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慣れた絶句

『望鬼市で遺体発見。仇川河口に水死体。行方不明だった五十代男性か


 五日午後三時頃、望鬼市仇川町三丁目で「河口に人が浮いている」と通行人から一一〇番通報があった。海上保安部は成人男性の遺体とみて、身元と死因などを調べている。

 同部によると、男性は五十代で身長一六五~一七〇センチ。体重八〇から一〇〇キロ。体表には漁具による物と思しき傷跡もあり、損壊が激しい。身体的特徴は、先日行方不明届が提出された裏形橋在住の人物との共通点が多く、県警は関連性について(この記事は有料記事です。この続きは登録会員のみ閲覧できます)』


 淡々とスクロールをしていた白雪は、すぐに記事の終点まで来てしまい、指の動きを止める。

 代わりにそのページのトップにまで一度戻ると、紫苑の目にも「本州新聞公式サイト」の文字が見えた。


 どうやら、夏美たちの祖父母の家がある望鬼市周辺で発行されている地方紙のサイトらしい。

 件の記事は、その中でも新しいニュースとして掲載されていた。


「これ、このサイトに登録した人じゃないと続きが見られないみたい」

「ですね……まあ、よくあるタイプですが」

「どうする?登録して、続きを読みたい?」

「いえ、流石にそれは。それよりも……ちょっと、それを貸してくれませんか?」


 ちょっと失礼、と言って夏美は身を乗り出し、新しくタブを開く。

 そしてキーボードを借り受けると、カタカタと「望鬼市 仇川 事故」と検索する。

 有料記事しかない新聞のサイトでは無く、別の無料サイトに何か情報が無いか探しているようだった。


 しばし夏美は、「望鬼市 仇川 行方不明」とか「望鬼市 仇川 水難」などの言葉で検索。

 だがすぐに、首を振った。


「駄目ですね、最初の新聞記事以外は碌なものが引っ掛からない。個人のブログとか、信憑性の薄いものは少しありますが……」

「この有料記事、今朝アップされたばかりみたい。だから、かしら」

「そうですね。本当に発見されたばかり、ということかもしれません」


 パソコンの画面を見ながら、ぶつぶつと夏美と白雪は話を深めていく。

 二人とも、いつしか話題を変更し、この水死体に関して考えたくて仕方が無い様子だった。

 その流れに置いていかれそうになった紫苑は、ちょっちょっちょっ、と口を挟んだ。


「あ、あの、すいません!」

「ん、何だ?」

「えっと、その記事って……さっきまで私たちが話していたことと、何か関係あるんですか?」


 そこが今一つ分からず、紫苑は真面目に問い直す。

 ついさっきまで自分たちは、川で焼き魚が釣れたという怪奇現象について話していたはずだ。

 それがどうして、川で見つかった水死体の話になるのか。


 水死体となった人物がいたことは痛ましい話だとは思うが、正直なところ、関係のあることとは思えない。

 白雪と夏美が、この話のどこに興味を抱いているのかを把握出来ず、紫苑は先程から首を捻っていたのだ。


「んー……まあ、普通に考えればそうだな。実際、関係は無いかもしれない」


 問われた夏美は、意外と素直にそんなことを言う。

 だが、続けてこんなことも言った。


