突然の別れ
ある日、ベイリーン王国で王女が生まれた。彼女は「シーナ」と名付けられた。彼女の左眼は青く澄んでいた。誰も青眼を見た者はおらず、歴史ある研究資料にも載っていなかった。そのため民衆に恐れられないように眼帯をつけることになった。なぜ恐れられると王様は思ったのか。それは「異形」と化した怪物になってしまうかもしれないからだ。しかし、シーナはすくすく成長していった。
母親であるルーナのように綺麗な顔立ちとつやのある金髪が目立っていた。ルーナは逞しく厳格な性格で王女ながらも騎士団長だった。一方でベイリーン王である父のシンドラは優しく気遣いができる温厚な性格で、シーナの性格は父に似ていた。王子である兄のシドは母に似た性格で器用な面もあり、人気者だった。
シーナはよく笑い、魔術の勉学にも真面目に取り組んだ。それでも、火・水・木のどちらかの基本魔術も、貴族出身に多いといわれる光魔術も、女性に多いといわれる回復魔術も扱うことができなかった。
ベイリーン王国の治安も良くシーナが7才になる頃、両親は遠国の商談に赴くために王国を留守にした。しかし、予定した日に両親は帰ってこなかった。
その日の夕方、兄はシーナを部屋に呼び出した。その部屋の床には複雑な魔術法を描いている兄がいた。
「…シーナ。丁度いいところに来てくれた。お前に話がある。」
兄は真剣な眼差しで私を見る。
「お、お話って?」
変な緊張をしながらも兄に問う。
「今からお前は、私の空間魔術で逃がす。」
「えっ?」
「時間がない。こっちに来い。」
「え、ちょ、ちょっと待って!ど、どういうことですか!空間魔術?逃げるって誰から?」
シーナは混乱してしまう。シドは光魔術を扱う。今までその場面を身近でシーナは見てきた。本来、魔術師が扱えるのは基本一種類の魔術だけだ。稀に二種類の魔術を扱う者がいるが、光魔術や回復魔術とは別に他の魔術を扱える者は聞いたことがなかった。シーナは常軌を逸した状況に不安を抱く。
「驚くのも無理はない。この空間魔術もまだ未完成だ。だが、今だけは私を信じろ。」
そういって、シドはシーナの手を引っ張り、魔術法の前に立たせる。
「…兄様…」
震えた声でシーナは言う。
「…お前の左眼は何かこの世界を変える力があると母様が言っていた。しかし、それは敵に狙われる理由にもなる。だから、その眼は絶対に誰にも見せるな。」
シーナの方に向き、膨らみのある小さめのバッグをかける。
そして、シドは魔術法に向かって何か呟いている。すると、
魔術法の中心にシーナが入れるくらいの空間ができる。
「このくらいでいいか。よし、これでお前は逃げられる。」
シドは安堵した声で言う。
「に、兄様も、兄様も!一緒に逃げよう?」
不安と恐怖に駆られる中で、声を絞り出してシドに言う。
シーナは、誰かも分からない敵から逃げ、知らない土地に
行くより兄と離れる方が怖かったのだ。
「…そうだな。」
シドはシーナの背中を押す。
シーナは安心したように空間をくぐる。その場所は緑いっぱいに広がる草原だった。しかし、シーナはその場所を知らなかった。森に囲まれた草原では、少し風が吹く音が聞こえるほど静かだった。
「...必ず生きろ、シーナ。」
背後からシドの声が途切れながらも聞こえる。ふりかえると徐々に空間が縮まっている。
「...いやぁ!いやぁ!兄様!待ってぇ!」
シドの空間魔術が閉じる。
「兄様の馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!」
静寂な場所で両親の生存もわからず、兄においていかれ、一人になってしまったシーナは声がかれるまで泣き叫んだ。