case003:爆誕!?魔法少女ヘルミーナ
本日のオススメ。春限定!
桜レアチーズ、桜ロール、桜餡のモンブラン、苺と桃のムース、苺とベリーのタルト。
久し振りに王都を訪れた私は、白い壁に赤い屋根のお店自体が可愛いケーキみたいなスイーツ店の手書きの看板に立ち止まった。
ガラス越しに見える店内のショーケースには色取り取りのスイーツが並んでいる。
ああ、スイーツは何故こんなにも世の女子達を惹き付けるのか!しかも春限定、丁度時間はお昼過ぎの、ティータイム!
思わずフラフラと店内に向かいそうになってしまうが、小さな身体に自動ドアは反応せず、ガラスに頭をぶつけて我に返った。
うん、今日は普段の姿だし、人間達が使うお金だって持ってきていない。
うー、目の前に繊細で可愛くて、きっととろける舌触りで、至福の時を味わえるであろうスイーツ達が待っているというのに!
残念です、無念です。絶対、この任務が終わったら買いに来るんだからっ!
「‥‥‥妖精さん?」
そんな事を考えていたら、幼女に見つかってしまいました‥‥。
年は七つ前後くらい?栗色のツインテール幼女が、しっかり私を見ています。白のワンピースに足首までの革のブーツ。この辺りの商人の子だろうか。
ええー、もしかして姿隠しの魔法がスイーツの魔力を前に消えちゃったとか?
いや、そんな訳ないよ。第一、幼女以外に足を止める人はいないし、多分あれだ。
どうしよう、この子、《妖精視》持ちだわ。
とりあえず、お店の前で一見幼女が見えない何かと話しているのは不味いので、ビルの影の路地裏に連れ込んだ。
私が大きなお兄さんだったら通報ものだが、可愛い妖精さんなのでセーフ。
そう、私は小妖精。身長は三十センチ程で、背中に蝶の羽という、人間達には典型的な妖精に見えるだろうな。まあ、姿隠しの魔法のおかげで見えないけど。
で、この幼女はそれを見破る《妖精視》を持ってると思われる。
極稀に妖精とかの血が先祖返りだったり、魔法の素質持ちだったりという人がいるのよね。
ここシュテルケンは未だに妖精信仰が残っている。実際千年前くらいまでは結構妖精も残っていたらしいし、そういった力を持って生まれる可能性はあるんだけど。昔ならともかく現代では要注意人物だ。
見えない物が見えるのは、私達にとっても彼女にとっても良くないよ。
「妖精さん、魔法少女にしてください!」
「まほーしょうじょ???」
「魔法少女かなでちゃんは、魔法の国からやってきた妖精さんの力で魔法少女に変身するの!」
どうしたらものかと思案していると、幼女はそんな事を言い出した。
「かなでちゃんは凄いの!マジカルドリンクで大人になるの!駆けつけサンバイなの!」
どうやらヤマト帝国のアニメらしい。
そのドリンクは幼女が飲んだらいけない奴じゃないかなー。
「でね、妖精さんは『ボクと契約してキャンペーンガールになってよ』って魔法少女にしてくれるんだー。ライバルの魔法少女と戦って業界最大手を目指すの!」
身振り手振りを交えて、かなでちゃんの魅力を幼女は語ってくれた。スポンサーはきっと酒造メーカーなのだろう。CMに出てくる『かなでちゃんのマジカルドリンク呑み比べ三本セット』が欲しかったそうだが、子供向け番組の商品じゃない。
「か‥‥かなでちゃんはともかく、あなた、お名前は?」
「ヘルミーナ!妖精さんのお名前はー?」
元気に答える幼女。一人みたいだけど親御さんは一緒ではないのか?
「私はミモザよ」
「じゃあ、ミモPね!」
終始ご機嫌な幼女──ヘルミーナだが、なんだそのPは?
