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舞踏会では殺したくなる

「今回の事件は、簡単なすり替わりトリックです。殺人の順番を入れ替え、生者が死者のように振舞うことで、容疑から逃れようとした……ただ、それ以前の経歴が長いことで、やや複雑になっていますが」


 青ざめる雲雀大吾を尻目に、夏美は感情を見せずに話を振り返った。

 そして、最初の最初から言葉にしていく。


「全ての切っ掛けとなったことから話しましょう。一連の事件の始まり……これはまあ単純に、幸三氏が貴方たちを絶縁したことにありました」


 白雪から聞いていたことを、紫苑は夏美の言葉に従って思い浮かべる。

 やはり、これが端緒なのか、と思いつつ。


「元々あまり関係は良くなかったようですが、これを切っ掛けに貴方たちの経済状況は著しく悪化。貴方は株取引なども好きだったようですが、それも十分には行えなくなったことでしょう。一般サラリーマン並み……もしかするとそれ以下の収入しか無い訳ですからね」


 それが不満だった彼らは、当然幸三氏に許しを何度も請うことになる。

 しかしそれでも、幸三氏の怒りは解けなかった。

 ここまでは、これまでにも何度か聞いた話だ。


「追い詰められた貴方たち兄弟は、やがて怪しい儲け話に釣られることになります。話によれば、亡くなった雲雀禄郎は怪しい事業に関わっていた経験もあったとのこと。これは私の想像ですが、その伝手で声がかかったのでは?」

「じゃあ、それが……花木甚弥ですか?」


 確認を籠めて問いかけると、夏美がしっかりと頷く。


「恐らくはそうだろう。元々彼は雲雀禄郎と顔見知りで、その縁で一緒に何かやろうと考えた、という流れだと思う」

「じゃあ、それで電気漁を?」

「だと思う。誰が言い出しっぺだったかは知らないが……まあ何にせよ、結果が示す通りにそれは実行された」


 ──じゃあ、犯人グループは三人だったんですね。花木甚弥と、雲雀兄弟で……。


 白雪部長の推理は確かに当たっていたんですね、と紫苑は内心白雪を賞賛する。

 この分だと、雲雀兄弟が屋敷の近くの四途川を電気漁の練習台として提案したとか、彼らが電気漁に置いて荷物の見張りや運搬などをしていた、という推理も正しいのだろう。

 金目的で繋がった彼らは、着々と電気漁で小遣い稼ぎに励んでいた訳だ。


「それなりの期間、熱心に実行していたんでしょう。会社員として再就職した貴方はともかく、雲雀禄郎や花木甚弥やほぼ無職ですから。特に時間の制約はなく、人目だけを気にして実行した……しかし、その中で事件が起こります」

「それが……仇川の殺人、ですか」


 流石にこうも誘導されれば、紫苑にも詳細は分かった。

 この人が、と思いつつ紫苑は大吾の顔を見つめる。


 果たして、この人物が実際に現場にいたかどうかは分からない。

 川に電気を流す実行役だったのか、それとも運転手だったのかも判別はつかない。

 だが、雲雀兄弟のどちらかだけでも、あの現場に居合わせていたのは間違いないだろう。


 前回の推理が正しいのなら、彼らは仇川で電気漁に励んで。

 うっかり酔っ払いに見つかった上で、口論になって。

 そして────物の弾みとは言え、彼を殺害したのだ。


「幸いというか何というか、この事件はすぐに発覚するということは有りませんでした。最初の方では、ただの水死体と思われていましたしね。ですが、その中で花木甚弥が致命的なミスを犯します。置き忘れてしまった網の所在を直に電話で問い合わせる、というミスを」


 ──レンタルショップに電話したって奴ですね、巌刑事が花木甚弥を突き止める原因になった……。


 犯人グループとしては、確かに致命的なミスだ。

 やっていることが犯罪行為であるから、彼らは可能な限り互いの接触を隠していたとは思うが、それでも一人捕まってしまえば、芋蔓式に残り二人も捕まりかねない。

 故に、彼らは更なる損失回避に走った。


「じゃあ、やっぱりこの人たちが花木甚弥を殺したんですね……彼が使っていた睡眠薬を過剰に飲ませて首を吊らせて、自殺に見せかけた」

「そうなるな。尤も、上手い具合に警察が混乱してくれたのは、正直なところ偶然の要素が強いとは思う。この時点では偶然人を殺してしまっただけの密漁者だったんだし、二人にそこまでの法医学的な知識があったとも思えない……何とか自殺っぽく取り繕ってみたら、奇跡的に成功した、というのが真相じゃないか?」


