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常若の国から。(仮)  作者: 小石川沙姫
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case001:森辺の春待ち草


長い冬が終わり、ようやく訪れた春。

この森は東側にある山脈の影響で積雪も多く、冬は長く厳しい。


積もった雪の間から、そっと顔を出した春待ちの草花。凍っていた小川は雪解けの水が流れ、刺すような風は暖かな日差しに柔らかな春の風に変わる。


私はこの季節が一番好き。

勿論、淡い色合いの花たち咲き、新緑に溢れる頃も好きなんだけど、真っ白な景色が終わりかけ、新たな生命が生まれ始めた、この短い間。


深いこの森が生まれた頃から変わる事のない、季節を繰り返すけれど、今、この時期になると今年は何かが変わるという予感がするから。



────チチチチ。


小川沿いに小路を散歩していると、巣作りを始めた小鳥の声。

こんにちは、今日は良いお天気ねと手を振ると、短く鳴いて小枝を集めに戻っていく小鳥たちを見送る。

川の向こうの茂みから顔を出したのはイッカク兎。彼は冬の間でも見かけたけど、やっぱり弛んだ春の陽気は嬉しいだろう。


いつもの散歩だけど、いつもと違う道。小川の流れが緩やかになった辺りは森の外れ。出てはいけないと言われているけど、ここまでなら良いよね?


小川は芽吹き始めた木々に囲まれた池に流れ込む。この池の先で森は終わり、その里の景色を見に来たんだけど。


池の畔には、人がいた。

大きなキャンバスに向かって考え混むように眉をしかめている男の人。

くすんだ金髪、無精髭で顔はよくわからないけど、背は高い方かな?

くたびれたコートには絵の具の跡。


この先には小さな町があるらしいけど、きっとそこから来たのだろう。

町の人はこの森に来る事はあまりないので驚いた。


まだ青年と言える年齢っぽいし画家の卵なのだろうか。彼がどんな絵を描いているのか気になって、そっと後ろから覗き込む。


そこには様々な色彩で描かれた、私のよく知る森の姿があった。



それからしばらく、彼は毎日のように通って来て、日が傾き始めるまで絵を描いていた。

そんな彼の様子を見に来るのが私の日課になった。


キャンバスの絵はまだ完成ではないようで、筆を取っては、唸って戻す。スケッチブックを取出し、森や、池に泳ぐ小魚を何枚も描いている。

お昼になると、暖をとっていた焚き火でお湯を沸かして珈琲を淹れ、固いパンをかじる。

それからまたキャンバスに向かったり、スケッチを続けたり。


大体毎日がそれの繰り返し。

でも、悩ましげだったり、魚が跳ねて驚いた顔だったり、スケッチが満足の出来だったのか得意げな顔だったりと、変わる表情。

お髭とか、寝癖の残った髪とか、ちゃんとお手入れすれば、結構カッコいいと思うのに。



暖かな日が続いたかと思うと、また寒い日に逆戻り、それが繰り返しようやく本当に暖かくなってくる。

その寒い日が続いたあと、彼は森に来なくなった。


まだ、あの絵は完成してないよね?

どうしたんだろう。あれだけ悩みながら描いてのに、やめちゃったって事はないよね?


もし、そうだったら。もうここには来ないかもしれない。スケッチは沢山描いていたし、題材を変えるなら町から通うのが大変な森は選ばれないかも。


不意に見つけた円環の外。

何かが変わると思ったけれど、それも呆気なく消えてしまいそうで。



それから幾日かが過ぎた。

残っていた雪も減り、緑色の方が広がり、凍えそうな日は少なくなった。そろそろ春の代表とも言えるサクラの花が咲き始めそう。


私はまた森辺の池に来ていた。


そよぐ風と暖かな日差しを感じながら、また変わらぬ日々が続くのかとため息を吐いた時。


ガサリと茂みが揺らいだ。

そこには画材を背負い、毛皮の帽子にやや長い目のマフラーでいつもよりも厚着をした彼がいた。


荷物を下ろすと、まず焚き火を起こす彼。

少し熱っぽい疲れた顔をしていたが、池を見渡し、若葉が目立ち始めた木々を見上げると、よしっと気合いを入れて準備を始める。


そっか風邪とかだったのかな。日が傾きはじめると急に気温が下がる。それでもぎりぎりまで頑張っていたから。


私は彼額に手を当てて。

うん、大丈夫そう、かな?

でも、無理はしちゃダメだよ?


そんな私には気付かずに、彼は石に腰掛けスケッチブックを広げると、この前よりも一段進んだ春の風景にペンを走らせた。


分かってはいるけど、むうっと唸って、ちょっと強めの風を纏う。

捲れ上がったスケッチブックに慌てた彼の姿に、くすりと笑い。


もうしばらくは退屈しなくて良さそうな事に安堵した。



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