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茶飲み話

「……はい、こちらミステリー研究会です」


 白雪はさらりと言葉を告げながら、ふすまをガラリと横に滑らせる。

 そしてすぐに、あら、と驚いた様子で口元に手を添えた。


 しかし、それも一瞬の事。

 すぐに彼女は、「あらあら」と最早口癖になっているらしい台詞を響かせ、朗らかな笑みを浮かべる。


「早速来てくれたの?紫苑ちゃんに、夏美ちゃん」

「あ……はい、そうです」


 さしもの夏美もやや言葉に詰まり、返答が遅れてしまう。

 紫苑の方は、虚を突かれて声すら発していない。


 彼女が扉を開けてからこっち、紫苑と夏美は驚きっぱなしだった。

 何せ、白雪の背後に広がる光景が光景である。


 二人の視界に収まった部室内の様子は、パッと見る限り、完全に純和風のそれだった。

 茶器の並ぶ棚、意味深に置かれた茶碗、畳敷きの高台になった床。

 明らかに他の教室とは、雰囲気が一線を画している。


 とてもじゃないが、ミステリー研究会の部室には見えない。

 尤も、「じゃあミステリー研究会らしい部室とは何か?」と聞かれたなら答えられないのだが、それでも意外な光景であることは事実だった。


「えっと……白雪、部長」

「はい、なにかしら?」

「ここって……ミステリー研究会の部室なんですよね。茶道部じゃなくて」

「そうよ?そもそもウチの学校、茶道部なんて無いもの」


 あっけらかんと言ってから、白雪はお茶出さなきゃ、と言ってパタパタと小走りで室内に戻っていく。

 その背中を見ながら、紫苑と夏美は顔を見合わせることになった。




「正確に言えば、ここが茶道部の部室として使われていたのは確かね。去年までは、決して大規模な活動では無かったけれど、茶道部として細々とやっていたみたい」


 流れに乗るまま、靴を脱いで部室に入った後。

 和室の奥、ミニキッチンのようになっているスペースでお茶っ葉を探し当てた白雪は、電気ポットでお湯を沸かしながらポツポツと説明をしてくれる。


 因みに、そこまでして淹れているのは日本茶や抹茶では無く、紅茶だった。

 部屋自体はこんな感じでも、その辺りは別に良いんだ、と密かに紫苑は驚く。


「でも、丁度一年前くらいの時期に、食中毒だか異物混入だかの事件を起こしてしまって……それを切っ掛けに廃部になっちゃったの」

「つまり、それを契機に部室が空いた訳ですね」

「そういうこと。ウチの高校は部活動が盛んだから、普通は部室が空いたら、校内に部室が設定されていない部活の間で奪い合いになるんだけど……ここはほら、ちょっと使いづらいでしょう?」


 そう言いながら、白雪はぐるりと部室の様子を見渡す。

 釣られて周囲を見渡した紫苑は、なるほど、と思った。

 確かにここは、居抜き物件としては評価が低いだろう。


 広さとしては、四畳半の茶室を二つ、横に並べた程度の面積はある。

 それと、更衣室兼荷物置き場である狭い部屋も付属。

 全面畳張りだが、これだけならまあ使えなくもない。


 ただ、壁に大量に設置されている棚、及びそこに載せられた茶器の類は確かに普通の部員にとっては邪魔だろう。

 元々茶道部の備品だった物が、そのまま残っているのだ。

 学校の予算で買った物なので捨てるに捨てられず、保存状態の関係上、移動も許されなかったということか。


 そういった棚がやたら多いせいで部屋の印象は妙に狭く、間取り以上の圧迫感があった。

 これでは、ちょっと部員数が多いだけで窮屈に感じてしまう。

 他部活に敬遠されたのも分かる気がした。


「しかし、茶道部が正式に廃部になったのなら、この部屋自体を改装するということは学校側は考えなかったんですか?使いもしない間取りを保存しておくよりは、余程良いと思うんですが」

「多分、学校側もそうしたかったとは思うんだけど……どうしたって予算がかかるから。少なくとも今年度は見送られたみたいね。勿論、将来的にはそうなる可能性はあるけれど」


 夏美の質問に答えながら、白雪は出来た、と軽く告げてポットを構える。

 そして、伝統的な茶器に混ぜるようにして陳列してあったティーカップに紅茶を注いでいった。


 並びが並びだったので先程から異彩を放っていたのだが、どうやらあれが来客用のカップらしい。

 多分、白雪の私物なのだろう。


「そういう訳で、誰も使っていなかったこの部屋を私たちミステリー研究会が使っている、というのが真相ね。ウチは元々、部員数が少ない上に殆どが幽霊部員だから、手狭になるということは無いもの……納得出来た?」

