4話 カザナ、怒る! 1
カザナは、ウィル王宮の少女たちが憧れてやまない天空界の対魔組織ウィザードの制服、丸襟のブラウスに階位を示す赤色のリボンにベストとキュロットスカートにジャケットからウィル神聖王国のメイドの服に着替える。黒のワンピースに襟と白いリボンにカフス。ワンピースは足首まである長さだ。白いフリルの入ったエプロンと1つにきちっと髪を結わいて白の帽子を頭にかぶる。月光のふわふわの金髪の髪を茶色へ。そして勿忘草色の大きな瞳を焦げ茶色へと変える。身に纏う色彩を変えるだけで目立たなくなる。天空界の王族のオーラが消える。更に見た目を、そばかすを顔に散らした愛嬌のある平凡な少女へと姿を変える。
この潜入捜査を知っているのは、依頼人であるヒカルと、養父でウィザードの長官ソウだけだ。カザナは、ウィル神族と天空族の間に生まれた人間で、天空界育ちという設定だ。両親が亡くなった為、同じ境遇で母親同士が友人のヒカルを頼り、ウィル神界の世界を知るべく行儀見習いとして、メイドの職を紹介されたという設定だ。メイドのアンの出来上がりだ。
『カザナ、今まであんたは、王女としての生活をしていたわ。これからは、メイドのアンになりきるのよ。王族の人生の真ん中にいる人間とは違う、言わば脇役、モブとして生きるのよ!』
義父ソウのアドバイスにカザナは、モブ言わば人生の脇役を演じ切ろうと決意する。するが、王女として生きていたカザナがメイドのアンになり切れるわけがなく、珍妙なメイドが出来上りとなるのに本人はモブだと思い込んでいた。
ヒカルもソウも天空族の王族出身でその辺りが鈍かった。
「それじゃあ、ヒカル様お願いします」
カザナは、ウィル神界では使用人のアン=ジョーンズと名乗ることにする。
「ええ……。オスカーの幽閉されている離宮は、本来夏に行楽でウィル王家の人間が訪れる離宮なの。そこにリチャードさんが強固な結界を張っているわ」
ヒカルは手に光を放ち、カザナに振りかざす。
「今の何ですか?」
「私の魔法をかけたの。サマセット離宮は、リチャードさんと私の魔法がかかった人間しか出入り出来ないようになっているから」
すっかりヒカルに馴染んでしまったカザナは、ほえ~と感心した風にヒカルを見る。ヒカルは、現在のウェルリース王家の中で神器の光の杖に選ばれた、突出した光魔法の使い手だ。カザナのすっかり自分に気を許した様子に、ヒカルは苦笑する。
「カザナちゃん、そうやっていると普通の天空界の女の子ね」
くすくすと笑われて、カザナは真っ赤になった。ウィザードの警部補としてのカザナは、普段緊張を解くことはない。ソウやヒカルが、凄まじい光魔法や風魔法の使い手なのでつい油断してしまっていた。
「す、すみません……。ヒカルさんが、強い光魔法の使い手なのでつい油断を……」
おたおたするカザナは可愛らしくて、ヒカルは更に笑う。
ヒカルが、王妃の間にメイド頭のナンシーを呼ぶ。30代のいかにも有能そうな顔をしたナンシーは、躊躇いがちにカザナことアンを一瞥した。
「オスカー様のいらっしゃる離宮へメイドを送るのは、いいです。ですが、こちらのお嬢様は、天空界のお育ちでいらっしゃるとのこと。ヒカル様、それにサマセットの離宮は、今オスカー様の乳母とその連れ合いと侍女のエルサしかいないのです。皆、魔族を恐れて退職いたしました。それとオスカー様の……その」
何かを言おうとして、ナンシーは、躊躇う。
「なに? ナンシー。言いなさい」
ヒカルが、言いかけた言葉を続けるよう強く促す。さっきまでのとぼけたヒカルではない。
さすがは、ウィル神界の王の正妃である。ヒカルの鋭い眼光にナンシーは圧倒される。
「は、はい……。オスカー様の酷い悪戯に使用人たちは持たなくて、すぐに辞めてしまうのです!」
ナンシーの叫びに、ヒカルとカザナは顔を見合わせる。
「え? 悪戯? オスカーが? 明るくて素直なオスカーが?」
信じられないとヒカルは、青の円らな双眸を瞬かせた。王家の末っ子なので、両親や王太子から甘やかされて明るく素直に育ったと聞いていたので、カザナは首を傾げる。
だけど。
ヒカルが言っていたこの2年間で人が変わったという話にどこか引っかかっていた。
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