「だけど、何となく気になるんだ。だって、タイミングがタイミングだろ?それも、同じ川の同じ場所で、だ」

「同じ場所?……死体が見つかったのは、河口ですから海の近くでは?」


 一方、玲が釣りをしたというのは山の中だったはずだ。

 少なくとも、河口ではあるまい。


 つまり、この二つの話は同じ川ということしか共通点が無いはず。

 そう考えた紫苑の前で、夏美は「そう言えば説明をしていなかったな」という顔をした。


「場所というのは、死体が発見された場所じゃない。この死体の正体と思しき人の住所の方だ……見ろ、ここに裏形橋在住と書いてあるだろう?」

「書いてますね……望鬼市にある地名ですか?」

「ああ、山奥の地名かつ、仇川に存在する橋の名前だ。同時にその橋というのは、伯父さんがよく利用する釣りスポットでもある」


 えっ、となる。

 そんな話は出ていなかった、と思おうとして、そもそも最初から釣りをした正確な位置を聞いていなかったことを思い出した。

 始まりが幼児の思い出話なので、詳細を耳にしていなかったのだが────だとすると、この話は。


「つまり……玲君が『ヤキザカナ』を目にしたのも、その裏形橋の近くである可能性が高いんですね?そして、玲君が奇妙な魚を釣った日の数日後に、同じ場所に住む男性が、川で水死体に……?」

「いや、死体が発見されたのがあくまで昨日だってだけで、行方不明になったのはもう少し前かもしれない。そうじゃないと、先んじて行方不明届が提出されないからな。それこそ、本人が姿を消したのは、玲たちの釣りと同時期、もしくは少し前くらいなんじゃないか?」


 的確な推理の元、夏美はさらにこの二つの話を関連付けていく。

 それを聞いて、紫苑は狐に包まれたような気分になった。


 確かにこうなってくると、話は奇妙だ。

 ほぼ同じ時期に、とある川の同じような箇所で、二つの事件が立て続けに起きているということになる。


 勿論、片方は奇妙な魚、もう片方は本物の水死体と、事件の規模はかなり違っている。

 だがこうも並び立てると、何となく関係ありげに思えてくるのも事実だった。


「でも、この記事の書き方だと、まだこの水死体が行方不明者本人とは確定していないんですよね?やっぱり考え過ぎなんじゃ……」

「いえ、そこはもう確定と言っても良いと思うわ。そうじゃないと、こんな書き方しないもの」


 辛うじて残った疑問を口にすると、そちらは白雪が秒殺する。

 慌ててそちらに顔を戻すと、丁寧な説明が入った。


「普通、こういう行方不明者の死体が見つかった、という記事は誤報に注意する物なの。そうじゃないと、遺族に対して悪戯に絶望を与えてしまいかねないから。ほら、『遺体の身元は数日前に行方不明になったあの人に間違いありません』とか言って遺族を悲しませた後で、『すいません。やっぱり違いました』なんて警察が言ったら、遺族が怒るでしょう?」

「まあ、それはそうでしょうけど……なら、この記事がこんな書き方になっているのは?」

「多分、九分九厘届けられていた行方不明者で間違いないと警察も判断しているけど、確定まではしていない、くらいの状態なんだと思う。損壊が激しいとも書いてあるし、顔が傷つきすぎて人相が分からないんじゃないかしら。それで、DNA鑑定に時間がかかっている、とか」


