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踊る偶像(10 years ago)

 自分でもどうかとは思うのだが、最初にその言葉を聞いて紫苑が抱いた感覚は、「懐かしさ」だった。

 というのもこう言う経験は、これまでにも何度かあったことなのである。

 何かの真相を掴んだ夏美が、紫苑は用心棒代わりに引っ張って連れて行く、というのは。


 だからなのか、入学三日目にして校内で起きた事件に目を回す他の学生たちと違って、紫苑は最初、じんわりと頷くことから始めた。

 夏美の言っていることは正直よく分かっていなかったが、驚くよりも先に説き伏せることを忘れないようにしよう、と考えたのである。


「えっと、夏美さん、まずは場所を改めて────」

「き、君、どうしたんだね。学年とクラスは……」


 しかし、紫苑がそれを言うよりも先に、物理教師が口を挟んだ。

 松原夏美という奇人の存在に慣れ切ってしまった中学校の教師と違って、彼はこのような蛮行を見るのは初めてである。

 当然、常識的に彼は夏美を制止しようとしたのだ。


 だが結果論から言えば、それが不味かった。

 物理教師が声を投げかけた瞬間、夏美は紫苑にだけ聞こえるくらいの音量で小さな舌打ちをする。

 そして同時に、自分を止めてくる存在に苛立たしさを感じたのか、彼女は反論も許さぬ勢いでがばり、と振り返って声を上げた。


「……授業中に失礼します、先生!実は少々、お知らせしたいことが!」

「え、その……え?」

「突然ですが、こちらに座る氷川紫苑さんは、朝から酷い頭痛に悩まされているようです!本人は我慢しているらしいですが、そろそろ限界かと!」

「は?……そ、そうなのかい?」


 雰囲気に呑まれた物理教師が、馬鹿正直に夏美の言葉を信じて紫苑に問いを放つ。

 勿論、頭痛など欠片も感じていない紫苑はふるふると首を横に振ったが、その瞬間に隣から夏美が紫苑の首をガシッと掴んだ。

 動くな、と言いたいらしい。


「ほら、こんなにも苦しそうです!人道的な配慮として、彼女を病院に連れて行くのが必要かと存じます!」

「……えーと」

「良いですね?彼女を早退させても」

「あー……その……うん」


 迫力勝ち、というのだろうか。

 傍目から見ても明らかに滅茶苦茶な理屈でありながら、物理教師は首を縦に振ってしまっていた。


 そのせいで、紫苑のあずかり知らぬところで、勝手に紫苑の病欠が決定される。

 首を掴むついでに口元まで覆われた紫苑が声を出せないで居ると、さらに夏美は自信満々に話を続けた。


「では、彼女を私が病院に連れて行きます!」

「あの……君も?」

「はい!実は私、今朝から、痛みのあまり歩けない程の生理痛に悩まされています!ついでですので、彼女を病院に送りがてら私も婦人科に行こうかと」

「せ、せい……?」

「私の担任教師にも、この理由で早退の許可を貰いましたので!」


 あけすけな言葉に物理教師が絶句している隙に、夏美はひょい、と口を塞いだままの紫苑を立たせる。

 そして荷物と一緒に引きずるようにして紫苑を連れて行くと、クラス全員に向けて快活な笑みを向けた。


「では、そう言うことで……授業、続けててください」


 それだけ言って、今度こそ夏美は駆け出す。

 結果、「痛みのあまり歩けないほどの生理痛」を抱えているはずの夏美は、「全力ダッシュ」で教室を去ったのだった。

 ……全てを諦めた目をして、彼女に抱えられている紫苑と共に。




「あー……またこういう感じになっちゃいましたー……どうしましょう、明日から……」


 ところ変わって、三十分後の映玖駅。

 駅のトイレで、制服から着替えた──何故か夏美がラフな服を持ち込んでいたのだ。頑丈そうな靴まで渡された──紫苑は、駅のホームでブツブツとそんなことを呟いていた。


「なに、大丈夫大丈夫。お前の両親にはこのことをもう電話してある。仮に明日までこの捜査が長引いたなら、お前の親から病欠の電話が学校に行く手筈だ。無断欠席にはならないよ」


