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記憶を推理に変える声

「でも、本当に酷い事件になってきたわね……分かっているだけでも二人が死亡、しかもお屋敷は火事、か」


 犠牲者のことを思い返すように、白雪が最初にそう口走る。

 言っても仕方の無いことだとは思いつつも、それでも言わざるを得なかったらしい。


「確かに……前回の事件もそうだが、ここのところ死人が多いな。仇川の一件も結局、死者が二人出たが」

「前回……」


 そう言われて、紫苑は仇川の事件を思い出す。

 水死体で見つかった望鬼市の住人と、自殺めいた形で発見された花木甚弥。


 ──そう言えば、元はと言えばこの二人の死の背景を調べるためにここに来たんでしたね、私たち……なんかこう、短時間で色々ありすぎて忘れかけてました。


 大元の目的を考えれば、これは前回の事件の後始末、或いは最後の仕上げくらいの気持ちだったのである。

 犯人グループの残党を追えるのならそれでよし、分からなかった時は仕方ない、というような。

 それが前回を超える規模の事件に巻き込まれることになるのだから、これはもう何といえば良いのやら。


「夏美さん……この事件、仇川の電気漁の件と関わりがあるんでしょうか?」


 思い返している内にそこが気になって、紫苑は最初にそこを問いかける。

 未だに頭は纏まり切っていなかったが、まずここをはっきりさせておきたかった。

 この事件は凄惨であれどあくまで単発の殺人事件なのか、それとも電気漁から始まる一連の事件の中にあるのか。


「分からん。だが花木甚弥も含めて、映玖市の人間が立て続けに死んでいるんだからな……まさか、関係がないなんてことは無いだろう、というのが正直な気持ちだ」


 腕を組んで瞑目してから、夏美はそう言った。

 彼女にしては珍しい、理屈というよりも感情に依存した意見だったが、その分納得度の高い判断だった。

 白雪と紫苑は、ほぼ同時にそうですよね、という感じで頷く。


 そうだ、流石にこれで関係がないとは考えにくい。

 今日の夜は、葵の証言を元に「もしかすると雲雀大吾、雲雀禄郎の二人は仇川の一件に関わっていたかもしれない」と推理した夜だったのだ。

 その次の瞬間に起きたこの事件が、何の関わりもない偶発的な物だとしたら、流石に映玖市の治安が悪すぎる。


「でも、それだとどういうことになるんです……犯人グループのメンバーだったと考えた雲雀禄郎さん、死んじゃいましたけど」

「まあ落ち着け。とりあえず前回の事件との関連は置いておいて、今日実際に目撃したものから洗い直していこう」


 話をシンプルにするべく、夏美はパン、と手を打って話を切り替える。

 そして、今度は彼女の方から質問をしてきた。


「まず、紫苑の見た『レインコートの男』なんだが……その人物は今のところ、どこかに逃げ去ったと考えて良いんだな?」

「ええ、私の最後に見た光景ではそんな感じでした。私が幸三さんを拾い上げた時には、どこかに消えていってしまいましたから」


 つまり、現状は犯人は行方不明ということになる。

 もしかするとこの後の警察の捜査で確保されるかもしれないが、それに関しては紫苑たちとしては知りようが無い知識だ。

 一応は、逃げ去ったと考えて思考しなければならない。


「でも、そうなると厄介ね。多分もう、そのレインコートなんかは脱ぎ去っているはず。この辺りは雲雀家以外の民家は無いから……逃げようと思えば、割と遠くまで誰にも目撃されずに逃げられるかもしれない」

