第2話:左眼
シーナは泣き崩れた。顔を真っ赤にして涙を流した。彼女は幼きながらも状況を理解していた。自分のために盾になってくれたのだと。ただ、『寂しかった』のだ。どこかもわからない場所にとばされ、王国に帰れないという不安、敵が誰かもいつ襲ってくるのかもわからない恐怖。彼女はこれほどまでの体験はしたことはなかった。いつも兄がいてくれると安心していた。しかし、今はいない。
シーナ「…うっ、ぐすっ、うぇ…」
泣きながら歩きだした。うす暗い森の中に足を踏み込もうとしたが、聞いたこともない呻き声に圧迫され、動けなくなった。
???「…オマエハ…シド…」
シーナは視線を落としてその怪物と目を合わせないようにしたが、その不気味な声はもう耳元に近かった。彼女の頭は「殺される」ことにしかなくただ恐怖していた。声も出せなかった。
???「ニクイ…オマエハ…オレヲコロシタ」
その怪物はシーナの首を掴み、首を絞める。シーナから見たその怪物は人狼だった。
人狼「…コロシテヤル」
力を強め、シーナは息ができなくなる。両手で人狼の手をつかむが力が入らない。
シーナが気を失いかけた時、左目に強い熱があるのに気付いた。そして何かドロッとした液体が頬を伝うのを感じた。涙ではないことは直感的に分かっていた。
「ぷちゅん…」
何か潰れる音が聞こえた。同時に人狼が苦しみだした。
人狼「グルオオオオオォォ!」
両手で両目を抑え、後ずさりする。
人狼「ナ、ナニヲ…シタ!オデノメガァ!メガァァァ!」
シーナは苦しんでいる人狼に近づいていた。ナイフを持って。無意識なのだ。自分が何をしようとしているのかさえ分かっていない。
その人狼も目が見えなくとも気づいていた。先ほどとは違い、とてつもない殺気を放ち、自分に近づいていることを。そして恐れていた。身動きができないほどに。
完全に立場が逆転していた。
―そしてシーナが気が付いた時にはもう人狼と呼べない程の状態だった。
シーナ「なに、これ」
ナイフを落として尻もちをついた。
シーナ「わ、私がやったの?」
両手を見ると、人狼の飛び血が付いていた。
シーナ「うっ、父様、母様、兄様。私は…人殺しを…」
彼女は家族のことを考えていた。特に兄のことを。狩猟用のナイフが入っているということは自己防衛のため。
生きろというメッセージなのだと気づいた。
そして7歳にしては冷静沈着だった。すぐ切り替えて、人狼の墓を作り、祈った。決して自分を責めてはいなかった。ナイフを拾い、先ほどの薄暗い森の中ではなく、日が照っている森を基準に歩いて行った。