 紫苑の隣でどことなくピントのずれた配慮を示すのは、同じように着替えた夏美である。

 そこを気にしているんじゃありません、と内心でツッコミつつも、同時に紫苑はまたか、とも思っていた。


 世間からは非常識のレッテルを幾つも貼られているこの友人は、どういう訳か紫苑の両親にいたく気に入られている。

 どうやら今回も、その関係上で本人よりも先に同意を得てきたらしかった。


 授業中の連れ去りと同様、これも中学時代から乱用されてきた手口である。

 勿論、こういうことは慣れたからと言って文句が出ない物では無いので、紫苑はそこでキッ、と彼女を睨むことになった。


「そう言うことじゃなくて、夏美さん。私は今、高校内でのこれからの立場のことを気にしているんです!」

「立場?……何か問題が?」

「大アリでしょう!他の中学出身の子から見たら私、授業中に他クラスに乱入するような変人と知り合いってことになっちゃうんですから!」

「それはもう、そっくりそのまま事実なんだから仕方ないだろ。お前は確かに、授業中に他クラスに乱入する変人……つまり私の知り合いなんだから。『そうなっちゃう』というよりも、『正しく理解する』という方が正確じゃないか?」

「……」


 ──で、出た、夏美さん特有の、謎の開き直り……!


 堂々とよく分からない理屈を宣言する夏美を前に、紫苑は懐かしさと悔しさを半分ずつ感じる。

 昔からいつも、何かに巻き込まれるたびに紫苑は、この手の開き直りで煙に巻かれてきたのだ。


「まあ、心配はないって。やった私が言うのもアレだが、お前は被害者側なんだし。せいぜい数日、周囲から生暖かい目で見られるだけで済むさ」

「そういう物でしょうか……」

「そういう物だ。だからそんなつまらない話よりも、もっと大事な話をしよう」


 そう言って、二人分の電車の切符を持った夏美──流石に自分の判断で紫苑を連れてきているせいか、電車代は夏美持ちだった──は、ゴソゴソと自分の鞄を漁る。

 そして「あったあった」、と口にすると、電車の待ち時間を有効活用するためか、何枚かの紙片をほい、と紫苑に投げつけた。


「わっ、え……これ、何ですか?」

「一言で言えば、事件に関する推理材料だ。昨日、家に帰ってから、私が家のパソコンで色々と調べた成果だよ。実際に現地に行く前に、お前も知っておいた方が良いだろう」


 そう言われて、紫苑は反射的に手渡された紙片に目をやる。

 風に飛ばされたり、紙がよれたりしないようにか、渡された紙片は全てラミネート加工されていた。

 夏美なりの配慮と言えば配慮なのか、実に持ちやすい。


 ──先程の両親への連絡と言い、この、かなりずれた配慮が夏美さんらしいですね……。


 そんなことを思いながら、紫苑は密かに腹をくくった。

 あれだけ目立つ騒ぎを起こした以上、ここから逃げ出して学校に戻るのは流石に恥ずかしすぎる。

 ならば最早、夏美の言う「もっと大事な話」とやらに精を出すしかない────中学時代からの慣れも相まってそんな判断に至った彼女は、真剣に紙片を読み進めていった。


 手渡された紙片は、二枚。

 一枚は昨日の記事の続きで、サイトに登録をしたのか、全文が記載されたもの。

 そしてもう一枚は、紫苑も知らない個人のブログの、新聞記事よりもやや過去に更新されたページを印刷したものだった。




『望鬼市で遺体発見。仇川河口に水死体。行方不明だった五十代男性か


 五日午後三時頃、望鬼市仇川町三丁目で「河口に人が浮いている」と通行人から一一〇番通報があった。海上保安部は成人男性の遺体とみて、身元と死因などを調べている。

 同部によると、男性は五十代で身長一六五~一七〇センチ。体重八〇から一〇〇キロ。体表には漁具による物と思しき傷跡もあり、損壊が激しい。身体的特徴は、先日行方不明届が提出された裏形橋在住の人物との共通点が多く、県警は関連性について調べている。


