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生じるは炎

「あの、今……大丈夫なんでしょうか、それだと」


 警戒と恐怖のあまり、思わず紫苑はそんな声を出す。

 この時ばかりは、葵への配慮だとかそう言ったことには一切意識が向かわなかった。


 当然だろう。

 夏美と白雪が示す仮説とはすなわち、現在の自分たちは連続殺人犯と同じ場所に宿泊しているのかもしれない、ということなのだから。


「……それはつまり、彼らが私たちに何か危害を加えるかもしれない、ということか?」


 白雪との議論を一時打ち切って、静かに夏美が聞き返してくる。

 葵がはっきりと息を呑んだのが分かったが、敢えて無視して紫苑は頷いた。


「そうです。今のところこの屋敷に居るのって、私たちと幸三さん、そして二人の叔父さんだけですよね?」

「まあそうだな」

「つまり二人の叔父さん以外は、男手が無い訳で……何かあった場合、逃げるのが難しくなります」


 極端な言い方をすれば、この屋敷には連続殺人犯候補の二人を除けば、女子どもと老人しかいないのである。

 葵は見るからに非力そうだし、元々体調が思わしくない幸三氏は猶更だろう。

 何かあった場合、どう見たって力業で解決出来るような環境に無い。


「しかも周りは一面、森になっています。街灯の一つの無い……これじゃあ、逃げようにも道がありません」

「一応、懐中電灯くらいはあるけど……」


 少し自分を取り戻したらしい葵が、そこでおずおずと話を割り込ませる。

 そして部屋の片隅に備え付けられていたクローゼットから、速やかに人数分の懐中電灯を取り出してきた。

 どうやら、夜中に出歩く時のために元々用意されてあったものらしい。


「道路自体はあるんだから、これさえあれば山を下りるのは何とかなる、と思う。さっき言ったように私有地だから、他に歩いている人なんてそうそう居ないんだし」

「そうですか……どうしましょう、夏美さん、白雪部長」


 話を聞いて、紫苑は二人のことをじっと見つめる。

 ここで言うどうしましょう、というのは、何のことは無い。

 今からここを抜け出して逃げるか否か────それを確認するための問いかけだった。


 唐突な流れではあるが、夏美たちの推理は一理ある。

 葵の叔父二人は連続殺人犯か、少なくともその関係者である可能性が捨てきれない。


 ならば、決して杞憂とも言い切れない懸念が生まれてしまうのだ。

 彼らの正体を知った自分たちが、彼らの手で皆殺しにされるという可能性が。


 ドラマなどで、よくある展開だろう。

 君は知りすぎた、生かしては置けない、というアレ。


「本当に安全を考えるなら……ここで下山、というのもアリじゃないかと思うんですが」

「いや、それはしない方が良いだろう。過剰とまでは言わないが……いくら何でも、あからさま過ぎる」


 息を詰まらせながら紫苑が行った提案を、夏美は静かに却下する。

 補足するようにして、白雪も夏美に同意した。


「今、理由も告げずに下山したら、それこそ彼らを疑っていると告げるような物じゃない?本当に彼らが犯人なら知られてしまったと思うだろうし、そうじゃなかったら不審がられるだけになる。どちらにせよ向こうの態度は硬化して、これ以上調べられなくなるかもしれない」

「そうなると、立場が不味くなるのは私たちだ。『君たちは訳の分からない理由で折角の招待を無下にした。もう話しかけないでくれ』みたいな話になったら、こっちが追い詰められるし、警察に私たちの推理を信じてもらえなくなるかもしれない」

