26話 無自覚な心と反発する気持ち2
カザナは、風の杖を手に魔法の呪文を唱える。
それは、風の王家の血筋を引くもののみが唱えることを許された魔法の呪文。魔族の力を一時的に無効化できるのだ。
「な、何故。お前がその呪文を……」
「ソウパパから教えてもらったのよ。残念ね、西の魔王。いっけえー! 風の杖!」
「くっ!」
風の神器と一体化したカザナに西の魔王は、圧倒される。
「ああ、私の玩具があった」
ぱちんと西の魔王は指を鳴らして、一人の少年を召喚する。
「え?」
カザナはこの空間へ突然現れた少年に驚愕して、力を緩める。目の前の少年はオスカーにどこか似ていた。黒髪に薄い紫の瞳の中性的な美貌。
「オスカー?」
弟のように可愛いウィル神族の少年の名を呼ぶ。
「ご名答。あの美少年の代わりに遊ばせてもらった。ウィル神族の王家の血を引く侯爵家の跡取りだ。あの美少年は食べごろだろうな……」
麗しい美貌を歪めて笑う西の魔王は、綺麗だ。綺麗だからこそ、ぞっとする。
「あなたは……」
カザナは、オスカーを思い浮かべて首を振る。カザナの身体から、凄まじい風の力が湧き出す。それこそが西の魔王の狙いなのに若いカザナは気づかない。
『カザナ!』
風の杖の念が叫ぶ。
カザナの世界が暗転した。
オスカーは映画を観た後、カザナと別れて帰宅した。カザナが冷凍させていた食事を電子レンジで温めて夕飯を取り、シャワー室でシャワーを浴びていた。
玄関でどかっという音がした。高位魔族が自分の王眼を狙って、不法侵入してきた可能性がある。オスカーは、結界を張ろうと両手を構える。その瞬間、紫の王眼が輝いた。それは二度目のことだが、オスカーは確信する。玄関にいるのはカザナだ、と。
シャワーを浴びるのをやめて、慌てて着替えると玄関へと急ぐ。目の前にはウィザードの制服を身に着けたカザナが、倒れていた。
「カザナ!」
声をかけて、身体を揺するが意識を失っていた。もう一度名前を呼ぶと、カザナの大きな勿忘草色の瞳が現れた。オスカーは、顔を赤らめる。
カザナは、オスカーの呼びかけに目を覚ました。
「ん……。オスカー?」
身体を起こすが、まだ西の魔王との戦闘の疲れが残っていて倒れこむ。
「カザナ! 身体に血がついている! どうしたの?」
カザナは、オスカーの自分を気遣う顔を見て、心が緩み勿忘草色の瞳を潤ませる。
「カザナ……?」
ぷいと顔を背けると、カザナは目を擦る。オスカーに自分が見た悲劇を話したくなくて、黙り込んだ。
「カザナ?」
自分を気遣うオスカーの視線に耐え切れなくなり、口を開く。
「……の」
「ん?」
「オスカーと同じ年位の子が今回魔族の犠牲になって、守れなかったの……。ウィザード本部へ報告に行かなきゃ行けないのに何で……」
勿忘草色の双眸から涙が零れ落ちる。
オスカーの代わりに見た目が似ているということで、西の魔王の玩具にされた少年。身体を慮辱されて、心がずたずたになった侯爵家の少年はカザナの目の前で命を絶った。利己的だと思うが、オスカーが犠牲にならなくてよかったと思う自分がいるのだ。
「オスカーが無事で良かった……」
カザナは、オスカーの身体にしがみついて泣き出した。
「その魔族って西の魔王? で俺のことが心配で飛んできたの?」
オスカーの問いかけに、カザナは自分の利己的な感情を見透かされたような感覚に陥り、身体を震わせた。
「……」
再び黙り込んだカザナの涙で濡れた頬に触れる。カザナはびくんと反応して、とっさに目をつむる。オスカーは、カザナの涙を舌でぺろりと舐める。金色の長い睫毛に隠された勿忘草色の双眸があらわになる。オスカーは、その瞳が綺麗だと感嘆する。
その自分を心配する想いは、番への物か、それとも弟としての物か。カザナが自分を過剰に心配する態度に、オスカーの封印していた激しい感情が揺さぶられる。
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