「確かに。そう言う意味では、逃走経路よりも犯人の身体的特徴の方が手掛かりになりそうですが……」


 白雪の呟きに応じるようにして、夏美が頷く。

 その上で、再び彼女は紫苑に問いを重ねた。


「紫苑、思い出せるだけで良いんだが……何かその犯人について、覚えている特徴はあるか?体格が良かったとか、背が高かったとか、何でも良いんだが」

「特徴、ですか……ええっと」


 うーん、とその場で紫苑は頭を悩ます。

 犯人と直に接触したのは数名しかいないので、紫苑にこの質問がなされるのは当然のことではあった。

 しかし残念なことに、問いかけられても返せる答えというのが中々思い浮かばない。


 そもそも振り返ってみれば、紫苑は大して犯人の姿をはっきりとは見ていない。

 最初の東館二階の攻防では、懐中電灯以外の光源が無かった上に、ナイフによる攻撃を受けないように距離を取っていた。

 あの状況で詳細を記憶する方が無理である。


 また、一旦逃げられて山道に入ってからは、なおの事じっくりとは見ていなかった。

 首を切られた幸三氏の方ばかり見ていたので、犯人を注視すらしていない。


 思い返してみれば、紫苑は犯人の声も聞いていないのだ。

 ある意味、瞬く間に惨劇を繰り広げた元凶である割に、印象の薄い人物だったとも言える。


 だが、それでも無理矢理回想してみれば、思い当たる特徴が無い訳ではない。

 自らの記憶を確かめながら、紫苑は一つ一つ列挙していった。


「まず……背はそれなりにあったと思います。少なくとも、私よりは高い感じでした。体格はレインコートのせいでよく分かりませんが、極端に太っていたり、痩せたりしてはいなかったと思います」