 フンフンと頷く紫苑の隣で、夏美が補足してくれる。

 そうなんですかね、と思って紫苑は大吾を見るが、彼は青ざめた顔を変えなかった。

 肯定も否定もしない辺り、本当だったかどうか分からない。


 ──でも確かに、偶然上手くいっただけっていうのは有り得そうですね。彼らとしても、ミスを犯した花木甚弥の処分は焦っていたでしょうし……。


 正直なところ、どこまで深く考えられていたかすら怪しい。

 元々フワフワした生活をしていた花木甚弥の不透明な人間関係も相まって、幸運にもバレなかったのが真相、という夏美の話は説得力があった。


「何にせよ、これによって一応警察の目を逸らせたのは事実でした。花木甚弥の死で警察の追及は一旦止まり、貴方たちは一時的な平穏を手に入れた」


 そこで夏美は大吾に向き直り、確認を取る。

 さらに、こう話を繋げた。


「しかし、貴方たちとしても生きた心地がしない時間だったことでしょう。せっかくの儲け話が潰れたばかりか、二人の人間を殺してしまったんですからね。もし発覚してしまえば、長い間刑務所に入るのは間違いない。何なら、死刑が求刑されるかもしれない」

「花木甚弥を殺したことで、さらに罪が重くなっていますものね……」

「本音を言えば、海外などにでも逃げたいところでしょう。しかし、そんな費用がある訳でも無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そうやって困った貴方たち二人は、やがて常軌を逸した判断をした」


 はあ、と夏美はそこで酷く疲れたようにため息を吐く。

 そしてそのまま、こう言い切った。


「幸いにして、自分たちには資産家の父親が居る。だから、いっそのこと今殺してしまって、手早く遺産を頂こう……そう考えたんでしょう?遺言状で否定されていようが、少なくとも遺留分は貰えるのだから、と」


 ──そんな……そんなことのために?


 流石に絶句して、紫苑は口を開けてしまう。

 薄々予想していた動機ではあったのだが、それでもやはり実際に聞くと衝撃があった。

 そんな理由で、子が親を殺すのか、と。


「実際、急ぐ必要がありました。うかうかしていると、警察の捜査が進んで自分たちが先に捕まってしまう可能性もありますからね。捕まってしまえば遺留分の訴訟なんて出来ないし、よしんば相続出来ても使う場所が無い」

「だから……さっさと殺そうと考えたんですか?遺留分で最低限保証されている額だけでも手早く貰って、そして海外にでも逃げようと……?」

「そういうことだ……この人たちの目には、幸三氏の命も自分専用の貯金箱にしか見えなかったらしい」


 流石に思うところがあったのか、夏美はそこで皮肉というには直接的過ぎる言葉を口にする。

 何だかんだ言って、弟に随分と構っている彼女には────弟だけでなく、望鬼市の親戚などの血縁者全般と仲が良い彼女には、金目当てに家族を殺す者たちが随分と薄汚く見えたのだろう。


「そうして、幸三氏を殺害することを貴方たちは決めた。そしてそうなると、もう可能な限り早い方が良い。上手い具合に、絶好のチャンスも訪れましたしね」

「それが……この前の、葵さんの誕生日パーティー、だったんですね」


 何故その日だったのか、ということを夏美は説明しなかったが、これについては紫苑でも分かった。

 恐らく、少しでも自分にかかる疑いを減らしたかったのだろう。


 当たり前だが、何でも無い日に突然幸三氏がどこかで殺されてしまえば、警察はその遺産を受け取れる立場にある人間を疑うだろう。

 経済的にあまり豊かでなく、遺産目当てという動機がある雲雀兄弟は、真っ先に容疑者となる。


 だが、あのパーティーの日だけは例外だった。

 あの日に限っては、普段なら雲雀邸を訪れないような人たちですら、参加客という形でお屋敷を訪れていた。

 夏美や紫苑たちだって、そうやって屋敷に招かれた人間である。


 つまり、このパーティーの日に限っては幸三氏が突然殺されても、少ないとは言え、外部犯の可能性が残るのだ。

 参加客として会場に入り込んだ何者かが、帰る振りをして敷地内に潜んで犯行に至った、というような可能性だって、警察は考えなくてはいけない。

 現に今だって、警察は夏美たちや大吾への事情聴取以外にも、パーティーの参加者だって当たっているはずだった。


 幸三氏の殺害を決めている二人としては、これほど有難いことも無い。

 自分たちが何かせずとも、警察の疑いの目が自然と分散される。

 この時しかない、と彼らが思ったのは必然だったのだろう。


「そういう訳で、この日の殺害を決定したんでしょうが……しかし幸三氏の殺害計画については、花木甚弥の殺害時よりも凝る必要がありました。仇川の事件は仮に発覚しても捕まるだけですが、幸三氏殺害が万一判明してしまえば、遺産相続の権利自体が消滅しますからね」