「妖精さんは魔法少女をスカウトして育てるプロデューサーだからPって呼ぶんだって」
かなでちゃん、アイドル物が混ざってるじゃん!混沌とした内容に逆に見てみたくなってきた。
いや、かなでちゃんはどうでもいいんだ。
問題は、この子。《妖精視》だけなら多少の問題で済む。普通に人間達に溶け込んでいる連中はそもそも問題なしだし、私のような如何にも妖精ってタイプとか魔物タイプは、滅多に人里に来たりしないし。
ただ、それ以外にも妖精由来の力がある場合、所謂《取り替え子》はマズイ。
妖精のイタズラの一種で、生まれる子供と妖精の子供を交換されると人間には伝わっているようだが、遥か昔は人間と妖精の婚姻もあったし、希薄になったとはいえ魔力が存在しているので才能持ちも生まれてくる。
そんな彼らが普通に暮らせるかというと、大抵は迫害を受け居場所を失う。最悪その力を暴走させてしまった事件も。(十年ほど前の《カートラントの爆発》はこれが原因。人間の間では隕石が墜ちたとか言われてるけど)
うーん、私じゃちゃんと魔力の有無は見れないし、報告案件なんだけど、幸い今回の任務の対象なら視えるかも?あれでも上級妖精だし。
「ミモP、契約はー?」
「私は見習いだから契約は出来ないの、でも今王都に私の先輩が来てるから、その人にお願いしてみるといいかもねー」
すっかり私の事を魔法少女かなでちゃんの妖精だと思っているヘルミーナ。
ここはあの人に丸投げしてしまおう。ついでに私のお仕事も終わるし、スイーツの為に出直さなきゃいけないのよ!
妖精は嗜好に拘りがある子が多い。私ならスイーツに目がない。うう、桜餡のモンブランとか絶対美味しいよ‥‥。
本来の私のミッションは、抜け出した先輩を確保する事だった。
先輩は辛い物が好物だ。そして、最近激辛カレーのお店が新しくオープンしたとの事。目玉はファールという名前の唐辛子満載のチキンカレーだそうだ。
「‥‥‥‥やっぱり」
件の店に来てみれば、案の定、菫色の髪で蜻蛉の羽をした先輩は窓に貼り付いて、乙女がしてはいけない表情で「うへへへー」なんて声。
ヘルミーナちゃんは「ここはちゃんのPかなぁ」と思案顔。ここはちゃんというのは、かなでちゃんは同業他社の魔法少女の一人だそうだ。
ちなみにヘルミーナちゃん、両親はあの近くで雑貨屋を営んでいて、お昼は忙しいようでこの時間は一人でお散歩なのだそうだ。
一応、幼女連れ回すので確認しました。
「うん、普通に気持ち悪いわ」
普通に声に出てしまったが、ヘルミーナちゃんに「最初に見たミモPと同じ顔だね!」と言われてへこむ。流石にあそこまでひどくないよね!?
「先輩ー、定時報告がないって隊長怒ってますよ」
「んあ!?なんだミモザか。せっかく香辛料の香りを楽しんでいたというのに」
ジト目で見てあげると、ようやく先輩が我に返った。この香辛料中毒が無ければ、普通の人なのに。
定時報告をすっぽかしている事と、途中で見付けたヘルミーナちゃんについて説明する。
「妖精さんが二人ー」と喜ぶ彼女だが、場合によっては『確保』しなくちゃいけなくなる。出来れば幼女誘拐犯にはなりたくないなぁ。
「見た所余剰魔力が漏れていたりは無さそうだ。隠れている素質などは、流石に精密検査でもしないと何とも言えんが、定期的な観察くらいで落ち着くだろう」
先輩にヘルミーナちゃんを視てもらい、ホッとする。と、なると後は‥‥‥。
「ねえねえ、契約はー?」
これ、どうしようか。私達小妖精にそんな能力はありませんとも!
「契約ってどうやるんだい?」
「マジカルドリンクを飲ませてもらうんだよー」
「かなでちゃんのいいとこ見てみたい~」という妖精の決め台詞でマジカルドリンク一気呑みをして変身するらしい。
──────アウトぉぉぉ!!
「契約はダメです。お酒は二十歳になってから!」
こうしてヘルミーナちゃん魔法少女計画は失敗に終わった。しかし、この国では十八才から飲酒が認められているので、それまで魔法少女の修行といった名目でヘルミーナちゃんを経過を見る事に。
───あと十年くらいでマジカルドリンク開発しないといけないのかなあ。
料理や食材名前など、あちらの世界の固有名詞があると思うのですが、基本的には分かりにくいのでリアル表記です。