生み出すことに意義がある
死神は悩んでいた。
この初老の生物学者の命を奪うべきかを。
彼は孤独を感じて生き続けていた。
見た目にコンプレックスを感じていたのだ。
彼の左右の目は大きさが違う。
だいぶ違うのだ。
彼とまともに目を合わせて会話する人間はいなかった。
ある秋の日、彼はデパートのショーウィンドウにたつ素敵なマネキンを見かけた。
彼はマネキンを凝視した。
マネキンは彼から目をそらさなかった。
彼は嬉しくなった。
人間でなくてもよい。
彼と目があい、そらさなかった。
それだけで嬉しかった。
毎日の散歩が彼の楽しみになった。
マネキンに会えるからだ。
日課のように通い、10分は眺める。
そんな日々が続いた。
彼はマネキンを手元に置きたくなった。
思い切って店員に相談した。
気味の悪い客をマネキン一つで追い出せるなら安いものだ。
そんな気持ちを出さずに店員は快諾してくれた。
彼はまた引きこもった。
マネキンがいれば、それだけでよかった。
しかし、そんな日は長くは続かなかった。
このマネキンに命があれば。
そんな欲が彼の心を蝕んでいった。
生物の心はどこに宿るのだ。
脳なのか、心臓なのか、それとも全身なのか。
生物学者として悩んでいた彼にとって
肉体とは心の入れ物にすぎないのではないかという思いが日々強くなっていった。
彼の住む町から、人が一人、また一人と消えていった。
サヨナラも言わずに、消えていった。
人が消えていくことなどに興味がない彼は
マネキンを愛でるたびに
「生み出すことに意義があるんだ」とつぶやいている。
死神は悩んでいる。
倫理があればこの生物学者を連れて行けばよい。
しかし、この生物学者がいれば、仕事は楽になる。
マネキンはただ無表情に空をみていた。
何も生み出さない空虚な彼の行為をみていた。