11話 カザナ、怒る!8
カザナは居眠りして、椅子から落ちそうになって目が覚めた。オスカーの額に手を当てる。平熱まで下がっている。
「うん、大丈夫ね」
たらいに浸したタオルを取り、オスカーの額のタオルを取り換える。
その冷たい感触にオスカーが目を覚ました。
ぱちりと目を見開く。
「……アン?」
「はい。オスカー様」
オスカーは、目を擦る。一瞬、カザナの姿が夢で見た少女に見えたのだ。儚げで可憐な妖精を思わせる美少女、母親ヒカルにどこか似ていた天使。だが、目の前のカザナは、茶色の髪に焦げ茶色の瞳のどこからどう見ても平凡な少女だ。明るく、そして自分の悪戯にもめげない逞しい性格。自分の頭が高熱でおかしくなっていたのだと、結論付けた。
「お前が僕の看病をしてくれたのか?」
オスカーは、戸惑いながら口を開く。その問いかけにカザナは、にっこりと微笑んだ。
「はい」
「それに僕は、かなり高熱で……」
可愛らしい天使の少女が自分を看病する夢まで見た、高熱にうなされていた時の自分は相当頭がいかれていたと顔を赤らめる。思考が正常に回り始めてから気付く。カザナは風邪が移る危険性もあるのに自分を看病してくれていたことに。
「ア、アン」
自分の名を呼ばれたカザナは、きょとんと首を傾げる。
「はい。オスカー様」
お礼の言葉を口にしようとして、数々の悪戯を仕掛けたことを思い出す。オスカーは羞恥心から顔を俯かせる。
「アン、看病してくれてありがとう。あと、今まで悪かった」
オスカーは、罪悪感からカザナの顔が見られない。
「オスカー様、寂しかったんですよね」
その時、カザナから予想外の台詞が返ってきて、オスカーは顔を上げる。目の前のカザナの顔は、複雑そうだった。
「私もオスカー様くらいの年齢の時に両親を亡くしているので、少しわかります。私は、天空界の中流階級出身なのでオスカー様とは立場が違います。だけど、両親のお葬式では遺族が遺産で揉めたり、誰も私のことを顧みてくれなくて……。ずっと一人で頑張ってきましたけど、寂しいですよね」
寂しそうな微笑みを浮かべる。
「すみません。私の話ばかりして……。それより天空界から持ってきた薬が効いて良かったです」
「薬?」
こくりとカザナは頷く。
「オスカー様は天使の血を半分引いているから効くかと思って飲ませたんですけど、効いてよかった」
「天空界からの薬? そんな貴重なものを僕に分けてくれたの?」
「最初は、エルサがオスカー様を助けてくださいってお願いしてくれたんですよ。わんわん泣いて」
くすくすと声を上げてカザナが笑った。その笑顔がどこか柔らかくて優しげで、何故か母親のヒカルを思い出す。眩し気に見ていると、カザナが急に振り返った。
「オスカー様、具合大丈夫ですか?」
さっき熱は見たのですがと口にして、額に手を当ててくれる。その温もりが嬉しくて、涙が溢れた。カザナはぎょっとしている。
「オ、オスカー様?」
ずっと堪えていたものが溢れて、涙が次から次へと出てくる。西の魔王に狙われてから父親に幽閉されて寂しかった、何より母親のヒカルに会えなくて悲しくて仕方なかった。目の前のカザナは、最初躊躇していたが、そっと抱き締めてくれた。カザナの優しさにオスカーの我慢が決壊を起こした。
「寂しかったんだ……。ずっと父さまと母さま、兄さまに会いたかった……。でも、誰も会いに来てくれなくて」
カザナの胸の中でわんわんと泣きじゃくる。
「そうですよね、よく今まで我慢されましたね。オスカー様はまだ10歳で子どもなんだから甘えていいんですよ」
ぽんぽんと背中をさすってくれる、手が優しい。
「アン、悪戯ばかりしてごめんなさい。ごめんなさい……」
大丈夫ですよと笑ってくれる。そんな温かい手が嬉しくて、ぎゅっと抱き着いた。
オスカーは泣きすぎて疲れたのだろう、カザナの胸の中で眠りについた。
「オスカーさま!」
ロバートが、様子を見にやってきたが、カザナに抱き着きながら眠っているオスカーを認めて、目を丸くする。
「アン? 一体、何が……」
誰にも懐かない親を亡くした子猫のようだったオスカーにどんな魔法を使ったのだ、とロバートは驚愕する。カザナは唇の前に人差し指を指して、静かにしてくださいという仕草をした。
眠るオスカーの頭をくしゃくしゃと撫でて、カザナは口を開く。
「家族に会いたくて、でも王子だから我慢しないと堪えていたと大泣きしていました」
同情というよりどこか共感している口ぶりなのが気になった。オスカーをカザナは優しい瞳で見つめる。それは王子というより弟に対する視線に似ている。
「熱は……」
「下がりました。後、ずっと悪戯してごめんなさいと大泣きして謝ってくれました」
すうすうと寝息を立てながらどこか安心しきった顔をオスカーは、浮かべている。
「アン、どんな魔法を使ったんだ?」
ロバートが質問するが、カザナはさっきの仕草を繰り返して秘密ですと笑うばかりだった。
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