12話 カザナ、怒る!9
オスカーが高熱を出して、カザナに看病された事件から数週間が過ぎた。オスカーはカザナに懐いて、心を少しずつ開きつつあった。今日もカザナのメイドの作業中に、邪魔をしながら我儘を言っていた。
「だから僕付きのメイドをエルサからアンに変えてよ!」
頬を膨らませて、カザナにまとわりついてきた。
だけど。
カザナは駄目ですと言うばかりで、オスカーは不貞腐れる。
「どうして! 主の僕がいいって言ってるのに……」
離宮の廊下を磨き上げていたカザナは、作業が終わったのでバケツと雑巾を片づけながら首を振る。
「いいですか! エルサは私の先輩で王宮からずっとオスカーさまについていてくれてます。オスカーさまの悪戯にもめげずに頑張ってきてくれました。オスカーさまは気付いてませんけど、ここにいる皆、家令のロバート様も乳母のリエット様もですが、オスカーさまを見捨てずついてきてくれた家族のようなものですよ。私は違いますけど……」
「違うよ!」
オスカーが声を荒げた。普段悪戯はしていたが、王子としての振る舞いから外れたことはしないそんなオスカーの声に目を見開いた。
「皆、僕にとってサマセット離宮での家族だと思う。だけど、それに気づけたのはアンのお陰だから。アンは僕にとって姉みたいな存在だし」
小さな声でぼそぼそと呟く。カザナは、オスカーの言葉が嬉しくて胸が熱くなる。
「オスカーさま……。嬉しいです、私もオスカーさまのこと、失礼ですが弟みたいに思ってます」
カザナが、思わず胸の内を漏らすと、オスカーがぱっと顔を輝かせた。
「アン、ほんとう?」
カザナの両手を取って、ぴょんぴょんと跳ねる。子どもらしい仕草が可愛らしくてカザナはぶっと噴き出されす。笑われたオスカーは、むっと顔を顰める。くすりとカザナは笑いながら、オスカーに視線を合わせて顔を下げた。
「オスカーさま、可愛いですね」
座り込んで、オスカーの漆黒の髪を手で撫でる。目を細めて、気持ちよさそうに頭を寄せながら、カザナに抱き着いてきた。
「本当に甘えん坊ですね」
「いいんだよ! アン相手だけだもの!」
ぎゅうっと抱き着く力を込めて、甘えてくるオスカーが可愛くて仕方ない。こんな風に甘えてくるのは自分だけだと言われて、カザナの胸は早鐘を打ち、どこか甘酸っぱい気持ちになった。一人っ子だった自分に甘えてくれる弟分が出来たので嬉しいのだと思っていたが、違っていたのだと気づくのはずっと後の話だ。
「それよりも、ロバートさまの授業の時間では?」
カザナがはっとして、顔を上げる。ぎくっとしたオスカーは、ぺろりと舌を出す。
「うん。さぼってきた」
「オスカーさま!」
カザナの声が廊下に響き渡り、その声を聞いたロバートが飛んできた。結果、オスカーはロバートに延々と説教される羽目となった。
「全く、オスカーさまにも困ったもんだわ……」
使用人たちが囲む夕食のテーブルについて、カザナはじゃがいものスープを飲みながら嘆息する。最初は、使用人の食事は味気なくて慣れなかったが、メイドの肉体労働の毎日に喉を通るようになってきた。慣れは恐ろしいもんだと思いながら、固いパンを千切った。
カザナの台詞にぶっと他の使用人たちが噴き出す。
「ア、アンに言われたくないと思うわよ。アンだって負けてないわ」
エルサが答えると、ロバートやリエットまでもがうんうんと頷いてくる。
「へ?」
頭が真っ白になる。10歳の子どもと14歳の自分では、自分の方が大人だと思い込んでいたカザナは、むっとする。
「いやだわ、アン。オスカーさまに懐かれたのは、アンが子どもっぽいからよ」
オスカーの家出事件以来、四人には使用人としての上下関係があるがよく話をするようになり、打ち解けてきた。リエットが、ふくよかな身体を揺らして笑い転げる。仮にも王族の自分は、大人だと思い込んでいたカザナは衝撃を受けた。
「こ、子どもっぽい……。10歳と同じ……思考回路?」
三人に頷かれて、黙り込んだ。
夜になり、オスカーの部屋のシーツを変える作業をしていると、可愛らしく纏わりついてきた。
「ねえねえ、アン。天空界の本読んで!」
最近のウィル神界では、天空界の本が流行している。貴族の子弟の間でもだ。特にヤングアダルト、10代の子向けの冒険小説がオスカーは気に入っている。
「これ私もオスカーさま位の時に読みましたよ。どれどれ……」
カザナが天空語からウィル神聖語へ訳すと、きらきらした瞳でオスカーが小説を熱心に聞いている。年相応の可愛らしい一面にカザナは、頭を撫で繰り回したくて仕方なくなる。衝動を堪えて、必死に小説を訳した。
「はい。今日の分はお終いです」
本を閉じて、オスカーに寝るように促す。
「え? 今日の分、終わり?」
カザナがはいと言うと、ちぇーっと舌を打つ。随分と自分には心を開いてくれている証拠だ。
「オスカーさま、お行儀悪いです!」
カザナが控えるように指摘すると、べーっと舌を出した。
「オスカーさま!」
カザナの声が今日も元気に、オスカーの部屋で響き渡った。
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