10話 カザナ、怒る!7
カザナは、王族であるオスカーに無礼を働いたことにより一週間の謹慎を命じられた。
一週間謹慎とは、自室で大人しく過ごせということだ。
カザナは、自室で本を読んだり、音楽を聴いたりしていた。
そんな中、屋根裏にある自室をどんどんと乱暴に誰かが叩いてくる。
「だれ?」
カザナが訝し気に扉を開くと、青ざめたエルサが立っていた。
「ア、アン……」
その黒い瞳を潤ませて、泣いている。滅多なことでは泣かないしっかり者のエルサ、がだ。
「エルサ?」
「アン! オスカー様を助けて!」
エルサに抱き着かれて、カザナは驚く。その焦げ茶色の睫毛を上下させた。
「オスカー様が家出をして、一晩雨に打たれていたの! 今、酷い熱で助からないかもしれないの! 前にアン、天空界は魔法家電があるって話していたじゃない! それなら医療も進んでいると思って……」
カザナが着用しているウィル神界の労働者階級の女性が着るブラウスに顔を押し付けてくる。
カザナは、逡巡の末、こくりと頷く。
自分用に携帯用の魔法薬をウィザード付きの医者から処方されていたのだ。
(これって絶対、後でばれたらウィザードで処分されるかも……)
自分の部屋の奥から医療用の風邪薬を取り出して、エルサに渡す。
「この薬をオスカー様に飲ませて。多分一晩で回復するわ」
カプセルに入った薬は、エルサの目には怪しく映ったらしい。
「え? これをオスカー様に飲ませるの?」
自分がウィザードに処分される危険を冒して、薬を提供しようとしたカザナはむっとする。
「わかった。私が飲ませるわ」
メイド服に着替えるのも今や慣れたもので、手早くすませる。
オスカーは、家族から見放されていると思い込んでいる。それにこの離宮にいる使用人たちは、オスカーの孤独に寄り添えない。今、わかってあげられるのは自分だけのような気がしていた。母を失って王宮で一人だった、過去を持つ自分が。
「エルサ、オスカー様のところへ行くわよ」
天空界から持ってきた携帯用の薬箱を、カザナは取り出す。2階のオスカーの部屋へとずんずんと足を急がせた。エルサは慌てて、カザナの早足に追いつく。
カザナは今や住み慣れた屋根裏部屋から、別世界の華麗な表の世界に迷い込んだような違和感を覚える。それだけ自分がメイドの身分に慣れたのだと言えるだろう。地味な仮の姿も板についてきた。誰も本来のカザナの姿など連想しない。本来の華麗な世界に身を置いた過去は、孤独だった。今、労働者階級に身を置いて思う。地に足の着いた暮らしは、慎ましく貧しい。だけど、楽しいのだ何よりエルサや他の使用人たちがいる。その中で、一人上流階級に属したオスカーは皆から距離を置かれている。
(オスカー様はお寂しいんだわ……。だから私に悪戯をしてきたりして……)
一人この広い離宮で孤独を抱えたオスカーはどれほど大変だったのだろうか。
自分には義理の父親たちがいた。
だけど。
オスカーは、本当に一人なのだ。
使用人専用の階段を降りて、オスカーの部屋にたどり着く。オスカーの部屋の扉をノックする。
「誰だ?」
家令のロバートの声だ。
「アンとエルサです」
入っていいと言われる前に、カザナは急いで扉を開ける。
中にはロバートとオスカーの乳母のリエットがいた。
「アン、謹慎を言い渡していた筈だ。それにここは、お前のようなメイドは……」
ロバートが厳しい顔をして、言い渡そうとするがカザナがそれを制して話す。
「エルサから状況は聞きました。天空界から降りるときに、風邪薬を持ってきたのでそれをと思って……。オスカー様は天使の血を引いています。なので多分薬が効きます。薬は、天使しか飲めませんので、私が看病します」
カザナの言葉にロバートは顔色を変えた。オスカーは高熱にうなされて、目を覚まさない。下手に王宮から医者が来ようものなら、隠れている場所がばれてしまう上に、本人が動けない。魔族に狙われる可能性が高い。
「本当か!」
ロバートは、カザナの身体を揺すった。
「はい。ウィル神界へ来る前に処方してもらった薬です。熱を下げる薬なので大丈夫です。それよりお二人は薬が効かないので、下がられた方が」
カザナはそう答えると、ロバートとリエットに退室するよう促す。安堵したロバートとリエットはオスカーの傍から離れて、部屋を出ていく。
「さてと」
カザナは、オスカーのベッドの脇の椅子に座る。オスカーは、高熱を出して眠っている。額に手を当てると熱かった。口に水と薬を含み、オスカーに口移しで飲ませる。
「これで大丈夫だと思うけど……」
たらいに入っている水にタオルを浸して絞り、オスカーの額のタオルを取り換える。身体の汗を拭いて、寝かせる。その繰り返しだ。
オスカーがその紫の王眼を開いた。
「ん……。母さま?」
カザナがヒカルに見えたのだ。瞬間、カザナは驚愕する。
まさか、真実を見透かすというウィル王族男子特有の王眼が作用したのか。
自分の真実の姿、純金の髪を見透かしたのか、と。
オスカーはにっこりと愛くるしく微笑んだ。
「母さま……。会いに来てくれたの?」
苦しそうに呼吸をしているが、必死にカザナに向かって手を伸ばす。
その笑顔とヒカルを呼ぶ言葉にカザナは、胸を打たれた。
(オスカー様、やっぱり寂しかったのね……)
カザナは、魔法を解いて元の姿に戻った。そして、オスカーが伸ばしてくる手を掴んで、微笑み返す。
オスカーの瞳には、勿忘草色の円らな瞳。母親と同じ色彩、純金のふわふわな髪の美少女が目に映った。妖精を連想させる可憐な天使の少女が自分の手を取ってくれている。少女の愛くるしい瞳が自分を一心に見つめている、何故かオスカーは顔が赤く染めた。
「大丈夫よ、薬が効いてくるからね」
優しくその白い手が、自分の頭を撫でてくれる。
「君はだれ?」
そう問いかけたかったが、オスカーの意識は眠りへと落ちていった。
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