9話 カザナ、怒る!6
家令のロバートは、専属の事務室に住んでいる。ロバートは、仕事以外は休憩を兼ねてそこで静かに過ごしていた。ロバートは静寂を誰よりも好んでいた。
だけど。
その静寂をぶち破る存在がいた。
どんどんと家令の事務室をぶち破る勢いで扉を叩いてくる。
「誰だ! うるさい!」
と普段は温厚なロバートが怒鳴り返した。
「失礼します」
最近入ったばかりのメイドのアンが、オスカーの服の首元を掴んで、ずるずる引っ張り入ってきた。ロバートは、目を見張る。この国の王であるウィル王の御子のオスカーをこのように扱う人間など見たことがなかったのだ。
「見てください。オスカーさまの悪戯のせいでメイド服が駄目になりました。バケツを持って歩いていたら足を引っかけられました。前は、卵から孵った大量のバッタの子どもを私の部屋に投げ入れたのも、多分オスカーさまの仕業です」
オスカーは自分の悪行をばらされて、青ざめる。
じろりとカザナがオスカーを睨みつける。
「ずっと現場を押さえられませんでしたが、今回は違います。オスカー様が私に足を引っかけて、仕事を邪魔しました」
オスカーに嫌がらせをされて辞めていった使用人は数多くいる。残ったのは、オスカーが幼い頃から仕えている家令の自分と、乳母、とメイドのエルサのみ。今回入ってきたアンも、早々に辞めると思っていた。
ところが、アンはオスカーの嫌がらせに耐えて、悪戯の現場を押さえた。
メイドとして見どころがあるかもしれない、とロバートは感心する。
(根性があるな……。上流階級のお嬢様にはできない)
もしや、アンは上流階級のお嬢様かと疑っていた自分の考えを根底からひっくり返された。だが、ロバートはおかしくてしかたない。それもそうだ、ロバートはオスカーの教育係として生まれた時から仕えていた。明るく誰にでも愛されたオスカーは、サマセット離宮に幽閉されてから変わった。ロバートも主人の心に寄り添おうと頑張った。しかし、王族のオスカーと、仕えるべき存在の自分ではとどこか境界線を作っていた。それを聡明なオスカーに見抜かれた。その結果、オスカーは自分の壁に閉じこもってしまい、やけになった。
その壁をアンは、蹴っ飛ばしてぶち壊した。ロバートは、笑いを堪える。
だが、笑うわけにはいかず肩を震わせただけだった。
「ロバート様?」
笑いをこらえて、ロバートはアンに向き直る。
「アン。王族であるオスカーさまに失礼を働いた罰だ。一週間謹慎だ」
ロバートは、アンに謹慎を命じた。
抵抗するかと思ったが、アンは素直に頷いた。
「それとオスカーさまも一日謹慎です。今までたくさんの使用人に悪戯をしかけましたね。疑いは持っていましたが、アンのお陰でわかりました。オスカー様のせいで何人もの使用人がサマセット離宮を辞めました」
オスカーは、納得がいかずロバートを睨みつけた。
「なっ! 僕は王子だぞ!」
「その王子がです。王族という身分に胡坐をかいて、たくさんの使用人を辞めさせました。彼らは生活がかかっているのです。ここを辞めたら次は職を探さないといけないのですよ」
ロバートは厳しい視線をオスカーに送る。
「私はあなたが不憫だと思い甘やかしすぎました。これからは、以前のようにびしばしと教育させて頂きます」
オスカーより身長の高いロバートが、上から目線をやってくると怖く感じる。
オスカーはごくりと喉を鳴らした。
だけど。
何故だか以前のように口を利くロバートに嬉しさを感じた。
その反面、悔しいと思う。
誰も自分をわかってくれない。
「……」
カザナは、ロバートとオスカーのやり取りを見て、オスカーは今誰に甘えているのだろうかと疑問に思った。
オスカーは、実の親から引き離されて、誰にも甘えられず孤独なのかもしれないと。
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