case006:藤咲千代①
また今日も学校を休んだ。
この春、中学二年生に進級して一ヶ月程過ぎたけど、まだ何日も行けていない。
小さな頃から病弱ですぐに熱が出る。酷いと高熱が数日続き、学校はいつも休みがちいだった。
幸い、二年になってもクラス替えは無いみたいで良かった。去年はここまで酷くなかったんだけど。
────ピピピ。
体温計のアラームが鳴る。表示は37.5℃。
薬が効いてきて、午後になって大分下がったかな。
今日は土曜日で本当は診察は午前中だけなんだけど、すっかりお得意様の私は診てもらえる。
熱で怠い体を起こして、ベッドから降りる。
怠いけど、それでも、行かないと。
「こん、にちは~‥」
家から数分の所にある蘇芳医院。この時間はもう閉まっているので、裏の自宅の方に。
チャイムを鳴らすと、私が来るのを待っていたかのようにドアが開いて。
「千代ちゃん、また熱出したんだって?大丈夫?」
迎えてくれた優しい顔に、私はまた熱が上がってしまいそう。
蘇芳祐希さん。
ここの先生の息子さんで、高校二年。私が昔から熱を出してここに通っているので、優しい『お兄ちゃん』みたいに接してくれる、私の、好きな人。
うちは母子家庭で、お父さんは私が幼稚園の頃に亡くなった。お母さんは小さな輸入雑貨の会社の社長さんで、生活には困っていないけど、お仕事はいつも忙しく、熱を出した私はこの病院の──お兄ちゃんのお世話になっていた。
学校を休みがちで友達が少ない私と遊んでくれたり、勉強を見てもらったり、いつも守ってくれるお兄ちゃん。
なんでこんなに苦しんだろう、どうして自分だけが。そんな風に思ってた時期、優しい笑顔と手に救われた。
そ、それは好きになっちゃうよね。でも、今のままだと、私は『手の掛かる妹』なんだろうな‥‥。
それから、病院の方に回って休憩していた先生に診てもらう。
風邪とかの場合もあるけれど、根本的にはやはり身体が弱いせいだろうと言われている。中学になったけど背も低いし、体型が小学生の頃から変わっていない。
調子が良い時は運動頑張らないと。このまま成長期終わってたとか困ります。
お薬を頂いて、今日はお母さん早く帰ってくる予定なので、そのまま家に帰ります。小学生の時は遅い時、よく夜までお邪魔したりもしてたけど。
すぐ近くだけど、お兄ちゃんは送ってくれる。
「大丈夫?つらくない?」
「う、うん」
そっと差し出してくれる手を繋ぐ。暖かくて大きな手に、ちょっとドキドキ。ね、熱がまた上がってしまいそう。
「まだ、ちょっとありそうだなぁ。無理はしちゃダメだよ?」
はわわわっ。顔、近い、近い!
もお、こんなにドキドキしてるなんて気が付いてないんだろうなぁ‥‥。
そんな時だった。
何か黒い物が歩道を歩く私達の前に飛び出してきた。見たことのない、犬の影のような、え、何、これ。
「GURYUUU」
唸り声を上げて、威嚇してくる影。あまりに非日常的な事に、
私は動けない。
「千代ちゃん、危ない!」
「お兄ちゃん!?」
影は動けない私を狙い飛び掛かって来るが、お兄ちゃんが前に出て、それを止める。噛みつかれ、右手の袖が赤く染まった。
それでも、お兄ちゃんは私を守ろうと前に出る。
だ、誰か助けを呼ばないと、お兄ちゃんが──。
周りを見回すが、夕暮れ前のこの時間は元々人通りも少ないが、今日に限っては誰も見当たらない
影は体勢を戻して、再び襲ってくる。
大型犬くらいあるそれに体当たりをされて、お兄ちゃんは弾かれ、道に転がった。今度は動けない。
いけない、このままじゃ‥‥。
次の攻撃に身を低く構える影。
───私がお兄ちゃんを守らないと!