「うーん……」


 理屈っぽく反論され、紫苑は思わず唸る。

 いやまあ、それは分かるのだけど、という気分だった。

 確かにそうなるのかもしれないが、それはそれとして連続殺人鬼と同じ屋敷で寝泊まりするというのは非常に精神的によろしくない。


「じゃあ、今の時点で警察にさっきの推理を話すとか……巌刑事や茶木刑事なら、この間も会ったんですし、話くらいなら聞いてくれるのでは?」

「いや、そちらも無理だろう。話自体は耳を傾けてくれるかもしれないが、だからと言って即座に叔父二人を拘束出来る訳じゃない。証拠が何も無いからな」

「むう……」


 これまた即座に言い返され、紫苑は押し黙った。

 同時に、「これを理解しても、ずっと冷静な夏美さんと白雪部長、何気に凄いですね……」と思う。

 この人たちは、連続殺人鬼の存在が怖くないのだろうか。


「まあ安心しろ。現状私たちは、葵さんにしか話を聞いていない。彼らから見れば、依然として私たちはパーティーに相乗りして宿泊した客人としか捉えていないはずだ」

「そうですかね……」

「大丈夫大丈夫、紫苑ちゃん。まさか彼らだって、前回の夏美ちゃんたちの活躍を知ってはいないでしょう?本当に彼らが犯人だったとしても、私たちを疑いはしないと思う」


 紫苑を安心させるようにして、白雪はポンポン、と紫苑の肩を叩いてくる。

 その上で、彼女は途中から黙ってしまった葵──純粋に話についていけなかったのだろう──の方を見た。


「葵さん、概ね私たちの考えとしては、こんな感じです……とりあえず、今日の夜はここで過ごしますけど、良いですか?」

「ええっと……うん。正直、何がどう危険なのかははっきりとは分かっていないんだけど、亜優がそう言うのなら、それで良いと思う」


 目を白黒させながら、葵はそんなことを言う。

 頼りないようにも思える様子だったが、突然叔父たちが殺人犯かもしれないと告げられた女性の行動としては、仕方ないものだろう。

 夏美たちも特に文句を言うことなく、静かに頷いた。


「じゃあ、ここからはどうしよう……その、本当は夜更かししてパジャマパーティーにしょっかなって思ってたんだけど……」


 そこまで話が進んでから、葵はか細い声で口を開く。

 彼女の予定としては友人やその後輩と存分に駄弁りたかったのだが、話の流れが明らかにそのような雰囲気ではなくなったので、確認をしたかったのだろう。

 実際、そう問われた夏美たちは互いに何となく目配せをし合い、やがて代表するように白雪が提案をした。


「もうそんな雰囲気でもないから、勿体ないけど手早く寝ちゃいましょう。明日の予定は、明日考えるということで」

「ですね。ただ流石に、全員で眠りこけるのも不安ですから……寝ずの番を一人くらい立てておきましょうか」

「寝ずの番?」

「はい。要は三人が寝て、一人だけは起きておくんです。それなら、何か起こってもすぐに対応出来るでしょう?普通はまあ、交代制でやるのが良いんでしょうが……」


 ブツブツと言いながら、夏美は不意に紫苑をみやる。

 そして、実ににこやかな笑みを浮かべた。






「……『人斬り紫苑なら当然、一晩くらいぶっ通しで起きるなんて楽勝だよな?』じゃないんですよ、楽勝だよな、じゃ。そりゃあ、徹夜くらいは別に出来ますけど」


 それから、約一時間後。

 すなわち、紫苑を残して残り三人が眠りについてしばらく経った頃。

 一人だけ扉の近くで佇みながら、紫苑はブツブツと何度目かの愚痴を漏らした。


「いやまあ、夏美さんが私をこういうのに連れてきたこと自体、用心棒が目的なんだから、普通の対応なのかもしれませんが……それでも葵さん、ずっと申し訳なさそうでしたし……」


 流石に今夜初めて会った相手だったとしても、葵から見て、紫苑一人に徹夜で警護をさせるのは過酷に思えたのだろうか。

 これは彼女が優しいというよりも、常識的な感覚と言えた。

 眠る前に何度も本当にそれでいいのかと問いただしてくれたのは、正直紫苑としても嬉しかったのはヒミツである。


「一応、この場で戦える人が私しかいないから、私が徹夜するのが効率的ではあるんですけどね……一応、『コレ』も持ってきていますし」


 ぶつくさ言いながら、段々紫苑の言葉は実用的な言葉に変わっていく。

 そして、つい、と腰元に置いた持参物を見た。

 釣竿を収めるバッグに隠すようにして持ち込んだ得物────自宅から持ってきた、一振りの()()()を。


 ──夏美さんにも流石に変って言われましたけど、確かにお昼の私、リアクションが狂ってましたね……何で私、パーティー行くって時に日本刀のレプリカをわざわざ持ってきたんでしょう……?