 すらすらと、白雪がそれっぽい解釈を述べた。

 ミス研の部長なんてことをしているせいか、この手の情報がどう報道されるかに精通している節のある意見である。


「つまり、ほぼほぼ身元は仇川の裏形橋付近に住んでいた人物で確定……やはり何か、偶然と思えない感じがあるな」


 これはまあ、私の勘のようなものだが。

 最後にそう付け加えて、夏美はスカートながら胡坐を汲み、さらに腕も組んだ。

 その上で、静かに目を閉じる。


 彼女がこういうガサツとも言える動作をするのは、真剣に物事を考えようしている証拠である。

 今までの経験上、それを知っている紫苑は自然と彼女の動きを見守る形になった。


 ──何だか、最初は玲君の不思議な体験談ってだけの話だったのに……話、大きくなっちゃいましたね。


 夏美の横顔を見つめながら、紫苑はぼんやりとそんなことも考える。

 これまた今までの経験から言えることだが、こういう小さな物事が大きくなっていった末には、大抵の場合大変な事件が潜んでいる。


 中学時代の、人魂を探していたらヤンキーに襲撃された件もそんな感じだった。

 夏美の冒険は、ほんの些細な疑問を追っていった際に始まるのである。

 さらに言うならば、夏美はそういう事件にかなりの確率で紫苑を巻き込む。


 だから、せいぜいの覚悟を決めて紫苑は夏美の言葉を待った。

 どんな言葉が来ても、大丈夫なように。


 ……だが、次の瞬間に紫苑の耳を貫いたのは、夏美の推理では無く。

 有名なラジオ体操のテーマソングだった。

 新しい朝が来たとか何とか言っている、アレである。


 えっ、となって紫苑はついつい周囲を確認する。

 あんまりにもこの空間にそぐわない音だったので、混乱のあまり音の源が良く分からなかったのだ。

 しかし、即座に白雪がのんびりとした声を発したために、その動きは中断された。


「あら、私の携帯……鳴っているわ。マナーモード設定、忘れていたのかしら」

「え、これ、着信音なんですか?」

「そう、好きなメロディーだから……」


 そうなんだ、と軽く驚いていると、白雪ははいはい、と言ってやはり棚の一画に置かれていた鞄に手を伸ばし、鳴り続ける携帯を開く。

 その上で、涼やかな声で話し始めた。


 と言っても、通話をしていたのはせいぜい数秒。

 繰り広げられた会話も、内容は「はい……ああ、お父さん。うん、分かった」くらいの物である。

 家族からの電話である以上、そんな物なのかもしれないが。


 だが、携帯を閉じた白雪は、はっきりと申し訳なさそうな顔を浮かべた。

 そして、こう続ける。


「ごめんなさい、折角来てもらって悪いのだけど……ちょっと私、用事が入っちゃった」

「家の用事、ですか?」

「うん。私の家、ちょっと大きめなお寺なんだけどね。どうしても年がら年中何かの行事をやっているから……」


 その一環で急な手伝いを頼まれた、ということらしい。

 慣れた話しぶりからすると、彼女にとってはよくあることなのだろうか。

 もしかすると、白雪がミステリー研究会のような緩い部活に所属しているのは、こういうことがあるからかもしれない。


「本当にごめんなさい。すぐ行かなくちゃいけなくて……ここも、閉めて鍵を返さないと」

「あ、そんなに急いでいるのなら、鍵を返すくらいは私たちでやっても……」

「いいえ、それは駄目なの。仮入部期間中の子に鍵を預けるのはルール違反だから……」


 そう言いながら、白雪は本当にごめんね、と頭を下げる。

 紫苑は慌てて、気にしていない、と伝えて手を左右に振った。

 そもそもにしてアポも取らずに突然押しかけたのはこちらなのだし、謝られる理由は無かった。


 ──まあ、夏美さんの話が途中になっちゃうのはもしかするともったいなかったかもしれませんけど……。


 急いで帰る準備をしながら、紫苑はチラリと横目で夏美を見つめる。

 そこでは話を聞いているのかいないのか、胡坐の姿勢を崩さないまま瞑目する夏美の姿が残っていた。






 結果から言えば、その日は白雪の言う通り解散となった。

 唯一の正部員である白雪がミステリー研究会の部室を閉めた以上、紫苑と夏美がそこに居続けることは出来ないし、そうなると残る二人で集まる理由というのも特には無い。

 夏美がむっつりと考え込んでしまったこともあって、自然と各自の家に帰ったのだった。


 そして一度帰ってしまうと、これはもう、わざわざ振り返ることでも無い。

