28話 無自覚な心と反発する気持ち4
オスカーは今や慣れ親しんだ彼が所属する中等部の2-Bの教室の扉を開けて、自分の机に座る。教室内の男子がいつもより騒がしい。
「オスカー!」
オスカーが学生鞄から教科書を取り出していた時、彼と親しい男子が話しかけてきた。
「何?」
興奮している友人を落ち着かせようとあえて穏やかに返す。
「あのな、ウィル神界から転校生が来たんだよ! それも美少女! ウェズリーが職員室で見たんだ!」
オスカーは、ウィル神界の美少女と聞いて嫌な予感を覚えた。その予感が当たったと確信したのは、教室の扉ががらりと音をたてて開いた瞬間。
シルフィード大学付属中等部の制服を身に着けたオスカーの元婚約者イザベルが立っていたのだ。
イザベル=ハワード。オスカーの父ウィル王リチャードの部下であり、政府の重鎮ハワード公爵の末娘。彼が幽閉される前の遊び相手で幼馴染であった少女であり、元婚約者。
「オスカー様!」
イザベルは、オスカーに駆け寄り、手を取る。
「オスカー様! お会いしたかった!」
オスカーは、イザベルの手をばっと勢いよく離した。
亜麻色の真っ直ぐな髪に水色の瞳の豪奢な美少女は、綺麗だ。中性的な美少年のオスカーと並ぶと目立つ。
「オスカー様?」
元婚約者のオスカーとは一年ぶりの再会である。いつも妹のように自分を可愛がってくれたオスカーが、嫌がる素振りを見せたのだ。イザベルは、その事実に衝撃を受けると同時に、婚約破棄の時の理由は事実だったのかと思い知る。
オスカーはイザベルとの再会に驚きつつ、平常心を装い微笑みかけた。
「イザベル、久しぶり。どうして天空界へ?」
オスカーの問いかけに、イザベルはにっこりと微笑み返した。
「それは勿論、オスカー様を追いかけてきました!」
クラスの女子たちの視線が痛い。それを無視するように同じクラスのオスカーに憧れている女子たちに知らしめるように叫ぶ。表向きは無邪気を装って。
「は? イザベル、君とは婚約破棄した筈だけど……」
オスカーの台詞をよそにイザベルは、弾丸の如く話を続ける。
「私、昔からオスカー様のこと、大好きでした! 何度もお婿さまになってくださいとお願いしましたし。婚約破棄しても諦めません!」
極めつけに上目遣いでオスカーに視線を送る。
だけど。
オスカーは、幼馴染の時は可愛らしく思えたイザベルの仕草にぞっとした。王族で紫の王眼を持つ自分を狙う、高位貴族の令嬢たちと一緒だったからだ。自分の持つ全てに無頓着なカザナが恋しいと、オスカーは番の少女に想いを馳せた。
一方、高等部の3-Eのクラスの自分の机に座り、暗い表情でぼーっとするカザナがいた。明るく元気には振舞うが、最近様子がおかしい。溜息を吐いたり、どこか遠くを見たりするのだ。
「カザナ、どうしたのかなあ……」
カザナを心配するエリーに、イザヤがくくっと笑う。
「恋の病だよ」
「はあ?」
エリーはイザヤの発言の意味がわらかなくて、きょとんと小首を傾げる。
そんな鈍感な恋人が可愛くて仕方がないイザヤだが、同じく自分の恋心に疎いカザナが恋を知ってどんな風に変わっていくのか興味があった。実の父のせいで、男性や異性との恋愛に嫌悪感を抱いているカザナは、叔父の同性愛は憧れているという恋愛観を持っていた。
イザヤは、エリーが自分と恋をして花が開いたように綺麗になった。自分たちが幸せになったように、親友であるカザナにも幸せになってほしいのだ。
カザナはイザヤの胸中など知らず、オスカーを思いながら秋の青空を眺めていた。
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