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殺人と死体の配列

 ……そこから、一気に時間は飛ぶ。

 さらに、場所も移動する。


 焼け落ちた雲雀邸から、紫苑たちは一斉に移動を開始していた。

 勿論、夏美の指示による物である。


 何かを突然閃いたらしい彼女は、その場で唐突に頼み事をしたのだ。

 どうか自分たちを────迅速に、警察病院に連れて行ってくれないか、と。

 なおかつ、早くしてくれ、とまで言っていた。


 普通なら一蹴されてもおかしくない提案だったとは思うのだが、余りにも真剣な夏美の表情に、何かしら感じる物があったのだろうか。

 そさくさと自分の車を出してきた巌刑事は、そのまま全員を連れて警察病院まで運転してくれた。

 雲雀葵と、ついでに雲雀大吾も検査入院しているという場所へ。


 車に乗っている間、夏美は一言も喋らなかった。

 ただ車の窓越しに外を見て、そして時たま何かを呟くだけである。

 どうやら、脳内で何かの確認をしているらしい。


 結果、刑事たちは愚か、紫苑ですら彼女の脳内を伺うことは出来ず。

 そのまま、四人は警察病院の駐車場にまで流れ込んだ。




「……ありがとうございます、先に行かせてもらいます」

「あ、ああ。しかし、一体何を……」

「それはまた後で。今話しても二度手間ですし……」


 何かを聞きたそうな顔をする巌刑事を前にして、夏美はそさくさと会話を打ち切る。

 全体的に心ここにあらずというか、雰囲気としては以前、紫苑を教室から仮病で連れ出した時のそれに近い。

 他の一切を顧みずに何かしようとしている、という点では。


 見ようによっては刑事たちを顎で使っているようにも見える場面だったが、幸いにして巌刑事は心が広く、特に何か咎めるようなことは無かった。

 それを見て何か思いついたのか、夏美は不意に「ああ、ただ……」と言葉を付け足す。


「出来ればで良いんですが、頼みごとがあります。私たちはこれから病室に行くんですが、その間にやって欲しいんです」

「……何をだい?」

「それは……」


 少しだけもったいぶって、紫苑は巌刑事と茶木刑事に何らかの耳打ちをする。

 そして相手が頷いたのを確認すると、くるりと紫苑の方に顔を向けた。


「よし、それじゃあ行くぞ、紫苑」

「はあ……ええと、どこへですか?」

「事件解決へ向かって、だな。念のために、いざという時に戦う準備だけはしておいてくれ」


 目的地を聞いたつもりだったのだが、目標で返答されてしまった。

 しかしその訂正も間に合うことなく、夏美は初めて来たであろう警察病院内部をスタスタと歩き始める。

 自然、意味も分からないまま紫苑は彼女の背を追うこととなった。


 ──何だか最近、こんなことばっかりのような……。


 内心でそうぼやいているうちに、手早く夏美は看護師やら事務員やらに話しかけ、何らかの情報を聞き出す。

 そして紫苑を置いていかんばかりの勢いで入院病棟へと進むと、やがてとある病室の前で立ち止まった。


「……ここだな」

「ここって……ええと、『雲雀大吾様』?」


 病室の入口に貼ってある名札を、紫苑はそのまま読み上げる。

 同時に、ここが警察から保護された後、念のため入院したという大吾の病室であると察した。

 夏美が周囲に聞きまわっていたのは、この部屋の場所だったらしい。


「失礼しまーす」

「あ、ちょ……」


 紫苑がそれを確認するや否や、止める間もなく夏美は扉をノックし、がらりと扉をスライドさせる。

 慌てて紫苑がそれに乗っかると、すぐに簡素な病室の様子と、ベッド上で週刊誌を読んでいる大吾の姿が目に入った。

 彼は反射的にか顔を上げ、しばらく不思議そうな顔をしてから、やがて記憶と照合したように驚いた顔をする。


「あれ、君たちは……葵ちゃんのお友達か。この間、屋敷に泊まっていた……」

「はい、煌陵高校ミステリー研究会一年生、松原夏美と氷川紫苑です。この度はどうも」


 そさくさと週刊誌を適当な机に置く大吾を尻目に、夏美は腕を組んで入口付近に佇む。

 彼女を追い抜く訳にもいかず、自然と紫苑もそこに並んだ。

 結果としてその場の状景は、警察病院の個室で寝転がる雲雀大吾と、それを見つめる女子高生二人という良く分からない図式になる。


「ええっと……もしかして、お見舞いに来てくれたのか?だとしたら、嬉しい話だが……そんな、気を遣わなくても」


 おずおずと、大吾はそんなことを口に出す。

 本気で、どうして夏美たちがここに来たのか分からなかったのだろう。


「……」

「いえ、その、お見舞いではないんですが……因みに、怪我のご加減はどうでしょうか?」


 大吾の言葉に、夏美は腕を組んだまま答えない。

 必然的に、紫苑の方が彼女の代わりに気を遣うことになった。

 すると大吾は目を白黒とさせながら、一応、という感じで回答してくれる。


「いや、まあ、大したことでは無いんだけどね。ただ、足の怪我が化膿しかけているのが問題なんだろうな。酷くなるといけないからということで、事件からずっとここに居るんだ」