「ふむ……因みに紫苑、身長いくつだ?この前、学校で身体測定があったろ?」

「私の身長……えっと、確か百六十二センチでした」

「それより高いとなると、犯人の身長は多分百七十センチ台……身長だけなら、男性っぽく思えるわね。紫苑ちゃん、女子の中では背が高い方だし」


 白雪の推測に、紫苑と夏美は二人して頷く。

 百七十センチ台の女性とて勿論存在するが、日本人の平均身長を考えるとやはり絶対数は少ないだろう。

 逆に、身長百七十センチ程度の男性となればそれなりの数が居る。


「あと、身体能力もそれなりに……いえ、かなり鍛えていたと思います。そう言う意味でも、男性っぽい雰囲気でした」

「なるほど。因みに、鍛えていると言えるのは何故?」

「簡単です。武器持ちとは言え、私と斬り合ったのもそうですが……それ以前に、かなりの力持ちじゃないと出来ない振る舞いが多かったですから」


 摸造刀とナイフで戦った際の動きを思い出して、紫苑はそう断言する。

 例えば、最後の山道での様子がその根拠だ。


 あの時の犯人は、紫苑の隙を衝いたとは言え、瞬く間に幸三氏を連れたまま斜面を駆けあがっていた。

 薬でも飲まされたのか、意識が怪しかった幸三氏を抱きかかえて、である。


 斜面というのは、ただ昇るだけでも相当な体力を消耗する。

 幸三氏だっていくら老年だったとは言え、まさか枯れ木ほどにしか体重が無かったわけでは無いだろう。

 だというのに犯人は息も荒げずにそれを完遂して、最後には彼の死体を放り投げ、逃走したのだ。


 総合的に考えれば、格闘家レベルで体を鍛えている男性なのではないか、というのが妥当な推測だった。

 そうじゃないと、このような動きは不可能だろう。

 そのようなことを、紫苑は考えながら二人に伝える。


「OK。では一先ず犯人はがっしりした男性と考えよう。その目的やら何やらは、推理の段階で考えるから置いておくとして……」


 ええっと、と夏美が質問を取りまとめるような沈黙。

 それを経てから、別側面から現状確認がなされる。


「次に、別の関係者の行方なんだが……ええと、雲雀大吾は犯人の前から逃げ出してからは、そのままか?」

「はい。私は見てません……こっちに帰ってきていないんですか?」

「少なくとも、私たちは聞いていないわね。勿論、既に警察に保護されたかもしれないけど」


 白雪の言葉を聞いて、紫苑は少し意外に思う。

 あの時逃げていった大吾は、見た感じでは屋敷の方へ逃げていったように思えた。

 てっきり、既に別のパトカーにでもいるかと思っていたのだが。


「じゃあもしかしたら、まだ警察が到着したことにも気が付かず、どこかを逃げ回っているんでしょうか?」

「可能性はあるな。まあ何にせよ、犯人に遭遇しない限りはいずれ警察に確保されると思うが……」


 やや同情するようにして、夏美が何とも言えない表情をする。

 犯人から逃げるつもりでどこぞに駆けだしたのに、結果的に犯人が潜む山の中に同じように佇んでいるかもしれない彼の姿を想像したのだろう。

 だがすぐに首を左右に振って、彼女は話を切り替える。


「次だ……雲雀幸三の死体は、もう警察の手に渡っているのか?」

「私が預けましたから、そうだと思いますけど」

「なら、後は司法解剖を待たないとな。今回に限っては、彼の死体だけが有力な情報源となる……何せ、雲雀禄郎の死体はあの有様だ」


 そう言いながら、夏美はパトカーの窓越しに屋敷の方を見る。

 未だに消火作業を続けているその現場では、煙がモクモクと天に昇っていた。

 どうやら炎は裏手の山の一部すら燃やしてしまったらしく、消防署としても苦戦しているらしい。


「あの様子だと、既に雲雀禄郎の死体も焼失してしまっているかもしれないな……現場の状況も、どれくらい保たれていることやら」

「まあ、単純に考えるとそれが犯人の狙いでしょうね。何もかも燃やしてしまって、自分の痕跡を消す。そのために、わざわざガソリンまで撒いたのでしょうし」

「その結果が、これですか……」


 白雪が話をまとめて、それを聞いた紫苑は改めて今回の事件の計画性に陰鬱な気分になった。

 未だに犯人の正体も何も分かっていないが、それでもこの殺人が周到に計画された物であることは明々白々である。

 突発的な殺人であれば、あんなにガソリンを撒いたり、レインコート姿で走り回ったりすることは有り得ない。


 一体犯人は、どれほどの熱意をこの殺人計画に燃やしていたのだろうか。

 如何ほどの殺意を胸に、この屋敷を襲ったのだろうか。

 想像するだけでぞっとする悪意に、紫苑は眩暈に近い感覚を覚える。


 何気に、ここまでに執拗な殺人に遭遇することは、夏美のせいで様々なことに巻き込まれた紫苑としても初めての経験だった。

 というより、世の中の事件というのは、案外悪意を介さないような物が多い。


 例えば、前回の仇川の一件などはその典型例だろう。

 あの一件は、犯人としても最初は殺す気など無かっただろうし、被害者だってまさか殺されるとは露ほども思っていなかった。

 最終的に死人が出たが、それだって様々な不運と偶然が積み重なった結果、という言い方も出来るのだ。


 だが、今回は違う。

 明らかにこの犯人は、殺人のためだけに行動している。


 所業だけでも滲み出てくる悪意の空気が生々しく、紫苑は改めてぶるりと震えた。

 そのことを把握してか、夏美はやや話のトーンを変える。


「さて、現状確認はここまでだな……ここからは、推理の時間と行きたいところだが」


 そう言いながら、彼女は車の扉を少し開けて、再び周囲を伺うような姿勢を見せる。

 どうしたのだろうと思って紫苑たちが見ていると、見られていることに気が付いたのか夏美の方から説明が入った。


「いや、警察がそろそろ来るかな、と思って。ちょっとパトカーで待っててくれと言われてから、しばらく経っただろう?すぐに取り調べが始まるのなら、先に済ませたいなと思って」

「そう言えばそうね。刑事さん、現場検証の方で忙しいのかしら」


 不思議そうに、白雪がキョロキョロと周りを見る。

 そう言われて、紫苑は二人がかなりの時間をここで過ごしていることを思い出した。


 少なくとも、着替えなり幸三氏の死体の受け渡しなりをしていた紫苑よりは長い時間待機しているはずだろう。

 この間、刑事たちは何をしていたのだろう────などと考えた瞬間。


「……いやあ、すまない、待たせてしまったね」

「また、君たちっスか……」


 開けっ放しになっていた窓越しに聞き覚えのある声が外から響いてきたために、紫苑たちはあっ、となった。

 反射的に首を回せば、視界に収まるのは記憶に新しい二人の顔。

 紫苑と夏美は、ほぼ同時にお辞儀をする。


 唯一、彼らとの遭遇経験の無い白雪だけが不思議そうな顔をしていた。

 自然、紫苑は彼女への紹介を優先する。


「……部長、あの人たちです。この間、学校に捜査に来た刑事さん」

「ああ、あの時の……じゃあ、おじさんの方が巌刑事で、その隣のチャラい人が茶木刑事?」

「……失礼っスね!」


 しっかり聞こえていたのか、茶木刑事が口を尖らせた。

 それを見ながら、紫苑は「知っている顔というだけで少し安心しますね……」などと思うのだった。

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