15話 別離3
謁見の間は、天井や壁に華麗で瀟洒な装飾が施されていた。天井からクリスタルガラスのシャンデリアが等間隔に吊るされている。床の中央に赤い絨毯が敷かれていた。その絨毯の先に豪奢な椅子が置かれている。ウィル王リチャード=ウィル=カーライルが座る玉座であった。
「顔を上げろ」
オスカーとはかなり離れて、リエットたちと一緒に謁見が叶ったのだ。遠目ではあるが、ウィル王リチャードは純粋な紫の濃い王眼の持ち主で漆黒の短髪というウィル王家の男子の特徴のある外見をしているのがわかる。威厳はあるが、切れ長の紫の瞳に引き締まった口許。細いが鍛えられた肢体。涼やかな美貌の主だ。王の横に正妃であるヒカルが座っている。二児の母親であるが、可憐で妖精のような美貌がウィル王に寵愛されている妃だと感じさせた。
「父上……」
小さな声でオスカーが感慨深げに呟いた。
「オスカー、久しぶりだな」
そう言うと、リチャードは押し黙ってしまう。くすりとヒカルが扇を手にして笑った。
「オスカー。この人昨日からあなたに会えるのが嬉しくて、そわそわしていたのよ」
「ヒ、ヒカル!」
威厳のある王の表情が崩れて、リチャードの顔は真っ赤になる。
「父上……」
オスカーが嬉しそうに微笑むと、ヒカルが玉座から降りてオスカーに近づいた。オスカーの正面まで来ると、ぎゅっと我が子を抱き締める。いきなり母親に抱き締められて、オスカーは戸惑う。
「この4年間ずっと会いたかったの……。私たちがあなたへ会いに行くとあなたの隠れている場所が西の魔王に分かってしまう。それで陛下に止められていたの。陛下が一番あなたに会いたかったのよ。大きくなったわね、オスカー」
抱き締めている腕を緩めて、ヒカルはオスカーの顔に手を当てて、顔を覗き込む。ヒカルの青の瞳は涙で潤んでいた。
「母上……」
「あなたの成長を近くで見られなくて、ずっと苦しかったわ」
オスカーはアンから告げられた内容を思い出す。自分は家族に見捨てられていたのだと嘆き悲しんでいた。
だけど。
実の両親もこんなに自分に会えなくて苦しんでいたのだとわかり、胸が苦しくなる。
「母上……」
母親につられてオスカーも紫の王眼を涙で濡らした。
三人が感動的な親子の再会に涙している。
そんな中、カザナだけが泣けなくて下を向いていた。
護衛のお役目が終わり、天空界の養父ソウの元へ戻れるのだ、何でこんなに悲しいのだろうか。
カザナは自分の心が理解できない。
カザナは違和感を感じて、顔を上げた。風の杖を通して強い魔の存在を感知する。それも魔王や幹部級の強さだ。
カザナの焦げ茶色の双眸が白く輝く。
「オスカーさま! 西の魔王が!」
カザナは、自分のメイドの変装を解く。
茶色の髪が王族の印である純金、焦げ茶色の瞳が勿忘草色の印象的な色彩へと変貌する。衣装もやぼったいメイド服からウィル神界の貴族の少女たちから憧れの目で見られているウィザードの服装へ。丸襟のブラウスに警部の階級を示す赤色のリボン、紺のジャケットにキュロット。足は白いロングソックスに茶色のローファー。金色のふわふわした髪を2つに結わえた細い華奢な肢体の可憐な妖精のような美少女だ。
「いでよ! 風の杖の神器!」
カザナは、風の杖と一体化してその身体から白い光が発光する。神秘的な風景に周囲の人々はほうっとため息を漏らして、はっとする。何故天空界のそれも王族がウィル王宮にいるのだと。
それと同時にふわりと風が舞い、凄まじい美貌の魔族が具現化した。妖艶な深紅の瞳に黒い髪の西の魔王。美しいが、恐怖を人々に与える。
「ほう……。風の杖の神器使い……。面白い」
カザナは、ふわりと翼を広げてオスカーとヒカルの傍へと着地する。
「カザナちゃん……」
アンを違う天空界の王族独特の名で呼ぶ母親にオスカーは、愕然とする。そして頭の回転の早いオスカーは、理解する。この天空界の姫は、母親が依頼した警護の者だと。
「アン……」
自分に無償の愛情を注いでくれた姉弟のようなアンとの日々は嘘だったのかとオスカーは絶望する。あの夢で見た純金の天使がアンの真実の姿だったのだ。衝撃のあまり、動けない。
「何、ぼうっとしているの! オスカー! あなた、狙われているのよ! 逃げなさい!」
普段穏やかな笑顔で自分に接してくれていたアンが、今は毅然とした態度で声を上げる。
『オスカーさま』
いつもの柔らかい声音にふわりとしたアンの笑顔が浮かんで、オスカーは動けなかった。
カザナは、白い結界を張りオスカーとヒカルを庇う。
その一瞬を狙われた。
西の魔王が手から紅の光を出した。
カザナは、神器を構えて白い光を放出する。
紅の光と白い光が激突する。
光は互角で、両方の光が消し飛んだ。
「オスカー! 逃げて!」
必死の形相でカザナは、叫ぶ。
深紅の光がオスカーに迫り、カザナはオスカーを突き飛ばす。
紅の光を手から走り、カザナは結界を張ろうとするが間に合わない。
「四宝の剣」
落ち着いた声音がして、紫の光が西の魔王を襲った。
光が眩しくて目を閉じたカザナとオスカーの前にウィル王リチャードが立っていた。
「風の杖の神器使い、力を貸せ」
カザナは、リチャードに頷いて立ち上がる。
リチャードが剣を構えて、カザナが杖を横にする。
「行くぞ」
「はい!」
紫の光と白い光が重なり合うようになり、閃光となる。光が西の魔王を襲い、魔王の張った結界が弾け飛んだ。
腕から血が流れ出ていた。
「くそう、ウィル王リチャードと風の杖の神器使い覚えておけ!」
ばっと身を翻して、宙に浮かぶとその姿を消した。
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