「それはまた、大変でしたね」

「ああ、全くだ。犯人怖さの余りに逃げまどって、痛い目を見たよ」


 ハハハ、と大吾は軽く笑う。

 その様子は元気そうで、本人が言うように病人のようには見えなかった。

 あくまで大事をとって、ということらしい。


 それを確認したところで、紫苑は自然と黙る。

 元より互いに顔を知っている以上の関係では無いので、会話がそこで止まったのだ。


 そして、その会話が止まった一瞬に。

 夏美が静かに、口を開いていく。


「……いえ、貴方が痛い目を見るのは、これからだと思いますよ」


 ざっ、と紫苑と大吾の視線が夏美に集中する。

 何を言い出すのか、という思いでそれらの視線は一致していた。

 しかしそれを知ってか知らずか、夏美はゆらりと薄く笑う。


「何せ貴方は、間接的な物まで含めれば四人も殺しているんですからね……刑罰という名の痛みは、すぐにやってきます」

「……は、はあ!?」


 愕然としたようにして、大吾は訳の分からなそうな顔をする。

 衝撃の余り、彼は机上の腕を振り回し、置かれていた週刊誌がバラリと床に散った。


 それを紫苑が何となく回収していると、その隙に夏美はいつものように指を立てる。

 その上で、軽やかに宣言した。


「実は私どもは、趣味のレベルではありますが探偵をやっていましてね……今回、貴方相手に謎解きをしに来たんです。病床にある中で恐縮ではありますが、お聞きください」

「え、謎解きって……いやあの事件の犯人は、謎のレインコートの男って警察が」

「とぼけない方が良いですよ。苛々しますから」


 何事かと喚く大吾の言葉を、夏美はバッサリとぶった切る。

 そして、いつもの言葉を述べた。






「さて────」






「まず、分かりやすいところはさっさと言って置きます。この一連の事件の犯人……すなわち、仇川での電気漁に関わり、なおかつ雲雀邸での放火殺人を行った黒幕は貴方です、雲雀大吾さん。これは推理でもなんでもなく、疑いようもない事実です」


 前置きの言葉が響き終わらないうちに、夏美はそう断言する。

 内容自体は映玖署内での捜査会議中で言ったことではあったのだが、それでも本人を前に、という点で紫苑は息を呑んだ。

 大吾本人の方も、どことなくこちらを窘めるような顔をする。


「な、何を言っているんだい?ええと……松原さん、だったかな。そんな、私が犯人だなんて」

「……何故、違うと言い切れるんです?」

「何故って……そんなこと、君の隣に居る子が良く知っていることだろう」


 なあ、と同意を求めるように大吾は紫苑を見る。

 そして、紫苑が微かに頷くのを確認してから、その点を説明した。


「彼女が一番覚えていることだと思うが、私は父が殺される瞬間を、そこの娘さんと一緒に見ているんだ。だから、私が犯人であることは有り得ない……そうだろう?」

「そうですね、普通に考えれば、ですが」

「何だ、分かっているじゃないか、だったら……」

「ですので、こう考えるしかないでしょう。一連の事件の犯人は貴方ですが、幸三氏殺害の件だけは、貴方は共犯でしかなかった。実行犯は他者に譲っていたのだ、と」


 シンプルな解決案を、夏美はそこで提案する。

 だがそこで、大吾は分かりやすく失笑を漏らした。


「共犯って……つまり何だい?私がこの事件を起こすために、誰か殺し屋でも雇ったと言いたいのかな?」

「概ねは、そんな感じですね」

「いやいやいや……君が何を勘違いしているか知らないが、そんな怖い人を私は雇っていないよ。第一自慢では無いが、そんな人を雇うようなお金は無いしね」


 ──そう、それは巌刑事も言っていました……今の段階では、雲雀大吾が何者かを雇ったとは考えにくいって。


 隣で聞きながら、紫苑は大吾の意見に同意する。

 巌刑事が言っていたように、これほどの大規模な事件を起こしてくれる共犯相手を彼が事前に雇っていたというのは、少々不自然だ。


 どこからそんな人材を連れてきたのかが不明瞭だし、そもそもにして支払える対価が無い。

 まさか無料で共犯になってくれるような都合の良い相手が居たはずも無いし、それなりのメリットを提示出来なければ協力は得られないだろう。


 結果から言えば幸三氏が死んだことで彼の身には遺言はどうあれ遺留分相当の遺産が転がり込むだろうが、それは後になってからの話。

 事前に大金を用意出来ない限り、そんな共犯相手の協力は扇げないのが普通なのではないか、という彼らの意見は一理あった。

 故に、紫苑は夏美がこれにどう答えるか観察する。


「……そこに関しては、実に簡単な理由が答えになります」

「何だい?」

「その共犯相手、つまり貴方や紫苑が見たレインコートの男は、貴方と一蓮托生の存在だったんですよ。だから、無料でも殺人の共犯になることを引き受けてくれた……違いますか?」


