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それは雷に打たれたように

「その二つは、昨日家に帰ってから私が検索をしまくって見つけた物だ。今の時代、ネットは便利だが……それ以上の物は引っかからなかったな」


 ある程度紫苑が記事を読み終わったところで、夏美は解説するようにそう呟いた。

 それを聞きながら、紫苑はとりあえず気になったことを確認していく。


「ええとつまり……このブログの記事と、昨日から言っていた水死体の事件。そして玲君が見た『ヤキザカナ』の件は全て繋がっているんですね?だからこそ、夏美さんはそれを推理した、と?」

「そう言うことだ。個別の話だけを見ると分かりにくいかもしれないが、その三つを繋げていくとこれが殺人事件であることが分かる」


 それなりに推理に自信があるらしく、夏美は気負いも不安も無く、当たり前の事実を述べるかのような口調でそう口にした。

 理由は知らないが、彼女の中ではこのことはもう確定事項となっているらしい。


 しかし、記事はともかくブログの方を今しがた初めて見た紫苑としては、そこまでの核心は当然得られない。

 必然的に、その場で当惑するにとどまった。


「え、でも……このブログの話って、信頼出来るんですか?何だか怪談っぽい話ですし。それに、あくまでネットの話である以上、信頼性はちょっと疑問じゃ……仮に本当だったとしても、このA川とU橋というのは、仇川(あだがわ)裏形橋(うらかたばし)じゃないかもしれませんよ?」

「いや、それが本当の話であることは……少なくとも、望鬼市在住の人間の筆によるものであることには間違いない。ブログの他の記事も見たんだが、家の近くを撮ったという写真が明らかに仇川周囲の写真だったからな。ブログの更新日時にしても、行方不明届が出されたはずの日時とも一致する」


 聞かれると分かっていたのか、夏美は余裕の表情で回答する。

 それを聞いて、紫苑は「そう言えば夏美さんも、望鬼市周辺には土地勘があったんでした」、と思い出した。


 現在はまだ幼い玲しか里帰りはしていないが、そもそもにして望鬼市は彼女たちの父親の故郷である。

 当然、夏美がもっと幼かった頃には、彼女もまたあの場所でそれなりの時間を過ごしていたはずだ。

 ブログ記事から見覚えのある土地を当てるくらいは何とかなる、ということか。


「じゃあ、とりあえずこのブログは本当に仇川周辺に住む人が書いたとして……それが、玲君の話とはどう繋がるんです?ブログと水死体の件はまだ繋がりが分かりますが、そこだけ話が飛んでいるというか……」

「いや、それは昨日の時点で殆ど答えが出ているぞ。そこを深めていけばすぐに分かる」

「昨日の時点で?」

「ああ、白雪部長も言っていただろう?パッと思いつく可能性を……」


 そう言って話を続けようとしたところで、不意に駅のホームにピンポン、と音が大きな響く。

 明らかに紫苑たちの頭上で鳴り響いてきたそれに二人が反射的に顔を上げると、屋根に吊り下げられた大きな電光掲示板が更新されていた。

 どうやら、五分後にここに電車が滑り込んでくるらしい。


「ん、そろそろみたいだ、私たちが乗る電車……ちょっと待ったが、ようやく来たらしい」


 自分が手に収めている切符と電光掲示板を見比べながら、夏美は今更のように説明をしてくれる。

 それを聞いて初めて、紫苑は自分が乗る電車すら把握していなかったことに気が付いた。

 望鬼市に行くということだけ聞いていて、細かい部分は気にする余裕が無かったのだ。


 自分の不注意さにちょっと呆れていると、そこで夏美はするりと紫苑に近寄ってくる。

 そしてさらっとラミネート加工された紙片を回収すると、そのまま紫苑の耳元でボソリと囁いた。


「すまん、電車が来た以上、私たちはこれから乗り込む訳だが……電車内では、事件の話は一旦中止にしてくれ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。ここからは話の核心に入っていく。今までの話は誰に聞かれようとどうでもいい話だったが、ここからはそうじゃない」


 それだけ言って、夏美は何事も無かったかのように再びするりと体を離す。

 瞬く間に言いたいことだけ言われた紫苑としては、ただ驚くしかなかった。

 望鬼市行きの電車がやって来たのは、それからすぐのことである。




 東京から望鬼市へは、電車で向かうと二時間弱の時間がかかる。

 新幹線や飛行機という移動手段もあるにはあるのだが、東京から見た望鬼市はそれらを使うにしては近すぎて、しかし電車や車でもすぐには着かない、という絶妙な位置にあった。