必死にお兄ちゃんに駆け寄った。
「消えなさい!」
来るだろう衝撃に、ぎゅっと目を瞑った時、女の人の声と共に閃光がる。
目を開くと、光に包まれた影が溶けるように消えていく。
そして私達の隣には、まるでゲームから抜け出てきたような、黒いマントに戦士ような鎧を着た、赤い髪の女の人が立っていた。
「危なかったわ。こんなのが寄ってくるなんて‥‥大丈夫?」
アニメやゲームみたいな展開に、ボーッとしていた私は、女の人の声に気が付いて。
「お兄ちゃんが!」
「‥‥これはいけないな、少し魔力を借りるよ」
ぐったりしているお兄ちゃんを覗き込み、傍らに膝間付くと、小さく何かを呟き、お兄ちゃんの傷に手を当てる。
柔らかい光が溢れ、苦しそうだったお兄ちゃんの表情が和らいだ。
「あ、ありがとうございます」
「ん。さて、ちょっとお話をしようか、藤咲千代ちゃん」
家に着いた。鎧の女の人が、お兄ちゃんを軽々と背負って連れてきている。まだ気が付いてはいないみたい。
お母さんは、まだ帰って来ていない。お兄ちゃんをリビングのソファーに下ろして、私達も腰を下ろした。
「えーと、何から話たものかな‥‥」
彼女の名前はカレンシア。妖精、らしい。
そして、あの影も妖精の一種で、私の持っている魔力に惹かれて現れた。影は彼女の力で消したが、お兄ちゃんを癒すのは魔力が足りず、私の力を借りた。
そういう事らしいんだけど、信じられないような話に理解が追い付いていけてなかった。
実際に見たし、体験した事だけど。妖精?魔法?
「夢か何かとか思いたいだろうけど、私達妖精はいるんだ。君の事はしばらく前から調べさせてもらっていたんだ。最近になって魔力が強まっていたんだ。この所頻繁に熱が出たりしていただろう?」
私の熱は魔力が強くなって抑えられなくなるのが原因だった。
人間は普通魔力は持たないが、希に私のような人が生まれてしまう。力が弱ければ、大きな影響はないんだけど、大きくなると私のように熱を出したり、精神に影響が出たり危ないらしい。
「先程、治癒に魔力を使った分、落ち着いたんじゃないかな?」
「そう言えば‥‥微熱くらいあったのが下がってる?」
「そう言う訳でな、まさかああいった輩を引き寄せてしまうまでとは思っていなかった。すまない」
「いえ、助けて頂いたし、そんな‥‥」
身体の事とか、魔力なんてのがあるなら納得、かな。
大きな病院でも、よく分からなかった、身体の奥の何かが発する熱の正体。
「それで、だ。君の場合、魔力の発散とコントロールが出来れば、発熱に関しては大分改善できると思う」
「完全に治るっていう訳ではないんですね‥‥」
「そうだな。魔力を必要とする妖精とは異なる人の身はには、魔力は毒ともなる。魂が生み出す魔力は無くす事が出来ない以上、付き合っていくしかないだろう」
少なくとも今のように頻繁に熱で倒れるような事がなくなれば、お兄ちゃんやお母さんに迷惑掛けなくてすむよね。
そうしたら、ちゃんと女の子として見てもらえるだろうか。
そして、定期的に彼女──カレンシアさんが、様子を見に来てくれる事になった。
私のような人は、大昔、人と妖精が共存していた頃の名残みたいなもので、私は魔力が有るだけだけど、見えない妖精の姿を見る事が出来たりする人もいるそうだ。
魔力が強すぎて暴走しかねない人とかは、妖精の国で保護しないといけないので、普通に生活出来そうな私は良い方、なのかな?
「あの、お兄ちゃんは‥‥」
「今日の事は忘れていた方がお互い良いだろう」
カレンシアさんはどこからか袋を取出し、中の粉みたいなものを、お兄ちゃんに振掛け、そう言った。
「しばらくすれば目覚めるだろう。妖精に関しては秘密にしておいて欲しい。騒ぎになっても困るだろう?」
「わかりました」
そしてカレンシアさんは「また来るよ」と別れを告げ、現れた時のように消えてしまう。
なんだか夢にも思えるけど。
寝ているお兄ちゃんの顔を覗き込む。
今日も助けてくれたね。その、熱とか良くなれば、で‥‥デートとかもできるかな?
運動とかも頑張って、ないすばでぃ、に?
うん、今日はありがとう、お兄ちゃん。
そっと、頬にキス。
数話分でしっかり書く方が良かった気がします。