 本気で数時間前の自分の本心が分からず、紫苑はむむむ、と首を捻る。

 これに関しては最早口に出したくも無かったので、内心でぼやく形になった。


 いくら何でも「アレ」は無い、とツッコミを入れていた夏美だが、これに関しては彼女が正しい。

 あの時は人生で初めてパーティーに呼ばれたということでテンパっていたのは確かだが、それにしたって常識が無さ過ぎるチョイスだろう。


 紫苑の自宅にあった一番高価な装飾品がこれだったにしても、いざ正装しようという時にこれを担いでくるあたりに、紫苑が「人斬り」と呼ばれる所以があるのかもしれない。

 もしかすると自分は、自分で思っているよりも非常識な人間なのでしょうか、と紫苑はそこで軽く落ち込む。


 しかしそれが、この場に限っては良い選択だったのも確かだった。

 仮に今、何者かがこの部屋に侵入し、前回の事件を捜査している夏美たちを狙ったとしても、紫苑はこの模造刀で応戦できる。

 彼女自身、刃は潰されているとはいえ、長物さえあれば並の相手には負けない自信はあった。


 ──でも、現実には静かな様子ですよね、このお屋敷。叔父さんたちが宿泊している部屋はもっと向こうらしいですから、当然でしょうけど。


 摸造刀の鞘走りの具合をいくらか確かめながら、紫苑はいい加減後悔と愚痴に満ちた思考を切り上げ、逆にそんなことを確認する。

 脳裏に浮かぶのは、葵が寝付く前に聞きだしたこの屋敷の構造だった。


 雲雀家の屋敷は、大雑把に分けると三つのブロックに分かれている。

 メインとなる、パーティーが開かれた本館。

 そして、その左右に伸びる形で建造されている東館と西館だ。


 三つの建物は全て二階建てで、全体的に横に長い構造になっている。

 敷地の真ん中にまず大きなホール(本館)を置き、その両端に二つの大きなブロックを置いた平べったい建物の姿を想像すれば、そのイメージで間違っていない。


 今、紫苑たちが寝ている葵の私室があるのは、これらの中でも西館の一室。

 そして、二人の叔父たちが宿泊しているという客室がある場所は、東館のはずだった。

 紫苑たちから見れば、彼らは西館の廊下を通り、本館を通り抜け、東館に入ってさらに奥にある部屋で寝ていることとなる。


 寝ているにせよ起きているにせよ、彼らとて多少は動き回っているのだろうが、ここまで遠く離れた以上物音一つ聞こえない。

 紫苑の耳に入る音と言えば、夜闇を潜り抜けるようにして吹きすさぶ風の音だけだった。


 ──そう言えば、幸三さんも東館ので寝ているんでしたっけ。二階の窓から見える景色が気に入ったとか何とか……。


 ふと、紫苑はそんなことも思い出す。

 この西館に居るのは紫苑たちだけなのか、と聞いた時についでに聞いた話だった。


 何でも幸三氏は普段は私室に籠り、立ち上がるようなことすらないまま時間を過ごすらしい。

 隠居状態という葵の話は間違いではなく、本当に食事以外では部屋から殆ど出ずに一日を終える、ということもざらにあるようだった。

 結果として、「どうせ部屋から動かないのなら見晴らしが良いところが良い」ということで、孫娘の私室とはかなり離れた位置ではあるが、東館に陣取ったようだった。


 ──つまり、本当にこの西館に居る人間は私たちだけ……守る側とすれば、やりやすいですね。


 屋敷の構造を振り返りながら、紫苑は最終的にそんな結論に至る。

 西館に自分たちしか存在せず、なおかつその全員がこの部屋で寝ているということはつまり、西館内に自分たち以外の人影があればそれは全て不審者の物、ということでもある。

 普通に考えて、夜中に葵の寝室に入り込む理由など誰にも無いのだから。


 ──夏美さんが言っていたように、仮に彼らが本当に殺人犯だったとしても、私たちを警戒している可能性は低いですが……それでも近寄る影があったなら、瞬時に倒しましょう。


 そう決めて、紫苑は扉の前に座り込み、そのままじっと目を閉じた。

 洋館であるこの屋敷は当然土足で過ごすように出来ており、直に座り込むのはやや衛生的に不味いのだが、この姿勢が一番待機に向いているのだから仕方が無い。

 眠らないようにだけ注意しながら、紫苑は摸造刀を腰に構え、そのままただ夜を過ごした。




 ────そんな体勢のまま、さらに一時間くらいは過ごしただろうか。

 時刻としては、午前零時をやや超えた頃。

 依然として集中を切らさずに構えていた紫苑の耳に、唐突に飛び込んできた音があった。


 それは、足音や誰かの声、という訳では無い。

 もしそうだったのなら、紫苑はすぐにでも摸造刀を抜いて攻撃態勢に入ったことだろう。

 だが、実際に聞こえたのはもっと現象的な────人影が立てる物音とは程遠い音だった。


 いや、もっと端的に言おう。

 この瞬間、紫苑の耳に届いたのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


「……え、まさか、火事!?」


 流石に驚いて、紫苑は摸造刀を中途半端に抜いたまま扉を開ける。

 途端に、彼女はむせかえるようなガソリンの臭いと、遠くから届く熱気を知覚した。

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