「あ、そうなんですか?」


 再び法律の知識が登場し、紫苑は話の腰を折ってしまう。

 すると、チラリと横目で紫苑を見ながら、夏美はいつかのように説明してくれた。


「遺留分の話でも言ったことだが、普通、遺産を貰える権利っていうのは余程のことが無い限り無くならない。死んだ当人が遺言状で一円もあげないと明言していても、それでも最低限は貰えるくらいなんだからな。だが流石に、()()()()()()()()()()()()()()は、そうじゃないってことだ」

「ああ、なるほど。言われてみれば当たり前ですね……殺した人すら遺産を貰えるなら、殺したもの勝ちになっちゃいますし」

「そう言うことだ。まあ他にも、故意に遺言状を破り捨てるとか、色々と権利を失う条件はある訳だが……そんなことになってしまったら、もう遺留分も何もない。葵さんだけが唯一の相続人になるだろう」


 だからこそ、彼らは幸三氏殺害計画を十分に練る必要があった。

 こちらに関しては、奇跡的に警察の追及を逃れてきた今までの事件以上に注意を払わなくてはいけなかったのだ。


「そして考えついた末に実行されたのが、今回の計画。最初に偽装殺人を行い、屋敷に居る無関係の人間に雲雀禄郎は死んだと錯覚させる……その上で、変装した彼は死体の演技を止めて起き上がり、レインコートを着込んで、これ見よがしに幸三氏を殺害」


 そこからは、知っての通りです。

 そう前置きしてから、夏美は煽るように彼らの「本来の計画」を口にする。


「目撃者は、雲雀大吾と一緒に幸三氏がレインコートの男に殺される様を目撃することになる……だからこそ、彼は犯人じゃないと考えてしまう。そして雲雀禄郎はもう死んだものと思っているから、彼が犯人のはずがないとも思う。結果として、二人ではない何者かが真犯人だ、と警察に証言してしまう」

「要するに……この世に存在しない架空の犯人として、『レインコートの男』という存在を捏造したんですね?自分たちがその立場になることは有り得ないから、真犯人は別にいる、と判断されるように仕向けていた」


 大掛かりで無茶苦茶な計画を前にして、紫苑はある種呆然とする。

 皮肉でもなんでもなく、よくもまあこんなことを思いつけるものだ、と思った。


 もしかすると、推理小説などではよくあるトリックなのかもしれないが────それでも、まさか現実に実行する人間が現れるとは。

 しかしそう呆けている内に、やがて紫苑の脳裏に一つ、疑問点がよぎる。


「え、あれ、でも……夏美さん、おかしいです。それだと……」

「どうした?」

「いえ、それだと、()()()()()()()()()()()()()()()?だって、『レインコートの男』の正体は雲雀禄郎さんだった訳で……その人、普通ならそのままどこかに逃げるでしょう?だったら、仮に計画が上手くいっても、焼け跡からは死んだはずの雲雀禄郎さんが見つからない、という状況になったんじゃ……」


 計画の順番的に、そうなってしまう。

 尤も、実際には────。


「あれ、でも実際には屋敷内で彼の焼けた死体が見つかっていましたよね……?さっき夏美さんも、この人が弟を不意打ちしたって……ええっと、そうなるとどうなるんです、これ?」

「まあ、落ち着け。この辺り、『弟相手に雲雀大吾が語った計画』と、『実際に行われた計画』にはかなり齟齬がある。私たちというイレギュラーが入った上に、この人自身も弟を裏切ったからな。まず、そこを解きほぐすことから始めよう」


 宥めるようにして、夏美は紫苑の肩に手を置く。

 どうやら、推理もいよいよ佳境のようだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一件目の殺人については状況的に花木が正犯で二人はあって幇助まで、 花木の件は共同正犯、幸三氏の件は教唆犯、 んでもって最後の件は実行犯、と…… 一件目を従犯としても三件については正犯なので、…
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