「大体は……紫苑は?」

「あ、部室関連については分かりました……でも、その」


 微かに迷いつつ、紫苑は質問を付け足す。

 実を言うと一つ、ここに来た瞬間から抱いていた疑問があるのだ。

 今の説明に入っていないということは、語りたくないことなのかもしれなかったが、どうしても気になる。


「あの……白雪部長」

「何かしら?」

「どうして、その……和服なんですか?」


 ついつい、紫苑は口を開きながら白雪の格好を見つめる。

 不躾だったが、仕方の無い反応だった。

 自分たちを部室内に招き入れてからこっち、白雪は常に白無地の和装に身を包んでいたのだから。


 無論、彼女に似合っていないとか、そういう話では無い。

 寧ろ、非常に彼女の雰囲気に合ってるくらいだったが、校内で学生がこの姿というのは、やはり非常に目立つ。

 先程から、気になって仕方が無かった。


 部室の件と同様に、こっちも何か明確な理由があるのかもしれません、と思って、紫苑は話を聞く体勢に入る。

 しかしその予想に反して、白雪の解答は単純明快だった。


「ああ、これは……」

「これは?」

「私の趣味♪」


 ガクッと、紫苑は上体を揺らす。

 思わず、気が抜けてしまったのだ。


「えっと……趣味、ですか」

「大丈夫。放課後の服装は完全に生徒に委ねられているから、校則違反ではないもの」


 ──いえ、そういうことを言っている訳ではないのですが。


 力の無いツッコミが脳裏をよぎったが、流石に声にはしない。

 辛うじて、先輩を敬う心の方が勝った。


 だがそれでも、「やっぱりこの人、凄く変わった人ですね……」という、ある種の呆れを抱くことまでは止められなかった。

 何となくだが、新入生歓迎会でこの部活の屋台だけ人が少なかった理由が分かった気がする。


 ──でも、私はともかく、夏美さんはどう思っているんでしょう?


 ふとそんなことを思いついて、紫苑はチラリと横目で夏美を見やる。

 果たしてそこでは、感嘆するようにして夏美が小さく拍手を送っていた。

 心の底からの敬服を籠めて、彼女は早口で何やら口走る。


「……いや、素晴らしいですね、白雪部長。茶室が部室のミス研って、すっごく良いですよ!個性的ですし!」

「あらそう?」

「はい。そもそも推理なんて、頭さえあればどこでも出来ることですしね。安楽椅子探偵や美食探偵と同じジャンルで、茶室探偵があっても良いでしょう。いやはや、良い選択をなされました」

「あら、褒め上手」


 アハハハー、と隣で夏美が笑えば、正面で白雪があらあら、と口癖を返した。

 その有様を、紫苑は蚊帳の外から見つめる。


 ……何だろう。

 紫苑の知る限り最も昔から知る変人と、今さっき知ったばかりの変人が、凄まじい速度で仲良くなっている。

 同じタイプの人間として波長が合うということでしょうか、などと割と失礼なことを紫苑は考える。


「まあ、部室の紹介はこんなところにして……今日は二人とも、何をしに来たの?」


 話が一段落つき、ティーカップを置くと、白雪は思い出したように尋ねる。

 その手元には、これまた彼女の趣味の一環か、折りたたまれた扇子があった。


 ──服装も相まって、昔のお姫様に問いかけられているような気分になりますね……時代劇の中に居るみたいです。


 どことなくシュールな雰囲気を味わいながら、質問を受けた紫苑もティーカップを置く。

 そして、正直に答えることにした。


「部活動の様子を見ておきたいな、と思いまして……その、最終的にどうするにしても、仮入部期間中の方が良いですから」

「ああ、確かにそうね。他の部活に入りたいのならそっちを見ないといけない訳だから……因みに二人とも、今考えている部活はあるの?」

「私は元々剣道部志望で、兼部先を探している形です」

「紫苑ちゃんはそうなのね。確かにあそこは、週三回くらいしか活動していないけど……夏美ちゃんは?」

「私は細かく決めていませんでしたが……現在、ミス研には滅茶苦茶興味が湧いていますね」


 快活に告げながら、夏美はぐっとサムズアップをする。

 礼を失していると捉えられてもおかしくない仕草だったが、白雪は笑って流した。

 普通に、入部希望者が来たのが嬉しいらしい。


「でも、そうね。それだったら、ウチの活動を見てもらうのが一番なのだけど……不定期だからなあ」

「言ってましたね。活動日すら不定だって」

「ええ、それこそ今日だって、私以外の部員は来てもいないでしょう?そもそも私が二年生で部長になった理由が、『唯一毎日顔を出すから』だったくらいだもの」


 自然、定期的にちゃんとしている活動など存在せず、新入生相手にも見せることも何もない、ということらしい。

 想像を絶する自由さに、紫苑は内心驚愕した。

 それはもう、部活では無く自由参加のゲームみたいなものでは無いだろうか。


「でもそれだったら、白雪部長は毎日ここに来て、何をしているんですか?」

「基本は、持ち込んできた本を読んだり、まったりお茶を飲んだり……偶に何か不思議なことを見つけたら、それを皆で考察、という感じかしら。推理の題材自体は、小さなものが多いけどね。テストの時期に誰が赤点になるか予想するとか、学食で見つけた生徒が何を頼むのか当てるとか」