 また、遺体は水着を着用しておらず、ウェットスーツ、救命胴衣と言ったレジャー用の装備も周囲からは発見されなかった。

 このことから県警は、水遊びやレジャー中における事故では無く、不用意に川に近づいた人物が転落してしまった可能性が高いのではないか、という見解を示した。


 近隣の漁業関係者によると、「仇川の近くは昔から自然が豊かで、川魚の絶好の釣り場として釣り人たちに密かに人気があった。今は春先ということもあって、イワナやヤマメが入れ食いになることもある季節であり、そう言った魚は美味であるだけでなく、店によってはそれなりの価格で売れることもある。そのため、小遣い稼ぎを目的とした新人釣り師が不十分な装備と浅い知識のまま川釣りに向かい、流れに足をすくわれたのでは」とのことだった』




『ほのこのサンサン日記 ~四月の事件~


 こんにちは、ほのこです!朝の挨拶は浮気厳禁、旦那との合言葉は定時帰宅。

 田舎で主婦やらせてもらっている新妻が、今日も楽しき日記をつづらせてもらいます!


 さてさて、こうして始まりました本日のブログ、普段なら何気ない田舎町の日常を語っていく訳ですが……。

 今日はちょっと、趣向を変えてみたいと思います。


 というのも実は、気になる話を旦那が聞いてきたんですよ……。

 不思議で不可解な、ホラー話。


 一応警察にも言ったらしいんですけど、あんまり信じてもらえなかったらしくて。

 供養代わりに、ここで発散したいと思います。

 だからここからは、ちょっち真面目なトーン。


 ……ことの起こりは、ウチの近くで、地域振興会の会合が開かれたことです。

 まあ、今までのブログで散々愚痴った通り、振興会って言っても、特に何かしている訳でも無いんですけどね。

 ただ単に、この田舎に住むおっさん伯母さんが集まって、グダグダ飲み会をするだけ、というか。


 でも、この地域に住んでいる以上、出席しないとちょっと角が立つ。

 だからその振興会があった日、旦那はそこに呑みに行きました。

 場所は地域の公民館で、ここからも近かったし。


 で、田舎の活性化とかを合言葉にして散々飲んで。

 都会の悪口と健康の話で盛り上がって。

 そろそろ零時を超えるって時になって、やっと解散、となったらしくて。


 ただ、元気というか何というか、そこから二次会って感じの人も居たそうです。

 だから、全員でまとまって帰るんじゃなくて、適当に一人ずつ帰るようになりました。

 迎えが来る人(車で来ているのに、勧められてお酒を飲んじゃった人とか)はそこで待つし、家が近い人はそのまま歩いて帰るし、二次会に行く人はまとまって次のお店に行くし。


