第3話:会話、安堵
歩いてどのくらいだったのだろう。兄からもらったカバンの中には水筒があり、こまめに水分を取り、野犬や人狼などと会わないように慎重に歩いていた。
シーナ「日が沈んできてる…」
異形の活動期間は夜が活発。野宿すると命はない。町へ行くしかないとシーナは考えていた。
家族のことは考えていたが、今はどう生きるかを優先していた。
シーナ「生きなくちゃ」
重い足を動かす。兄にとばされた野原にいたときはまだ昼だった。それがもうすぐ日が落ちようとしている。
どこかわからないが、馬車が通れる程の一本道にたどり着いた。
休憩もせずシーナは歩き続けた。空も橙色になり、周りの木々が不気味に感じる。
シーナの体力は限界をすでに超えていた。意識がだんだん朦朧としてきていたとき、
???「お嬢ちゃん。そこで何してる?」
シーナは振り返ると、茶色の帽子を被り、羊を二頭首輪をつけた縄を持った男性がいた。
シーナ「え、あ!あの、この辺に町は?」
男性「あぁ。あるにはあるが、この時間はもう危険だ。」
シーナ「…そ、そうですか。ありがとうござ…い…」
地面に倒れたシーナを見て男性は声を張った。
男性「だ、大丈夫かい!…しっかり…お嬢ちゃん…おい…っかり!…り」
意識がだんだん遠のいてきて彼女は気を失った。
―ルーナ「…ねえ、シーナ。貴方は立派よ。男に負けないほど強いわ。魔術が使えなくても大丈夫。貴方らしく生きなさい。」
シーナ「母様。」
だんだんルーナが遠ざかっていく。光のあるほうへ。一人で歩いていく。シーナは追いかけるがその距離は縮まらない。
シーナ「母様!母様!まって!行かないで!」
ーシーナ「まって!」
彼女は目を覚ますとともに急激な頭痛を感じた。
シーナ「っっ痛!」
起きると茶色い毛皮の毛布が敷かれていた。
起き上がろうとしても体が重く、起き上がれない。
見える限り、ふかふかのマットレスに小さなキューブボックスが数個あり、木小屋で作られたせいか木材の香りがする。天井は多くの電灯で照らされている。
男性「おっ、目を覚ましたんだね。体、起こそうかい?」
シーナ「…え、は、はい。お願いします。」
今私の体を起こしてくれている男性が助けてくれんだ。よく見ると小太りで狩猟用のブーツを履き、何らかの動物の皮で作ったような厚着を身に着けている。顔面はやや赤い鼻と無精髭があり、髪の毛は禿げている。
シーナ「ここは?」
男性「私の家だよ。まぁチンケな家だが…」
シーナ「…いいえ。おかげで助かりました。ありがとう。」
すぐ立ち上がろうとしたが、両足に痛みが走る。
男性「ずっと歩いていたんだろう。傷も酷かった。無理しないほうがいい。」
シーナ「いえ、私は他人より傷の治りが早いんです。だから、大丈夫。」
振り返って出ていこうとドアノブをつかもうとしたとき、
『ぐうぅぅぅぅぅ』
凄く腹の減った音が鳴った。シーナはとても赤面している。
男性「はっはっはっはっ!!」
男性はあまりの腹の音に大笑いしている。
男性「いやぁ、すまない。じゃぁとりあえず飯でもどうかな。丁度できたんだ。」
しかし家の中には何も食事らしきものはない。
男性「…今日は外で食べるんだ。安心しな。魔除けはしてる。」
トマトと羊肉、ほうれん草を煮込んだスープはシーナの体を温めた。
男性「基本的にここは寒い。だから、こういうスープは体に染み込む。」
シーナ「はい。本当においしいです。夜景も綺麗ですね。」
男性「…うん。そうだね。」
少し寂しそうな顔をしているのがシーナにはわかっていた。
彼は夜空を眺めながら何かつぶやいている。
男性「…あぁすまない。名乗るのが遅れていたよ。私はオリバー。商人とか狩猟とかやってる。」
シーナ「…い、いえ!私こそ助けてもらったのに。私は…」
名乗ろうとしたとき、兄に言われたことを思い出した。
『お前のその目は、敵に狙われる存在だと母様も言っていた。』
(オリバーさんには命の恩人。治療も食事も寝床も用意してくれている。青眼が目的ならこんな事しないはず。い、いや油断させてから拘束するのかもしれない。)
シーナは悩んだ。王国の追放者としれたらどんな扱いを受けるのか王国の魔術学校で学習していたため知っていた。奴隷として扱われたり、闇市では人身売買が行われているらしい。
ベイリーン王国、大陸で3番目に交易の盛んな王国といわれている。
男女ともに美貌なほど値段が高いし、何か有名な肩書があるのも値が付く。
今自分はまさにそういう商人にとっては凄くおいしいモノなんだと改めて気づく。
シーナ「……」
オリバー「え、えーっと君?どうかしたかい?」
シーナ「え?あ、ぁぁ!え、えっと、私はリーファと申します。」
オリバー「…そうかい。リーファちゃんねえ。ベイリーンから来たのかい?」
シーナ「え、ええ。そうです。でもなんでわかったんですか?」
オリバー「そりゃあ、ここら辺の人じゃないからさ。君、十歳くらいかな。華奢な服装なわりには狩猟型ナイフや水筒など必要な物が入っていた。王国から出たかったのかなぁと思ってさ。」
オリバーの洞察力にシーナは驚かされた。
シーナ「…いえ、私はまだ七歳です。」
彼は飲んでいるスープを吹いた。
オリバー「な、七歳!?と、とんでもない。七歳が20キロもある道を歩いて来たのかい!?」
ーこれまであったことを話した。私が王女であること、青眼を敵に狙われていることは隠した。
彼が作ったスープは奥さんと娘さんの好物だった。奥さんは異形と化してしまい、娘さんは田舎の病院とも言えない施設で治療中だという。
体調がすぐれず、寝込むことが多い娘さんだが、たまに起きては色んな話をするとよく笑ってくれるとオリバーさんは声を少しこわばらせながら言った。
私の額や首にある黒いアザのことを聞かれた。娘さんにも同じようにアザがあるらしい。
オリバー「王国になんでも治せる回復魔術師がいると聞いてすぐに会いに行ったんだ。でもね、まともに取り合ってくれなかったんだ。やはり、信用できないな。王国は。」
シーナ「カリヴァーさんはそんな人じゃありません!!」
彼女にとってカリヴァーという男は忙しい両親や兄に代わって、色々付き添ってくれた信頼ある人なのだ。
その人を馬鹿にされた。声を張り上げて反論する。
オリバー「しーっ!…魔除けはしてるが野犬どもや人狼は機会をうかがっているんだ。」
あたりを見回して警戒する。
シーナ「ご、ごめんなさい。」
オリバー「………まぁ気持ちはわかる。だが私がやられたことは事実なんだ。だけど、この話には続きがあってね。」
諦めて王国から帰ろうとしたときにカリヴァーさんが呼び止めて、すぐ調合した錠剤をくれたというのだ。
オリバー「それからサラは目が覚める頻度が増えたんだ。誤解させてしまってすまないね。」
シーナ「やっぱり!そう、カリヴァーさんはとっても優しいんです。彼の冒険話も面白いですよ。」
オリバーは娘と久々に話した感じでとても不思議な気分だった。ずっと重かった黒いものが払拭されていくような。
シーナは彼の話を聞くことで気を紛らわせていた。勿論、家族の話をすると心配されるうえ、王女だとばれてしまうためしなかった。それでも彼女は安堵していた。