」
冷静を装うが、自分の思い出したくもない過去をヒカルに知られていたのがショックでカザナは、俯く。ヒカルがぐっとカザナの手を握りしめた。
「オスカーのこと、お願いね……。カザナちゃんになら安心して任せられるわ」
溢れる涙を拭おうともせず、ヒカルは泣き続ける。
カザナは、自分が小さい頃に抱き上げてくれた母親の温もりを思い出して、頷いてヒカルの手を握り返す。
(こんなに心優しいヒカル様の息子なんだもの! オスカー王子もきっといい子だわ!)
そのカザナの感傷は、実物のオスカーと対面した時に吹っ飛ぶ。
未来のことなど、ヒカルもカザナもこの時は知る由もない。
「お妃様、そろそろ陛下がお渡りになられます……」
ヒカル付きの侍女がやってきて、耳打ちをする。ヒカルは頬を紅潮させた。
「ま、またあの人は仕事の途中で……」
くすくすと侍女頭のナンシーやヒカル付きの侍女が笑う。
「?」
カザナだけ意味が分からなくて、きょとんと首を傾げる。その仕草が可愛らしい。
顔を赤らめたヒカルは、カザナに向き直る。
「カザナちゃん、今あなたがここにいることを陛下には知られるわけにいかないの。この部屋に隠し扉があるからナンシーに従って出てくれる? そしてサマセット離宮へ飛んで、オスカーに会ってちょうだい。オスカーをよろしくね」
ぎょっとカザナの両手を握り、離す。母親を思い出させる温もりが離れて、カザナは戸惑う。
「さあ! 陛下が来る前に!」
ナンシーがカザナの手を掴み、引っ張る。カザナの焦げ茶色の双つの瞳が驚愕に開く。
ナンシーの瞳がカザナを促す。カザナははっとして、一瞬ヒカルを見て別れを無言で告げる。
ヒカルは笑顔で頷いて、カザナも微笑む。
ナンシーが、隠し扉の入り口の本棚を回す。カザナは、人の訪れを感じてさっとメイド服の裾を翻して足を急がせた。
隠し扉の通路は、埃臭くてかび臭い。ナンシーが慣れたように通路を歩いていく。
カザナは、慌ててナンシーに続いて歩く。
出口につくとそこには美しい薔薇の花々が植えられていた。青にピンク、赤と紫と色とりどりの庭園だ。ナンシーは、慣れたように薔薇の庭園に足を踏み入れる。カザナが踏み入れると、ばあーっと薔薇が花開く。
「へ……?」
目の前に広がる幻想的な光景に見とれる。
カザナは、目を見開いて驚くことしかできない。
ナンシーが振り返る。
「驚いた……。あなた……。この庭園に歓迎されているのよ。ヒカル様と同じ天空族だからかしら」
「はい?」
意味が分からず、間抜けな声しかカザナは上げられない。
「あのね……。ここは、前ウィル王のルカ様が作った寵愛された王妃様のみ入れた庭園だったの。それとルカ様が認められた方のみね……」
「でも、ナンシーさんは……」
戸惑うようにカザナが返すと、ナンシーは苦笑する。
「ああ、ヒカル様の魔法を受けているから庭園には入れるの。さっきあなたが干渉の魔法をかけられたでしょう?それと一緒。ヒカル様は前王妃様アリッサ様と懇意だったから」
昔を懐かしむナンシーの声音に寂寥感が滲んでいた。
若いカザナはその感情を理解しきれていなかった。
読んでくださってありがとうございました!