 女子高校生の財布事情も考慮に入れると、電車で移動するのが最もコストパフォーマンスが良い。


 そういう意味では、その二時間は仕方の無い所要時間だった。

 どういう手段を選んでも、このくらいのロスは発生すると言ってもいい。


 だが同時にこの時間は、実に気になるところで話を打ち切られた紫苑としては、非常にじれったい時間でもあった。

 何せ昨日からこっち、話が核心に入りそうになった瞬間に諸事情で夏美が黙り込んで話を聞けなくなるという、酷くもどかしい体験が連続している。


 例えるなら、視聴率獲得に必死なバラエティでも見ているかのような気分だった。

 絶対に良いところでCMが入る。


 だがしかし、我慢しなければ話を聞けないというのもまた事実だ。

 夏美の言う通り、電車内がある程度空いているとは言え、死人の出ている話を公共の場でおおっぴらに行うのも憚られる。

 結局、紫苑は言われた通りに電車内では沈黙を守り、女子高生らしくチマチマと携帯電話を弄っていた。


 そうやって我慢している内に、何とかして二時間が経過。

 電車は悠々と望鬼市内にある駅──夏美の話では、この市で唯一の大きい駅らしい──に辿り着き、ようやく紫苑は沈黙から解放された。

 ならば当然、やることは決まっている。


「夏美さん、お望み通り望鬼市に到着しましたね、私たち」

「ああ、来たな……まあ私としては、三月初めに玲を送りがてら高校の制服を見せに行ったから、そんなに久しぶりでも無いが」

「それはどうでも良いんですけど……話してくれますか、夏美さんの言う『殺人事件』の話」


 焦らされに焦らされた紫苑は、結果として話をせがむような形になる。

 すると夏美はこちらをちらりと見て、一瞬どうしようか、という顔になった。

 だが、周囲に人が居ない様子──時間帯と元々の人口もあってか、駅から出てしまうと周辺には殆ど人が居なかった──を確認して、まあ良いか、という顔をする。


「分かった、ここから先はお前にも話を理解してもらわないと困るから、ちゃんと私の推理を解説しよう。歩きながらになるが、良いか?」

「別に良いですけど、どこに向かうんです?」

「勿論、仇川だ。この駅は海沿いにあるから、ちょっと歩けば死体が見つかったという仇川河口……仇川が海と合流するところにまで辿り着ける。正確には河口のやや上流に着くんだが、まずはそこに向かうぞ」


 そう言いながら、よいしょ、と口にして夏美は荷物を担ぐ。

 二人とも高校の鞄などは東京の駅のコインロッカーに預けてきていたのだが、夏美は何故か、東京から細長いバッグを持参していた。


 明らかに重そうなのだが、夏美は華奢な体で器用にそのバッグを担ぎ、スタスタと先導するように歩いて行く。

 よどみない歩き方から推測するに、既に仇川への道順は頭に入っているらしかった。

 置いてけぼりを喰らいそうになった紫苑は、ちょっと待ってください、と叫びながら、彼女の背中についていった────。




「まず最初に、お前の現状での理解度というか、意見を聞いておきたいんだが……紫苑は河口で見つかった死体の件、どんな真相だと思っている?何故その人物は、死ななくてはならなかった?」


 歩き始めてすぐ、夏美はそんなことを聞いてきた。

 紫苑が現状、どのくらい分かっているのか確かめたかったのだろう。

 まどろっこしいですね、と内心思いながらも、紫苑は請われるままに答えていった。


「……正直言うと、ブログの方の記事を見るまでは、死体のことは玲君の見た魚と同じで、雷で説明が付くんじゃないか、と思っていました」

「ほう」

「夏美さんも、あの記事と魚の件は関係があると言っていましたし……川の近くを歩いていた人が不運にも落雷に遭遇して、そのまま川に落ちてしまったのかな、と」


 実際、そう考えると説明が付かないことは無い。

 まず、雷は仇川の水面に直接落ちて、いくらかの魚を即死させると同時に、遠くにいた魚にすら焦げ跡を作った。

 そしてその時、丁度何らかの理由で人間が川べりを歩いていたなら────人の身にも、同じようなことが起きるかもしれない。


 電流というのは基本的に、電気を通しやすい方に流れていく性質を持つ。

 だから、何らかの物体に雷が直撃した際、人間がその近くに居ると、そちらから電流が飛んでくることがあるのだ。

 紫苑の知識が正しければ、側撃雷、と呼ばれる現象だったはずだ。


 もし、これと同じようなことが仇川にも起きていたというのなら、説明はつく。

 仇川に落ちた雷は魚を焼くと同時に、近くにいた人間にも流れていった。


 当然、とんでもない量の電流を一身に喰らう形になったその人物はまともに動けず、そのまま足を滑らせて──何なら、電気のせいで動きが麻痺して──川に転落し、溺死したのではないだろうか。

 だからこそ、同時期に似たような場所で水死体と「ヤキザカナ」は発見されたのではないだろうか。


「でもブログの話を見ると、この考えでは無理がでちゃいます。明らかにブログで語られていた踊っていた人影って、河口で見つかった水死体の生前の姿でしょうし……」


 そう考えると、最後の情景が紫苑の考えにそぐわない。

 あの話が正しいなら、水死体として見つかった人物は死の直前に何故か踊っていたという。

 それを語り手の夫にあたる人物は、橋の上から見ていた。


 つまり、現場には雨など、特に降っていなかったのだ。

 酔っ払いが平然と歩いて帰っているくらいなのだから、恐らく普通に晴れていたのだろう。

 そんな状況で、雷など落ちるのだろうか?