 そこでふっと白雪が視線を奥に向けたので、引きずられるようにして同じ方向を見ると、茶器の並んだ棚の一画が本棚になっていることが見て取れた。

 表紙から察する限り、ミステリ本が並べられているらしい。

 例示した謎解きすらない日は、あれで暇を潰している、ということなのだろう。


「でも、せっかく来てもらったのに私の読書姿を見せる、というのも変な話だし……どうせなら、何か謎解きでもしましょうか」

「え、何か解きたい謎でもあるんですか?」

「いいえ……それでも、二人に何か不思議な体験談でもあれば、それを題材として推理の一つでもしてみようかな、と思って。偶には私も、部長らしいところを見せないと」


 どんなに小さな話でもいいのだけど、何か気になるお話はある?

 そんな風に、白雪は問いかけてくる。


 瞬間、夏美が腕を組んだ。

 その表情の半分以上を、困惑に変えて。

 彼女の態度は明らかに、「そんなのは無いけどなあ」と言っている。


 これまた礼を失した行為かもしれなかったが、今回に限ってはそれも仕方の無いことなのだと、紫苑には分かった。

 何せ中学時代の逸話から分かる通り、夏美は活動的だし、身近で起きた不思議なことに対しては自力でとことん調べる。

 当然、不思議な話なんてものは速攻で解き明かされており、こうして不意に問いかけられると話すことが無いのだ。


 結果、白雪と夏美の視線は紫苑に集中することになった。

 白雪は謎を解く側なので話すことが無く、夏美もストックが無いとなると、エピソードを引き出せるのは紫苑しか居ないのだ。

 思わぬ形で会話のキーパーソンになった紫苑は、ええ、と大いに困惑した。


 反射的に、脳内でこれまでに気になった経験談を検索する。

 すると、最初に浮かび上がってきたのは────昨日聞いたばかりの、ヤキザカナの一件だった。


 夏美の弟、玲が確かに見たという川魚の姿。

 川の中を悠々と泳いでいたはずなのに、既に焼けた跡があったという、訳の分からない話。

 玲に対しては、これについてまた何か分かったことがあったら連絡する、と約束して終わってしまっていた。


 昨日は、後で玲君と話し合えば良いでしょう、と思って夏美にすらしなかった話だったが。

 こうも未解決の謎を求められたのであれば、話しても良い気がする。

 そもそも、何かしら新しい情報を伝達出来るようにならなければ、玲に対してもう一度電話する意味も無くなってしまうのだから。


 ──問題は、そんな三人で考える程重大な話なのかってことですけど……白雪部長はどんな小さな話でもいいと言ってくれていますし。


 総合的に考えて、躊躇う理由は特に無かった。

 結果、紫苑はポツポツと、昨日の話を思い返しながら謎を提供することになる。


「えっと、実は昨日、玲君……あ、この夏美さんの弟君から聞いた話なんですけど」

「あら、どんな話?」

「聞いてないな、私も」

「うん、何というか、曖昧な話で……」


 話自体は、いざ語ってみればそこまで長い話でもない。

 詰まるところは、玲が釣りの一環として変な柄の魚を釣った、というだけの話。

 エピソードの構成としては、推理小説に出てくる謎というよりは、UMAやUFOの目撃談のそれに近かった。


「……まあそんな形で、玲君に答えをせがまれまして。もし、この『泳ぐヤキザカナ』の正体を紐解いてくれるのであれば、凄くありがたいです」


 すんなりと話を終えた紫苑は、そこでふっと二人の様子を見る。

 そして、二人が実に対照的な表情をしていることに気が付いた。


 まず、白雪からは柔和な笑みが消えていた。

 畳んだ扇子を顎の先に当て、ふむ、と考え込んでいる。

 真剣に謎を解くための体勢、ということか。


 そして、夏美。

 夏美は逆に、如何にも可笑しい話を聞いたかのように、笑っていた。


 彼女はただ、にんまりと笑いながら「そうか、玲がね」と呟いて。

 それからシンプルに、面白い、と返した。

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