 で、ウチの旦那は家が近いんで、普通に二次会は断って、歩いて帰ってきました。

 まあ、二次会を断るのに手間取って、結構遅くなっちゃったんですけど、それでも出来るだけ早くこっちに戻ってこようとしてくれたんです。

 ほのこの顔、一刻も早く見たかったんですかね……キャッ、恥ずかしい///


 それはともかく話の本番はここから。

 普通に歩いてきた旦那は、帰り道にある光景を目にしたそうなんです。

 ちょっと、足を止めたくなっちゃうような光景を。


 それを見つけたのは、旦那がウチに帰るまでに通る橋(仮にU橋とします)を歩いている時のことでした。

 酔っぱらった頭で歩いていた旦那は、何となく橋の下に流れている川(仮にA川とします)に目をやりました。

 と言っても、街灯の一つも無いような川だから、夜に見たところで水面すら分かんないんですけどね。


 だから旦那も、別に何か見たかったわけじゃなくて、本当に暇つぶしというか、意味なく首を動かしたらしいんです。

 でも、そうやって下を見た瞬間に……変な物が見えたらしいんです。

 何か、動いている物が。


 結論から言っちゃえば……それは人影でした。

 何故か、真夜中の川岸に人が居たんです。

 明かり一つ点けずに、佇んでいる影が。


 それだけならまあ、夜釣りかな、と思えば良いだけの話(実際、最初は旦那もそう思ったらしい)なんですけど。

 その人影は、滅茶苦茶奇妙でした。

 だってその人────()()()()()()()


 良いですか?

 立っていた、とか、歩いていた、じゃないんですよ?


 踊っていた、です。

 足をリズムに乗るみたいに高く上げて、盆踊りでもしているみたいにチャカチャカ動いていたって旦那は言ってました。


 旦那、それで目が点になっちゃって。

 次に、見間違いかなって思ったんですって。


 旦那はまあ、酒が入ってますしね。

 視界がぼやけて、何か別の物がそんな見え方をしてもまあおかしくない……見えた人影だって、凄く目を凝らしてやっと見えた、とかですし。

 実際、夜更けに川岸で踊る人なんて普通居ませんし……何かの見間違い、というのが一番現実的でしょう?


 その場でそう考えた旦那は、結局深く確かめずに帰っちゃいました。

 旦那、家に帰った時点でまともにこっちの話が聞こえないくらいに酔ってましたから、自分でも無意識に川べりは避けたのかもしれないですね。

 それでまあ、普通に家に戻って、その人影のこととかも忘れていたんですけど。


 ……次の日、ウチのご近所さんがA川の近くで行方不明になったって聞いて、旦那は飛びあがったんですよ。

 そのご近所さん、旦那が参加していた飲み会にも参加していたおじさんで、旦那よりも先に素早く歩いて帰っていたはずなんですけどね。

 家族が言うには、昨日の夜から帰っていないって。


 最後に確認が取れているのは、旦那も通ったU橋の方向に歩いて帰った、ということのみ。

 橋の手前からはそのおじさんが履いていたサンダルが見つかったけど、それ以外は完全に痕跡がない。


 そこから先、誰もそのおじさんの姿を見た人は居ない……。

 警察に行方不明届を出したらしいんですけど、これを書いている時点では特に続報も無し……。


 でも……旦那は見ているんですよね。

 そのおじさんが姿を消したU橋の下、A川で踊っている人影を。

 真夜中にそんなところに居るはずも無いのに、それでも踊っている謎の影を。


 旦那は二次会の誘いを断るために、帰るのに時間をくっていたから、そこを通る時には遅い時間になっていたんですけど。

 旦那が通る前に、早めに帰ったそのおじさんはU橋を確実に通っていたはずで。

 最終的におじさんが行方不明になって、代わりに橋の下には踊る影だけが……。


 キャー、怖い!

 私はもう、この話を旦那から聞いてからずっと、ブルブルですよ!

 旦那がわざわざ警察にこの話をしに行ったのも(最初に行った通り、信じられなかったらしいけど)分かるでしょ?


 もしかしたら旦那は、姿を消す直前のおじさんの姿を見たのかもしれない……。

 その人、悪いことをしている子どもとかを見つけたら、よその子でもすぐ怒鳴るような性格はしてたけど、そんな死んで当然ってほど悪い人でも無かった。


 本当に旦那が見た人影がそのおじさんなら、一体何が、おじさんに憑りついちゃったんでしょうか……?

 それとも、あれはただの見間違いで、旦那が適当に妄想した都合の良い偶像なのでしょうか……?


 真相は、神のみぞ知る……。

 それでは、さようなら』

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