 一瞬、病室に沈黙が下りる。

 だがすぐに、大吾が呆れたような声を発した。


「一蓮托生って……君ねえ、そんな都合の良い存在、居るはずが無いだろう?大体、犯人がどんな人物かだって分かっていないというのに……」

「いいえ、分かっていますよ。犯人の条件を挙げていけば、簡単に分かります」


 段々と真面目に話を聞かなくなってきた彼を前にしても、夏美は冷静だった。

 一切自説を曲げることなく、淡々と考えを述べていく。

 この場でも、隣で紫苑が見守る中、その状況とやらを列挙していった。


「一つ目の条件は、格闘能力。事件中に人を一人抱きかかえて山道を逃亡し、さらに幸運が作用としたとは言え紫苑と渡り合ったことから、犯人は高い戦闘能力が認められます。つまり、それなり以上に体を鍛えてあったということです。加えて言うなら、紫苑の証言からして体格は身長が百七十センチ台の男性らしい」


 トン、と夏美は自分がもたれかかった壁を指で叩く。


「二つ目の条件は、貴方との関係の近さ。先程言ったように実行犯は貴方と一蓮托生で、碌に対価が無くとも殺人を行ってくれるほどにまで強固な関係で結ばれていました」


 トン、とさらに壁が叩かれる。


「そして最後の条件は、現時点で姿が消失していること。実行犯は不思議なことに、事件後には忽然と姿を消しています。警察が捜索しても、煙となって消えたかのように姿が見えません。逆に言えば実行犯は、事件後に姿が消えていて当然の人物……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということです」


 パン、と夏美は両掌を打ち合わせた。


「これらの条件に適合する人物というのは、一人だけです」

「……誰、なんです?」


 大吾ではなく、そこでは紫苑から聞いた。

 純粋に、気になったのだ。


 だからなのか、夏美は敬語を排して、さらりと雑談でもするようにしてそれを告げる。

 レインコートの男の、正体を。




「……()()()()だよ。体を鍛えていて、身長百七十センチ台の男で、事件後に姿を見せなくなっていて、なおかつ雲雀大吾の身近な人間と言えば、彼しかいないじゃないか」




 ……再び、場が沈黙に満ちる。

 紫苑としても、その言葉を咀嚼しきれずにパチンパチンと意味も無い瞬きをする。

 そして、恐る恐る疑問を発した。


「な、夏美さん?そ、その……雲雀禄郎さんは、最初に殺されて……」

()()()()()()()()()?」

「え……?」


 呟くように、しかしながら貫くように。

 確かな口調で夏美は聞き返す。


「私たちは、確かに雲雀禄郎が血塗れでベッドの上に倒れている様子を見た……だが、それ以上の何かをしたか?脈が無く、呼吸が無く、反応が無くなっている様を本当に確認したか?思い出せ、紫苑」

「それは……」


 ──そう言えば、そんなに細かく見なかったような……すぐに雲雀大吾さんが部屋に入るなって言って、そこからすぐに幸三さんを探しに行って。よく考えれば、触ってすらいなかった……?


 だとしたら、それはつまり。

 彼が死んでいたと確認したのは、大吾だけという話になる。

 ならば、これは────。


「も、もしかして……あの時の彼は、まだ生きて……!?」

「もしかしなくても、そうだったんだろう。最初のあれは()()()()だった、そうでしょう?」


 答え合わせをするように、夏美は大吾に問い直す。

 そして、朗々とこう言い切った。


「私たちも、警察も、今回の事件をこう捉えていました。『最初に雲雀禄郎が死んで、その後雲雀幸三が殺された』と。しかし、現実は違います。『最初に雲雀幸三が死んで、その次に雲雀禄郎が殺された』というのが正解です。何せ……」


 一度、言葉を切る。

 それから、しっかりと夏美は言い切った。


「幸三氏を殺した雲雀禄郎は、疲弊して帰ってきたところを貴方に不意打ちされ、燃える屋敷の中に放り込まれたのですから」


 ガタリ、と警察病院のベッドが大きく揺れた。

 そして明らかに雲雀大吾は、今までよりも余程病人らしい顔をするのだった。

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