 一応、晴れていても雷というのは落ちることがある。

 ゲリラ豪雨の時などは、周囲が晴れていようが、一ヶ所に集まった積乱雲の中でゴロゴロと音を立てるらしい。

 だがしかし、仮にそんなことが起こっていたのなら、現場に居た語り手の夫もそれを覚えていることだろう。


 その人物はかなり酔っぱらっていたらしいが、それでも踊る人影を見咎めて橋の下を覗いたり、翌朝に妻に自身の目撃譚を語っていたりと、そこまで破綻していない行動をしている。

 恐らく、酔っていても記憶力などが殆ど損なわないタイプの人なのだろう。

 だというのに彼がその日の天候について触れていない──少なくとも、妻相手に話している時にわざわざ語る程のことと思っていない──というのは、どうにも引っかかった。


 要するに、玲の見た「ヤキザカナ」の件とこの水死事件を関連付けるなら、現場に雷が落ちたのは必須事項。

 しかし水死事件の方から証言を辿っていくと、現場に雷など落ちていないことが確定してしまうのである。


 だからこそ、紫苑はこれらの話に関連を見いだせず、困ってしまっていた。

 正直、魚の方は、「ずっと前の天気の悪い日に雷が落ちたからそうなった」と考えればそれで済む。

 そして水死体の方は、「酔っぱらい過ぎて危険な川べりで奇行に走った人物が、不運にも事故死した」と、二つの事件を分けて考えた方が余程すっきりすると思う。


「……私の考えとしては、こんなところです」


 二時間の電車の中でつらつらと考えたことを言い終えると、前を進む夏美はいつの間にかこちらに顔を向け、後ろ向きになって歩いていた。

 割と、真剣に話を聞いてくれていたらしい。

 尤も、危険極まりない行為なので、紫苑は即座に肩を掴んで止めさせた。


「ちょっと、ちゃんと前、見てください!」

「ん、ああ、悪い悪い……いやでも、お前、意外と天気について詳しいな。側撃雷もそうだし、ゲリラ豪雨もそうだ。何か、調べる機会でもあったのか?」

「お父さんに教えてもらうことがあって……お父さん、こういう妙に実用的なことばかり教えてきましたから。私の剣術だって、その一環ですし」


 懐かしく思いながら、紫苑は父のことを回想する。

 今この瞬間も、父は警視庁の刑事として頑張っているのだろうか。

 捜査に熱中するあまり、殆ど警視庁に泊まり込んでいるのが常の父だが、変なところで教えてもらったことが役に立つ。


「なるほど……だが、お前も自分で否定していたが、その側撃雷説はかなり無理があるぞ。正直、ブログの話が無くても矛盾が残るんじゃないか?」

「あれ、そうなんですか?」

「ああ。雷のエネルギーっていうのは尋常じゃないからな。普通、側撃雷をそんなに近くで喰らえば、良くて大火傷、悪くて即死だ。後者なら川に落ちることなくその場で崩れさるだろうし、前者なら水死体にも火傷の痕跡が残る。どっちにしても、それが真相なら司法解剖で一発だ」


 実用的な知識に詳しい紫苑と対照的に、夏美は死因について詳しいところを見せる。

 それを聞いて、紫苑は素直にそうなんだ、と思った。


 元々父から聞いていた教えは「雨の日に如何に雷を避けて雨宿り場所を見つけるか」という知識だったので、そう言った雷を喰らった後についてはよく分かっていなかった。

 夏美の話で、そこを捕捉された形になる。


「でも、記事を見る限り水死体は損傷が激しいとはなっていても、大火傷があるとは書いていなかった……つまり、別のことが川に落ちた切っ掛けってことですか?」

「そうなる。少なくとも、雷のような()()()()浴びていない、と言える。それを踏まえた上で事件を見直すと……こうなるんだ」


 そう呟くと、今一度夏美はくるりと振り返り、また後ろ向きに歩く。

 それを止めようと紫苑が手を伸ばす前に、彼女はぽつん、と始まりの一言を述べた。

 古今東西、あらゆる探偵たちが口にしてきた、常套句を。






「さて────」

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