 中途半端なところで話が終わってしまった事はやや消化不良ではあったが、それはもう紫苑が考えても仕方が無いことだ。

 だから、紫苑は特に気にせずにその日を終えた。


 詰まるところ、また何か分かったら、どうせ夏美の方から言ってくるだろう、ということを見越してのスタンスである。

 本人は意識していないことではあったが、この辺りはやはり腐れ縁として、紫苑は夏美の対応に慣れていた。


 ────果たしてその予想が的中していたことが分かったのは、紫苑が普通に学校に向かった次の日の、授業中のことだった。






 ──ね、眠いですね……体育の後は、やっぱり。


 教室の前方で、紫苑はそんなことを考えて目を擦る。

 時刻としては、一限目の数学と二限目の体育を終え、三限目の物理が始まったばかりのことである。

 黒板の前では四十過ぎの物理教師がぼそぼそと何やら言っていたが、正直なところ、紫苑は眠気と戦うことに必死だった。


 これは体育による疲労もあるが、それ以前に席順も原因である。

 紫苑のクラスは昨日に早くも席替えをしたため、席が入学式直後の位置から大きく変わっていた。

 それによって紫苑の席は、窓に面した日の当たる場所になっているのだ。


 自然の摂理として、この時間帯には実に暖かな春の日差しが、ポカポカと紫苑の机を温めている。

 体育中は体を動かすことで忘れていた眠気も、この状況では蘇らざるを得なかった。

 物理教師の小声も、今では子守唄のように聞こえる。


 ──あー……駄目です。瞼が自然と……。


 いくら何でも、入学三日目で授業中に居眠りというのは、不真面目が過ぎる。

 そんなことは分かっているのだが、目が閉じるのを止められない。

 ゆったりとあらゆる音と映像が紫苑から遠ざかっていき、うつら、うつらと眼球が揺れた。


 こうなってしまっては、教師の声もぼんやりとしか聞こえない。

 脳の半分以上が夢に入り込みそうになったところで、紫苑は意識的に目を閉じて────。


「…………紫苑!」


 そこで、突然。

 名前を呼ばれた。

 紫苑は反射的に、背筋をぴょん、と伸ばす。


「え…………はい!」


 教師に見咎められたのかと思って、紫苑はその場でガタリと立ち上がった。

 睡眠を注意されるかと思ったのである。

 しかし予想に反して、紫苑の視界に収まったのは驚いた顔をする物理教師の顔だった。


 ──あれ、もしかして呼ばれていない?


 はてな、と半分眠ったままの頭を抱えて、紫苑は疑問に思う。

 それと同時に、まだ辛うじて起きていた方の脳が「教師からの呼びかけなら、下の名前で呼ばれるのはおかしいです」と忠告する。


 確かに、理性の言う通りだった。

 寧ろこういう時、下の名前で呼んでくるのは────。


「紫苑!……居るか!?」


 紫苑が想像した通りの人物が、廊下からガラリと扉を開けて教室に入ってくる。

 振り返ってみれば、やはりそこに居たのは、別クラスで授業を受けているはずの夏美だった。

 何やら大きなバッグに詰めた荷物を抱えながら、彼女はゼエゼエと息を荒げている。


 それどころか、彼女は通学鞄までその手に持っていた。

 見た目だけで言えば、完全に家に帰る時のそれである。


 一瞬、夏美さんはもしかすると体調不良で早退するのでしょうか、などとこんな状況にも関わらず紫苑は心配した。

 その確認も込めて、なんとか声を出す。


「夏美さん?ど、どうしてここに……」

「いや、昨日お前と白雪部長とで考えていた話な、あれからもずっと別解潰しをしていたんだが……今やっと、結論に至ってな」


 驚いて返答をする紫苑と、紫苑以上に驚いて絶句する他のクラスメイトと教師を尻目に、ずかずかと夏美は教室に入ってきた。

 そして紫苑の机の前まで来ると、ずい、とその顔を近づける。


「恐らくだが、あれは殺人事件だ。そうじゃないと説明が付かない点がいくつかある」

「え、ちょ……夏美さん?」

「だが紫苑、今のままだと警察はそれに気が付いていないし、うかうかしていると証拠が消える恐れもある……だから」


 訳が分からずに戸惑っていると、夏美はひょい、と机の横に掛けていた紫苑の鞄を摘まむ。

 そして自分の鞄と合わせて二つの鞄を抱えると、明快に宣言した。


「だから、久しぶりに私たちで捜査と行こう……今から行くぞ、望鬼市!」

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